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セイレーンは終焉を歌わない 〜十二の曲と六芒獣〜  作者: 白雪藤
第一章 王立アストル魔法学院編
17/25

☆1-3☆入学手続き

中央受付棟の一階には、広大な受付広間が設けられていた。天井は三階分ほどの高さを誇り、中央には巨大な魔法陣が淡い光を放ちながらゆっくりと回転している。その光は空間全体に柔らかく反射し、荘厳でありながらもどこか幻想的な雰囲気を作り出していた。

壁際には十を超える受付窓口が整然と並び、それぞれの前には新入生とその保護者たちが長い列を作っている。初めて学院を訪れた者たちの緊張と期待が入り混じり、広間には静かなざわめきが満ちている。

 空中には半透明の案内板が浮かび、手続きの進行状況が文字となって流れていて、魔法によって管理されたその表示は、誰にとっても分かりやすく整理されていた。


入学手続きは順を追って進められる。


一、本人確認

二、身分および出身地の確認

三、称号の仮登録

四、所属クラスの発表

五、寮および教室の案内


「称号を仮登録するのか」


 受付広間の高い天井には、魔力を帯びた照明が等間隔に浮かび、淡い光を落としていた。石造りの床は磨き上げられ、無数の新入生たちの足音が反響している。その喧騒の中で、ノエルは掲示板に貼られた案内文を見上げていた。そこには「称号仮登録手続き」と大きく記されていた。


