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セイレーンは終焉を歌わない 〜十二の曲と六芒獣〜  作者: 白雪藤
第一章 王立アストル魔法学院編
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☆1-13☆ 古代の守護機兵

「アルベルト!」


「分かっている!《氷壁》!」


ノエルの叫びに応じて、アルベルトが氷の剣を石床へ叩きつけると、足元から白い冷気が噴き上がる。幾重にも重なった氷が一気に成長し、二人の前に分厚い壁を作り出し、守護機兵の大剣が氷壁へ激突した。

 その衝撃で神殿全体は大きく揺れ、透明な氷の壁には蜘蛛の巣のような亀裂が走り、砕けた氷片が四方へ飛び散る。


「うわっ!」


ノエルは両腕で顔を守りながら後ろへ下がった。氷の破片が頬を掠め、冷たさと痛みが同時に走る。アルベルトの作った氷壁は攻撃を完全に防いだわけではなく、巨大な剣の勢いを殺し、その軌道をわずかに逸らしただけだった。それでも、そのほんの僅かな差が、二人の命を確かに救っていた。


「右へ飛べ!」


ノエルはその言葉を聞くと反射的に右へ跳んだ。直後、ひび割れた氷壁を突き破って大剣が石床へ突き刺さり、床は砕けて白い石片と土煙が一気に舞い上がる。守護機兵はそのまま剣を引き抜きながら、無機質な声を響かせた。


《対象、回避。防衛能力基準以上、排除優先度を上方修正》


「上げなくていい!むしろ下げろ! 俺たちは迷い込んだだけだ!」


ノエルが叫んだ。


《弁明を記録…信頼度〈低〉》


「何でだよ!」


 返答したのは、後方で弓と魔導砲を融合させたような弓型魔導砲、遠距離戦特化の守護機兵だった。顔の代わりに存在する赤い光が、細く歪んだように見える。


《侵入者は皆、同様の主張を行う。“迷った”“知らなかった”“少し見学したかった”記録上最も多い虚偽》


 それらは過去の侵入者たちが残した、ほぼ共通する言い訳の記録であった。いずれも信憑性は低く、統計的にも虚偽である可能性が極めて高いと分類されている。


「妙に経験豊富だな!」


『皮肉屋』

『性格が悪い』


《妖精からの評価を記録。訂正要求、当機は合理的》


『性格が悪い』

『再評価なし』


「お前たち、戦いながら口喧嘩するな!」


弓型魔導砲を持つ守護機兵が巨大な金属杭を放つ。空気を裂く鋭い音が響き渡り、その先端には赤黒い魔力が渦巻いていた。


「伏せろ!」


アルベルトはノエルの後頭部を強く押さえ込み、自分も同時に身を低くした。次の瞬間、金属杭が二人の頭上すれすれを凄まじい速度で通過し、そのまま背後の黒い扉へと突き刺さる。直後、轟音とともに爆発が起こり、熱風が周囲を吹き荒らした。ノエルは耳鳴りに顔をしかめながら振り返ると、先ほどまで傷一つなかったはずの黒い扉に、小さな亀裂が走っているのが見えた。


「おい、あいつ自分たちの神殿を壊してるぞ」


 そのノエルの言葉に対して機械的な応答が即座に返る。


《軽微な損傷。修復可能》


 四体目の守護機兵が、両腕に分厚い装甲を備えたまま黒い扉へと慌ただしく接近する。


《損傷を確認〈重大〉!〈重大〉!〈重大〉!》


 連続する警告音のような報告に、別の個体が冷静に割り込む。


「軽微じゃないらしいぞ」


《戦闘中の発言へ不要な訂正を挟むな四号機》

《しかし損傷率〇・〇三パーセント〈重大〉修復に二百七十二秒必要》

《充分に軽微だ》

《二百七十二秒は長い、不安》


 四号機と呼ばれた機体が両手を扉へ当てると、淡い緑色の魔法陣が浮かび上がり、亀裂はゆっくりと塞がり始めた。その光景を見て、ノエルは目を瞬かせる。


「何か、思ったより喋るな」


「観察している場合か!」


アルベルトがノエルの肩を掴み、強引に引き寄せた直後、横から突如として槍が突き出される。長大な穂先は、先ほどまでノエルの胸があった位置を正確に貫いていた。


「危なっ!」


「だから周囲を見ろ!」


「見てた!」


「機兵同士の会話を見物していただろう!」


『見物』

『完全に見物』


「情報収集だ!」


槍型の守護機兵は、巨体に似合わぬ滑らかさで素早く穂先を返し、一突き、二突き、三突きと銀色の軌跡を連続して走らせた。アルベルトは氷剣で一撃目を弾き、二撃目を身を反らして回避し、三撃目を剣の腹で受け流す。