「試験の時にも確認しただろ」


 隣でアルベルトが腕を組みながら呆れたように言う。彼はすでに手続きの流れを把握しているらしく、周囲の混雑にも動じていない。


「入学試験は適性の確認ですわ」


 アイリスは背筋を伸ばしたまま、淡々と説明する。彼女の視線はすでに受付の列の進み具合を計算していた。


「正式な称号登録は、国立の鑑定機関で行われます。学院では在学中の能力変化に対応するため、まず仮登録を行うのです」


「称号って変わるのか?」


『菓子職人』

『料理破壊士』


 ソルとルナが肩の上で淡々と呟いた。


「二つ目は職業として成立してない!」


 ノエルが即座にツッコミを入れると、アルベルトが小さくため息をついた。


「召喚士から料理人への転向は、随分と大胆ですわね」


 アイリスはわざとらしく視線を横に流す。


「転向しないからな!」


「ノエル、料理が得意なの?」


 フィンが興味津々で身を乗り出す。彼の瞳は純粋な好奇心で輝いていた。


「普通だ」


 ノエルは即答するが、その瞬間、ソルとルナが同時に口を開いた。


『料理で鍋を爆発させた』

『赤紫の料理を完成させた7歳児』


「昔の話だ!」


 ノエルは顔を真っ赤にして叫ぶ。周囲の数人がちらりとこちらを見るが、すぐに視線を逸らした。


「赤紫料理というのは、商品になるかな」


 フィンは真剣に考え込むように顎に手を当てる。


「売るな!」


「珍しいものは需要があるよ」


 フィンは悪気なく続ける。


「食べ物としてじゃないだろ!」


 ノエルがツッコミを入れると、今度はシャスールが静かに口を開いた。


「武器としてなら有用かもしれない。獲物の巣穴へ投げ込むとか…」


 彼は真剣そのものの表情で顎に手を添え、まるで学術的な検討をしているかのようだった。


「俺の料理を狩猟道具にするな!」


 ノエルの声が受付広間に響き、周囲の新入生たちが一瞬だけ動きを止める。


「皆さん」


 その空気を切り裂くように、アイリスが冷たい笑みを浮かべた。彼女の声は静かだが、圧があった。


「受付広間で騒いだ者は、手続きの順番を最後尾へ回されるそうですわ」


 その一言で、五人は一斉に口を閉じた。


 ノエルも、フィンも、アルベルトも、シャスールも、そしてソルとルナまでもが、ぴたりと静止する。


『ノエル騒がしい』

『静かにして』


 肩の上で妖精たちが小声で囁く。


「お前たちも静かにしろ」


 ノエルは小さく呟きながら、列の前方へ視線を戻した。受付の列はゆっくりと進んでいく。新入生たちはそれぞれ異なる種族、異なる背景を持っていた。

 小柄な獣人が制服の採寸を受けて耳をぴくぴく動かしている。宙に浮いたまま書類に羽ペンを走らせる天人。水の球体の中で呼吸しながら手続きを進める水棲種族。


 その光景は、ノエルの知る村の常識とはまるで違っていた。


「本当に色んな人がいるんだな」


 ノエルがぽつりと呟く。


「王立学院だからね」


 フィンは軽く笑いながら答えた。


「各国から留学生も集まるし、種族による入学制限もほとんどないんだ」


「珍しいのか?」


 ノエルが首を傾げる。


「国によっては、その種族以外が入れない学校もあるよ。エルフだけの学び舎もあったはず…シルヴァンの神殿は、基本的にエルフしか入れないとか…」


 フィンの言葉に頷きながらシャスールが補足する。


「例外はあるけど、入った人間は三日ほど森を彷徨う」


「試練か?」


 ノエルが真面目に尋ねる。


「いや、道に迷うだけ」


「案内してやれよ!」


「森が拒む」


「森のせいにするな!」


 そんなやり取りをしているうちに、列はさらに前へ進む。


 その時だった。

 少し離れた場所で、乾いた音が響いた。

 紙束が床へ落ち、ばらばらと広がる。


「あっ……」


 小さな声が漏れる。


 視線が一斉にそちらへ向いた。

 ベージュブラウンの長い髪をした少女が、慌てて膝をついていた。銀縁の眼鏡が少しずれ、桃色の瞳が不安げに揺れている。

 大きな鞄を抱えたまま、散らばった書類を必死に拾おうとしていた。指先は震え、動きはどこかぎこちない。緊張と期待が混ざった空気の中で、少女は明らかにその波に飲まれていた。


「ご、ごめんなさい……!」


誰へ謝っているのかも分からないまま、少女は散らばった書類へ手を伸ばす。手は震え、紙を掴もうとしては落とし、さらに焦りが増していく。後ろから歩いてきた生徒とぶつかりそうになり、さらに鞄を落とした。中身がばさりと床に広がり、周囲の視線が一瞬だけ集まる。


「危ない」


ノエルは列を離れ、少女の腕を引いた。軽く引いただけだが、少女の身体はふらつきながらも転倒を免れる。その直後、重そうな荷物を抱えた上級生が、二人のすぐ横を通り過ぎていき、もしあと一歩遅れていれば、確実に巻き込まれていた距離だった。


「大丈夫か?」


「は、はい……」


少女は目を見開き、ノエルを見上げた。助けられたという実感が追いつかず、呼吸だけが浅く速い。


「すみません。わ、私、邪魔をしてしまって……」


「謝らなくていいよ。踏まれなくて良かった」


ノエルは床へ膝をつき、書類を拾い始めた。迷いなく手を動かし、散らばった紙を一枚ずつ揃えていく。


『紙が多い』


ソルが一枚の端を持ち上げる。小さな手で器用に紙を支えながら、淡々と呟く。


『ノエルの入学書類より丁寧』


ルナも別の紙を拾う。整然と並んだ文字列を眺めながら、同じく無表情で評価した。


「比べるなよ。俺の書類だって丁寧に書いたぞ」


『三回書き直した』

『インクをこぼした』


「最後は綺麗だっただろ!」


ノエルは即座に反論しながらも、手は止めない。周囲の喧騒の中で、妙に慣れたやり取りだけが浮いていた。


「あ、あの……」


少女は、ノエルの頭と肩にいる二人を見つめた。その視線には恐怖よりも困惑が強い。


「その子たちは……妖精、ですか?」


『妖精王』

『とても偉い』


「自分で言うと偉く見えないぞ」


ノエルは書類を揃え、少女へ差し出した。整えられた紙束は、最初の混乱が嘘のようにきれいにまとまっている。


「はい。これで全部かな」


「あ、ありがとうございます」


少女は両手で書類を受け取る。その動作は丁寧で、どこか壊れ物を扱うようだった。

指先が、ほんの僅かにノエルの手へ触れたその瞬間、彼女の桃色の瞳がごく僅かに細くなった。

ノエルの胸元、服の下に隠された深緑色のお守り。そこから漂う魔力は、単なる守護具のものではない。複数人の髪を媒介にして作られた、素朴な家族のお守り。その奥に、薄く重なった別の魔力がある。陽と陰。互いに相反しながら、完全な円を作る二つの力。


さらに、その周囲へ残された闇の痕跡。精神の深部まで触れた者が残す、微かな残響だった。


(妖精王の契約印───そして、ニグルム様の魔力)


カティア・リューゲン、否オウルアイは、気弱な少女の表情を保ったまま思考する。

 昨夜、使い魔から報告を受けたばかりだ。ニグルムがノエルへ精神防御を教え、心の境界を自力で再構築させた。報告だけでは判断できなかったが、実際に近くで見ると予想以上だった。ノエルの精神を包む魔力は、まだ粗く隙も多い。けれど、中心だけは不自然なほど強い。

 家族への思いと妖精王との絆…そして、ニグルムと交わした契約。

 複数の糸が絡まり、一本の芯を作っている。

無理に侵入すれば、こちらの存在を悟られる可能性がある。


(やはり、扉を開かせる方がよいでしょうね)


「どうかした?」


ノエルの声に、カティアははっと顔を上げた。思考の深みに沈みかけていた意識が引き戻される。


「い、いえ!」


書類を胸へ抱き締め、一歩後ろへ下がる。距離を取る動作は自然で、しかしわずかに遅い。


「その……お守りが、少し綺麗だったので」


「見えた?」


「ひ、紐だけ……」


カティアは困ったように俯いた。視線を逸らすことで、余計な情報を隠す。

 ノエルは胸元から深緑色のお守りを取り出す。布は少し擦れているが、丁寧に扱われているのが分かる。


「家族が作ってくれたんだ」


「家族の……」


「ああ。父さんと母さんと妹の髪が入ってる」


「とても、大切なものなのですね」


「俺の宝物だよ」


迷いのない答え、そこに嘘は一切ない。

オウルアイの胸の奥で、冷静な計算が進む。

 家族、宝物。そこへ触れることは容易い。だが、ニグルムが傷つけないと約束したものでもある。迂闊に利用すれば、首領自身を敵へ回す可能性があった。


(面倒な約束をなさいましたね、ニグルム様)


『顔』


ソルはカティアを静かに見つめていた。そこに感情の揺れはなく、ただ太陽のような光だけが存在している。逃げ場のない圧に、カティアは思わず息を詰める。


『変わった』


続いてルナが覗き込む。月光のように静かで冷たい視線。美しいのに遠い、その矛盾が距離として突きつけられ、カティアの心臓が、一度だけ強く鳴った。ほんの僅かな反応だが、妖精王の二人には十分だった。


『さっき笑ったよね?』

『うん、笑ってたよ』


「笑ってないと思うけど」


ノエルは首を傾げる。


『目が笑ってた』

『でも今は困っている』


「二人が急に顔を見るからだろ。あんまり初対面の人の顔をじっと見るなよ!ごめんな、こいつら遠慮がないんだ」


『見てただけ』

『観察』


「余計に怖いだろ!」


「だ、大丈夫です」


カティアは弱々しく微笑んだ。表情は崩れないように整えられている。


「可愛らしい妖精さんですね」


『見る目がある』

『良い人』


「甘いな、お前たち」


「ノエル!」


列の方から、アルベルトの声が飛んできた。苛立ちと焦りが混ざった声だ。


「勝手に離れるな! 順番が来るぞ!」


「今行く!」


ノエルはカティアへ向き直る。短い時間の中で、必要な確認だけを終える。


「一人で大丈夫?」


「はい。助けてくださって、ありがとうございました」


「俺はノエル。ノエル・メレディス」


一瞬だけ迷った後、カティアは眼鏡の奥の瞳を伏せる。情報を整理するように、ゆっくりと名を返す。


「カティア……カティア・リューゲンです」


「よろしく、カティア」


「はい。よろしくお願いします、ノエルさん」


「同じ新入生なら、敬語じゃなくてもいいよ」


「で、でも……」


「無理にとは言わないけど」


ノエルは笑い、仲間たちの待つ列へ戻っていった。その背中は迷いがなく、まっすぐだった。

その背中を、カティアはじっと見つめる。

 ノエルの頭の上で、ソルとルナ振り返った。オレンジ色の瞳と青い瞳が一瞬だけカティアを捉える。

感情の乏しい顔、ただしその視線だけは鋭い。カティアは気弱そうな笑みを浮かべ、小さく頭を下げた。それは礼儀というより、観察への返答だった。


ソルとルナも無表情のまま前へ向き直る。


(──警戒された?いや、妖精王の思考は人間とは異なる。ただ興味を持たれただけかもしれない。いずれにしても、慎重に近づく必要がある)