「重い……!」


金属同士がぶつかり合うような鋭い音が響き、アルベルトの両足は床を滑って体勢が大きく崩れた。その瞬間、彼の氷剣に深い亀裂が走る。


「アルベルト!」


「僕は平気だ!」


言葉とは裏腹に、その表情には余裕がない。

四体の機体は、ただ大きく硬いだけの兵器ではない。それぞれが明確な役割を持ち、互いの動きを補完し合うように設計されていた。大剣と盾を持つ機体が正面から圧力をかけて戦線を押し上げ、遠距離型は後方から絶え間なく射線を形成して逃げ場を奪う。槍を持つ機体は素早い機動で戦場を駆け、退路を確実に塞いでいき、さらに修復型は傷ついた仲間や神殿そのものを即座に支援し、戦線の崩壊を防いでいた。

 四体で一つの部隊として完成している以上、それは単体の戦力ではなく“連携する軍勢”として機能している。考えなしに挑めば、数分と持たない相手だった。


「どうする!」


 アルベルトが氷剣を握り直す。


「君の妖精王を覚醒させられないのか!」


「…ッ、期待はするなよ!今まで成功したことないから!ソル、ルナ!」


 ノエルは右手の契約紋へ意識を集中させた。


『『ここにいてる』』


二人はノエルの肩からふわりと飛び上がった。陽の魔力と陰の魔力が交差し、橙色と青白い光がノエルを中心に渦を巻く。本来ならば、ソルとルナの姿は妖精王としての本来の姿へと大きく変貌するはずだった。しかし光は一度強く瞬いたきり、すぐに収束し、静かに縮んでしまった。


「やっぱり駄目だ!」


『そもそも魔力が阻害されている』

『神殿の結界で阻害されてる』


 ソルとルナが床の紋様を見つめる。


『外部魔力の増幅を制限している』

『だから、外よりも覚醒しにくい環境』


「最悪の状況すぎる!」


大剣の機兵が盾を前へ構え、地面を抉るように突進してくる。その圧力に対し、アルベルトは即座に魔力を練り上げ、前方に氷の壁が出現する。ただし今回は一枚ではない。三枚の氷壁を斜めに重ねるように配置し、突進の正面衝撃を受け流す構造へと変えていた。

 機兵の突進が最初の氷壁に激突し、軋む音とともに力が分散される。さらに二枚目、三枚目へと衝撃が滑るように伝わり、最終的にその勢いは横方向へと逃がす。

 守護機兵の盾が一枚目の氷壁を砕き、続けて二枚目にぶつかることでわずかに進行方向がずれ、さらに三枚目へ衝突した時には、その巨体はすでに大きく傾いていた。


「今だ!」


アルベルトは踏み込み、氷剣を下から斜めへと振り上げて機兵の膝関節を狙った。刃は装甲へ深く食い込み、その瞬間、氷が一気に広がって関節部を凍りつかせた。


《一号機、右脚部の駆動率低下》


 槍型の機体が即座に状況を報告する。


《損傷、八パーセント。戦闘継続可能》


 大剣と盾を構えた一号機が、わずかに傾いた姿勢のまま盾を振り抜いた。


「くっ!」


 アルベルトは氷剣で受け止めるが、圧倒的な質量差に押し負け、そのまま弾き飛ばされる。


「アルベルト!」


 ノエルは反射的に駆け出したが、アルベルトの身体は石床を何度も転がり、衝撃を殺しきれないまま柱の手前でようやく停止する。


「大丈夫か!」


「来るな!」


 アルベルトは即座に顔を上げ、鋭く制止した。その声にノエルの足が止まると同時に、空気の質が一変した。遠距離型の機兵はすでに照準を合わせ、次の金属杭を射出しようとしていた。