「ノエル、ずいぶん親切だったね」


列へ戻ったノエルへ、フィンが笑顔を向けた。


「困ってたから助けただけだ」


「綺麗な女の子だったからではなくて?」


アイリスはさらりと尋ねる。


「違う!」


『ノエルは顔を見ていなかった』

『書類を見ていた』


「それはそれで失礼じゃないか?」


「君は相手の顔も見ずに名乗ったのか」


フィンとアルベルトが呆れたように言う。


「ちゃんと見たよ!」


「では、どのような顔だった?」


「眼鏡をかけてた」


「それは顔の説明ではない!」


『髪がある』

『目が二つ』


「ほとんどの人がそうだろ!」


「ノエルは異性にあまり興味がないのかな」


フィンが腕を組む。軽い冗談のようでいて、観察は鋭い。


「興味がないわけじゃない」


「じゃあ、どんな女性が好みなの?」


シャスールが尋ねた。唐突で、しかし真剣な問い。


「急に何の話だよ」


「友人として知っておきたい」


「絶対に必要ない情報だろ!」


『母親に似た人』

『料理が上手』


「どうしてそうなる!」


「母親に似た女性を好む男性は少なくないと聞きますわ」


アイリスが真面目な顔で分析する。


「ノエルの場合、料理上手な人でなければ、台所が消滅しますわね」


「俺の将来の家庭の心配するな!」


「騒がない!」


受付係の女性が机を叩いた。その一撃で、周囲の空気が一瞬で引き締まる。


五人は揃って背筋を伸ばした。


「次の方。ノエル・メレディスさん」


「はい!」




            ☆



本人確認は、試験会場で渡された受験票と魔力紋の照合によって行われた。

 受付机の中央には水晶板が埋め込まれており、これは単なる記録装置ではなく、魔力と個人情報を直接結びつける学院独自の認証魔道具だった。ノエルが右手を置くと水晶内部に白い光が走り、体内の魔力波長が一瞬可視化されて吸い込まれていく。