『上!』『危ない!』


ソルとルナが同時に叫ぶのとほぼ同時に、ノエルは反射的に両腕で頭を庇った。その瞬間、視界を銀色の影が横切り、一号機──大剣と盾を構えた守護機兵がノエルと金属杭の軌道の間へと割り込む。巨大な盾が正面から攻撃を受け止めるが、次の瞬間、金属杭が深く突き刺さって激しい爆発が巻き起こり、炎と黒煙が一号機の上半身を包み込み、その巨体を呑み込んでいった。


「……何で?」


 ノエルは呆然と立ち尽くしていた。一号機は、本来敵であるはずの自分を庇うような動きを見せている。その意味を理解できず、思考だけが置き去りにされていく。


《二号機、射線上に保護対象が存在》


 煙の中から、低く機械的な声が響いた。


《誤射を確認》


 遠距離支援型である二号機は、わずかに首を傾げるような動作を見せる。まるで状況を再計算しているかのように、一瞬の間が空いた。


《訂正、対象は侵入者。保護対象ではない》

《しかし、識別情報に矛盾》

《血統照合、継続中…誤射判定は保留》


 論理と事実の間で揺れるように、機械的な判断が次々と更新されていく。


「喧嘩してるのか?」


『意見の不一致』

『仲が悪い』


 ソルとルナが淡々と評すると、その言葉に対して即座に反応が返った。


《妖精による不当な評価を記録》


「そこは律儀に記録するんだな!」


 煙が晴れると、一号機の盾には大きな焦げ跡が刻まれていた。だが、それでも一号機はノエルへ攻撃を再開しない。赤い光だけが、ノエルの顔と右手の契約紋を交互に捉え続けていた。


《血統照合率、四十七パーセント。召喚契約波形、照合。既知情報との一致を確認》


 ノエルの胸が強く脈打つ。


「既知情報?」


『この機兵たちは、多分テラを知っている』

『妾たちの魔力も』


 一号機の胸部で古代文字が光り始めると、その同じ光がノエルの契約紋にも宿った。橙色と青白い光が同時に揺らめき、その二色を囲うように金色の細い線が静かに浮かび上がっていく。


「何だ、これ」


『契約回路。機兵の内部へ続いている』

『ノエルの召喚士としての力が、向こうへ触れている』


「触れてるって、どうやって?」


『分からない』


「またそれか!」


アルベルトは立ち上がり、口元から一筋流れた血を乱暴に袖で拭った。


「ノエル! ぼんやりするな!」


「でも、こいつら何かおかしい!」


「最初からおかしいだろう!」


「そうじゃなくて、俺を殺そうとしてるのに庇った!」


「それは僕も見た!」


槍型の三号機が一号機の隣へ移動すると、赤い光が激しく明滅した。


《対象の生体情報を再取得》


 空間に浮かぶ術式が、淡い光を放ちながら解析結果を表示していく。


《年齢、十六。身長百五十八。体重五十一。魔力量、測定値変動。顔貌、登録情報との部分一致。血統推定テラ系譜》


「勝手に身体情報を読むな!」


 ノエルの怒声が響くが、術式は淡々と処理を続ける。


《記録担当として必要》


「お前が記録担当か!」


《肯定。未知情報への関心〈高〉…質問、現在の人類は何種類の菓子を製造可能か》


「それ、今聞くことか!?」


 緊張感の中に、明らかに場違いな問いが混ざる。


『好奇心旺盛』

『少し仲良くなれそう』


《菓子への肯定的反応を記録》


「戦いを止めてから話せ!」


拳型の四号機は、砕けた氷壁の破片を避けるように、不自然なほど小さな歩幅でこちらへ近づいてきた。


《危険、床面損傷、転倒可能性》


「お前、その体で転ぶのが怖いのか?」 


《転倒は機体損傷へ繋がり、機体損傷は稼働率低下へ繋がり、稼働率低下は防衛失敗へ繋がる。つまり防衛失敗は重大》


『臆病』

『とても慎重』


《臆病ではない。危険回避能力が高い》


 二号機が後方から口を挟む。


《一般に、それを臆病と呼ぶ》

《訂正要求》

《却下》


「お前ら実は仲が悪いのか?!」


ノエルはそのやり取りを聞きながら、ある違和感を抱いていた。四体は確かに侵入者としてノエルたちを排除しようとしているはずなのに、その攻撃にはどこか一貫しない迷いが混じっている。特に一号機は、血統照合が始まって以降、明らかにノエルへの攻撃を避けるようになっていた。二号機の射撃も同様で、直接ノエルを狙うのではなく、アルベルトの足元や退路を封じるような軌道ばかりを取っている。三号機は積極的な攻撃行動を見せず、戦闘よりも周囲の状況や情報の収集に意識を割いているようだった。そして四号機に至っては、戦闘そのものよりも神殿の損壊箇所や仲間機体の修復を優先しているような動きを見せていた。


「もしかして」


 ノエルは右手を胸元へ当て、戦闘の最中にもかかわらず敵の動きを観察していた。


「こいつら、本当は俺たちを殺したくないんじゃないか?」


「何を言っている!」


 アルベルトは氷剣を振るい、迫る槍を弾き飛ばす。


「現に攻撃されているだろう!」


「でも致命傷を避けてる!」


ノエルは敵の攻撃軌道を思い返しながら言った。攻撃は激しいが、どれも急所を外している。


「先ほど僕は壁まで吹き飛ばされたぞ!」


「元気に喋ってる」


「それを無事とは言わない!」


 アルベルトが否定するが、ノエルは冷静に状況を見据えていた。そんな中、戦場に機械的な声が響き渡る。


《対象二、生命活動に異常なし》


 三号機の無機質な報告だった。


《負傷、軽微》


「軽微ではない!」


《行動可能、軽微》


「君たちの軽微の基準はどうなっている!」


ノエルは契約紋へと意識を沈めた。ソルとルナと契約を結んだ時の記憶が、自然と脳裏に蘇る。あの契約は単なる言葉のやり取りではなく、互いの名前を呼び合い、意思を確かめ合い、そして存在そのものを受け入れるという感情の重なりによって初めて成立したものだった。では、この機兵たちはどうか。彼らは誰かの命令に従い、古代に刻まれた役割を今も忠実に守り続けている。侵入者の排除、神殿の防衛、そしてテラの血統の保護。しかしその命令は現在、矛盾が生じており、その齟齬こそが機兵の動きに迷いを生じさせていた。


「ソル、ルナ。こいつらの魔力が、どう流れてるか分かるか?」


ノエルは目の前に並ぶ機兵たちを見据えたまま、二人へ問いかけると、二人は機兵たちに視線を向け、頷いた。


『見える』

『少しだけ』


「俺にも見せられる?」


『できる』

『目を閉じて』


「戦闘中に?」


『目を閉じて』

『早くして』


 容赦のない催促が飛ぶ。


「怖いんだけど!」


「何をする気だ!」


アルベルトは前へ出てノエルの視界を遮るように立ちはだかる。空気が一瞬で張り詰め、ノエルはその圧に思わずたじろぎながらも慌てて説明をする。


「俺がこいつらの中にある魔力の道を見つける!その間、守ってくれ!」


「簡単に言うな!」


 大剣の一号機は盾を構えて前線に立ち、防御態勢を固めていた。槍の三号機はその隙を突くように側面へ回り込み、包囲するような動きを見せる。二号機は後方で静かに次の射撃に備え、狙いを定めていた。

 さらに四号機は戦闘の最中でありながら、一号機の損傷した膝関節の修復作業に取りかかっている。それぞれが明確な役割を持ち、連携しながら動く四体の姿を前に、アルベルトは全体を見渡し、歯を食いしばった。


「何秒必要だ!」


「三十秒!」


「長い!」


「じゃあ十秒!」


「急に縮めるな!」


『ノエルは適当』

『かなり適当』


「今は勢いが大事なんだよ!」


 アルベルトは深く息を吸い、氷剣を床へ突き立てた。


「十秒だ!それ以上は持たせられない!」


 両手から膨大な冷気が放出される。


「頼んだ!」


「絶対に成功させろ!《凍結領域》!」


アルベルトを中心に、氷が円形に広がっていった。床には白い亀裂が走り、石柱には霜が這い上がる。守護機兵たちの足元も次々と凍りつき、その動きを封じていく。


《広域氷結を確認。機動力低下、対処開始》


一号機が大剣を床へ突き刺し、凍りついた地面を砕くと、続けて二号機が魔力弾を放ち、その衝撃で凍結した床が爆ぜるように崩れた。

 三号機は槍を大きく回転させて周囲の冷気を一気に吹き散らし、四号機は慌てたように両腕を広げて仲間の関節部へ防御膜を展開する。

 アルベルトは守護機兵の動きを止めるためにさらに魔力を注ぎ込む。


「早くしろ、ノエル!」


「分かってる!」


 ノエルは目を閉じた。暗闇が広がり、耳には戦闘音だけが残る。氷が砕ける鋭い音、魔力弾が爆発する轟音、そしてアルベルトの荒い呼吸。それらすべてを意識の外へと押し出し、ただ静寂の奥へと沈んでいった。


『ノエル、妾たちを通して見て』

『陽と陰の間…逢魔刻の世界を』


 二人の魔力が、ノエルの契約紋を通じて体内へと流れ込む。熱くもなく、冷たくもない。ただ異なる二つの力が混ざり合い、感覚だけが鋭く研ぎ澄まされていく。

 ノエルの意識には、神殿の景色とは別の光景が浮かび上がった。


“無数に走る線”と“魔力の流れ”


 アルベルトの魔力は荒れ狂う吹雪のように、氷壁や氷剣へ向けて激しく奔流している。

 一方でソルは小さな太陽、ルナは静かな月のように、対照的でありながら均衡を保つ光として存在していた。

 そしてその先に、四体の守護機兵が見える。それぞれの胸部には赤い核があり、そこから全身へと魔力経路が伸びていた。腕、脚、武器、感覚器官へと巡るその構造は複雑でありながら、生き物の血管のように自然な流れを持っている。…だが、その核は独立していなかった。


(……奥で繋がっている…?)


一号機の核から二号機へ、二号機から三号機へ、三号機から四号機へ、そして四号機から再び一号機へと循環し、四体で一つの巨大な輪を形成していた。


「見えた」


『もっと奥を見て』

『奥深くに中心がある』


ノエルは意識をさらに沈める。輪の中央、四体の魔力が束ねられるその場所には、ひとつの古い契約術式が静かに息づいていた。名前も姿も持たないそれは、ただ強い意志だけを残している。


───守って…神殿を……未来を…子どもたちを…そして、願わくばこの地にやってくる私の血を継ぐ者を…


「テラ……」


ノエルは無意識に呟きながら契約術式の中心へと手を触れた。その瞬間、膨大な記録が一気に意識へと流れ込み、古代の神殿、三大英雄の戦い、そして傷ついたテラの姿が鮮明に蘇る。彼女は四体の機兵へと手を置き、何かを託すように静かに命じていた。やがて神殿の上には後世の学院が築かれ、時代が流れる中で幼い生徒たちが笑いながら廊下を駆け抜け、教師たちは彼らを叱り、守り、育てていく。そのすべてを地下から静かに見守り続ける機兵たちは、侵略のための兵器でも支配のための存在でもなく、未来へ続く子どもたちを守り、学院を守り……テラの子孫を守るために作られた存在だった。


「そうか」


ノエルが目を開くと、四体の胸部から伸びた魔力の線が今もはっきりと視界に映っていた。


「お前たちは、学院を守ってたのか」


《発言の意図を解析》


 一号機の動きが一瞬止まる。


《照合中》


 二号機は弓を構えたまま、赤い光を微かに明滅させていた。


《侵入者による誘導の可能性、契約中枢への接触を確認》


 三号機の声がわずかに揺れる。


《前例なし。興味深い、記録容量を拡張》


アルベルトの放った氷は空中で砕け散り、冷気が霧のように広がって視界を一瞬白く染めた。

その中で四号機は、わずかに後退した。


《契約中枢への外部接触。危険、怖い、停止を推奨》


「怖がらせて悪い」


 ノエルはその場の張り詰めた空気を断ち切るように、一歩前へ踏み出した。魔力の圧が肌を刺すように押し寄せるが、それでも彼は視線を逸らさず、まっすぐに前を見据えていた。


「でも、話を聞いてほしい」


「ノエル、下がれ!」


アルベルトが腕を伸ばして制止しようとしたが、ノエルは止まらなかった。

一号機の大剣が届く距離、盾で押し潰されてもおかしくないその危険な間合いへと、彼は迷いなく歩みを進め、四体の赤い光がすべてノエルへと向けられた。


「俺たちは敵じゃない」


《証明を要求》


「証明は……今すぐにはできない」


《回答として不十分》


「でも、お前たちが守りたいものを壊すつもりはない」


《侵入事実と矛盾》


「好きで来たんじゃない。呼ばれて飛ばされた」


《転移記録を確認》


 三号機が応答する。


《外部からの侵入ではない…封印中枢による招致》


 二号機の赤い光がわずかに細くなる。


《その情報は事前共有されていない》

《照合中だった》

《処理が遅延》

《情報量過多》

《言い訳を記録》


「俺はお前たちを壊したくない」


《こちらは排除処理中》


「知ってる」


《矛盾》


「だから止めてほしいって頼んでるんだ!」


 アルベルトが眉をひそめる。


「頼む?」


「ああ」


「命令ではなく?」


「命令する理由がない」


「相手は兵器だぞ」


「兵器でも、考えてる」


 ノエルは四体を見渡す。


「一号機は仲間の攻撃から俺を庇った。二号機は嫌味ばかり言うけど、致命傷を避けて撃ってる。三号機はずっと俺たちを調べて、本当に敵か確かめようとしてる。四号機は壊れるのが怖いのに、仲間を直すために前へ出てる」


《評価に誤り。嫌味ではない。合理的指摘》


 二号機が言った。


『嫌味な機兵』

『かなり嫌味な機兵』


ソルとルナが即答する。


《訂正要求》


『『却下』』


「その話は後でやってくれ!…俺は召喚士だ。契約が相手の命を背負うものなら、支配するために使う力じゃない」


 テラの言葉が胸に蘇る。“相手の命を背負うこと”それは守らせるだけでも、命令するだけでもない。共に生きるための誓いなのだ。


「俺はお前たちに命令しない」


 一号機の大剣が僅かに下がる。


「だから、頼む!戦いを止めてくれ」


 ノエルは真っ直ぐに機兵たちを見上げた。


神殿へ沈黙が降りた。アルベルトも口を閉ざし、言葉を失ったまま視線を落とす。ソルとルナはノエルの両肩へ静かに戻り、四体はただ次の反応を待つように、その場の空気を見守っていた。


《要求を受理。血統照合を再実行》


 一号機が告げると四体の胸部が同時に光り、赤い魔力が金色へと変わりはじめる。


《対象名と称号を要求》


「名前はノエル・メレディス。称号は召喚士」


《契約存在確認……陽の妖精王を確認と陰の妖精王を確認。初代契約者の記録と一致、テラ血統、暫定認証。召喚契約波形、一致。保護対象条件、達成…ただし正式継承手続き未完了》


「正式継承って何をするんだ?」


《情報封鎖》


「何でだよ!」


《正式継承者のみ閲覧可能》


「その正式継承者になる方法を聞いてる!」


《情報封鎖》


「話が進まない!」


 一号機は大剣を床へ突き立て、盾を背へ戻した。


《戦闘行動を停止》


 二号機も武器を下ろした。張り詰めていた空気がわずかに緩む中、アルベルトは剣を構えたまま、周囲の機兵たちを警戒し続けていた。


「……終わりか?」


剣先はまだ下がらず、いつでも動けるようにしつつ、慎重に問いかける。


《排除優先度を解除。ただし対象二への警戒を継続》


 即座に返ってきた機械音声に、アルベルトの表情が歪む。


「対象二とは僕か!」


《肯定》


「なぜ僕だけだ!」


《テラ血統ではない。…態度が大きい》


「後半は必要か!」


 三号機がゆっくりと槍を収め、金属が擦れる乾いた音が静寂の中にやけに響いた。


《対象二、アルベルト・ノービリタス。公爵家次男。称号〈魔法騎士〉氷雪系統。戦闘能力〈高〉感情変動〈大〉…記録対象として興味深い》


「僕を勝手に観察対象へ入れるな!」


アルベルトは一歩前へ出たが、機兵たちは動かなかった。すでに敵意は消えており、ただアルベルトに対する評価だけが淡々と続いている。そんな中、四号機は胸元へ両手を当てる。その動作は、明らかに人間の仕草を模倣したものだった。


《戦闘終了。安堵…損傷確認を開始…一号機膝関節損傷、二号機損傷なし、三号機損傷なし、四号機精神的損傷》


「機兵に精神的損傷があるのか?」


 アルベルトは思わず問い返し、常識が崩れていくような感覚に眉間の皺をさらに深くした。


《ある。怖かった》


「攻撃されていたのは僕たちだ!」


《大声、怖い》


「これは僕が悪いのか!?」


四号機の大きな体を僅かに縮めるような仕草に、アルベルトは頭を抱えた。




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