 受付係はその反応を確認し、淡々と書類を読み上げた。


「ノエル・メレディス。十六歳。ルーベ村出身。身分は平民」


 形式的な確認はすでに事前登録と一致しているが、本人前での照合は必須である。


「間違いありませんか?」


 ノエルは軽く頷いた。


「はい」


 魔力紋の反応は安定し、受付係は続けて書類を読み上げる。


「保護者はフォーガス・メレディス、セキレイ・メレディス。緊急時の連絡先はルーベ村役場およびメレディス鍛冶工房」


 故郷の名が出た瞬間、ノエルの表情がわずかに和らぐ。


「合ってます」


 即答に受付係は一度だけ頷いた。


「入学試験は王都外の地方試験場で受験。三か月前に合格済み。実技評価は剣術が上位、魔法制御は基礎段階」


 その読み上げにノエルの肩がわずかに跳ね、周囲の視線が一瞬集まる。


「最後の部分は、少し小さな声でお願いします」


 思わず口を挟むが、受付係は表情を変えない。


「記録なので」


 その一言でノエルは肩を落とすしかなかった。


『魔法は未熟』

『剣で補う』


 頭上のソルとルナが淡々と追い打ちをかける。


「二人は黙っててくれ」


 小声で抗議するが、妖精たちは気にしていない。受付係は書類をめくり続ける。


「召喚契約を確認します。召喚獣を提示してください」


 その瞬間、ノエルの肩の空気が揺れた。


『妾たちのこと』『そう、妾たち』


 ソルが当然のように手を挙げ、ルナも続く。

 受付係は二人を見て、書類を見て、再び二人を見る。数秒の沈黙の後、ようやく口を開いた。


「……妖精、二体」


 わずかに処理しきれない困惑が混じる。


『ただの妖精ではない、妖精王』

『訂正を要求する』


 即座に抗議する二人だが、受付係は淡々と首を振る。


「仮登録上は妖精種となります」


『とても不服』

『王への侮辱』


「正確な登録には種族鑑定と契約階位の測定が必要です」


 水晶板が操作され、魔力の流れが更新される。


「現時点では称号は召喚士。契約対象は高位妖精種二体として仮登録します」


『最高位』

『世界に二人だけ』


 不満げな声が重なり、ノエルは額を押さえた。


「二人とも、今は我慢してくれ」


『菓子で我慢する』

『受付に要求する』


「受付の人を困らせるな!」


 受付係は動じず続ける。


「召喚獣への報酬は契約者が用意してください」


 ノエルは一瞬言葉を失う。


「冷静に返されたぞ」


 仮登録が終わると水晶板から銀色の学生証が生成される。金属製でありながら軽く、魔力を通すと温かくなる特殊加工が施されていた。


「学生証です。学院内施設利用、学院内各施設に設置された転移門(ゲート)の使用、寮の入退室、食堂決済に使用します。紛失した場合は再発行に銀貨五枚が必要です」


「高い!」


「紛失防止のための適切な金額です」


『ノエルは失くす』

『首から下げる』


「失くさない!」


「再発行常習者は掲示板に名前が掲載されます」


 その一言でノエルの背筋が伸びる。


「絶対に失くしません」


 即座に財布へしまう。


『財布ごと失くす』

『お守りへ結ぶ』


「縁起でもないことを言うな!」


「クラスは一年A組です」


「A組?」


 ノエルが思わず聞き返すが、受付係はすでに次の処理へ移っている。


「はい。次の方」


 ノエルは一瞬呆然とするが、すぐに学生証を握り直して移動する。隣の窓口ではアイリスが手続きを終えていた。


「一年A組ですね」


 当然のように受け入れているアイリスの隣にノエルが並ぶ。


「アイリスもA組だったんだ」


 アイリスは一瞬だけ視線を向ける。


「当然です。入学試験の成績と称号適性を考慮すれば、わたくしがA組以外になる理由はありません。……ノエルさんもA組なのですね」


「俺がA組なのは意外そうだな」


「意外とは言っていません」


『顔に書いてある』

『ロイヤルブルーの瞳に大きな文字』


「その表現を広めるな!」


アルベルトも手続きを終え、二人のもとへ来た。受付での書類確認を終え、学生証を受け取った彼は、軽く外套の裾を整えながらノエルたちの輪へ歩み寄る。周囲の新入生たちが自然と道を開けるのは、その整った立ち姿と公爵家特有の気配のせいだろう。


「僕も一年A組だ」


「一緒だな」


「だからといって、馴れ合うつもりはない」


アルベルトは即座に視線を逸らし、わざと距離を取るように一歩下がる。


「さっきからずっと一緒にいるけど」


「道が同じだっただけだ!」


必死に言い訳するような声音に、周囲の空気がわずかに緩む。


『同じクラス』

『道も同じ』


「分かっている!」


アルベルトは即座に反応し、二人の妖精へも視線を向けた。少し遅れて、フィンとシャスールが戻ってきた。受付の混雑から抜けてきた二人は、それぞれ学生証を手にしている。


「俺は一年B組だったよ」


フィンは変わらぬ笑顔で報告する。人混みの中でも疲れを見せないその様子は、彼の性格そのものだった。


「僕もB組」


シャスールは淡々と告げ、学生証を指先でくるりと回した。光が反射し、魔法陣のような模様が一瞬だけ浮かび上がる。


「二人と三人に分かれたね」


シャスールが言うと、ノエルは軽く肩をすくめた。


「残念だな」


その言葉に、フィンはいつもの柔らかい笑顔のまま頷く。


「教室が違っても、食堂や寮では会えるよ。それに授業によっては合同になるみたいだ」


彼の言葉には、自然と場を和ませる力があった。


「僕とフィンは同室かもしれない」


「どうして分かるんだ?」


ノエルが首を傾げると、シャスールは当然のように答えた。


「受付の書類が見えた」


「見ていいのか、それ」


アルベルトが反応する。


「見えたものは仕方ない」


「便利な言葉だな!」


ノエルが呆れたように突っ込む。そのやり取りの最中、背後から静かに声がかかった。


「ノエル・メレディスさん」


振り返ると、先ほどの少女が学生証を胸に抱えたまま立っていた。人混みの中でも目立たないように小さく身を縮めているが、その視線だけはしっかりとこちらを捉えている。


「カティア」


ノエルが名前を呼ぶと、少女は一瞬だけ表情を緩めた。


「わ、私も一年A組でした」


「本当か。じゃあ同じクラスだな」


「はい」


カティアは嬉しそうに微笑んだ。その笑みは控えめで、どこか演技めいているが、それでも確かに喜びの色があった。同じクラスになったことは、彼女にとって計画上も都合が良い。だが今は、その裏の意図よりも、目の前の状況を優先しているように見えた。


「そちらの方々は……」


カティアが視線を巡らせる。


「紹介するよ」


ノエルは順番に仲間たちを指し示した。


「アイリス、アルベルト、フィン、シャスール」


「説明が短すぎる!」


アルベルトが即座に抗議する。周囲の視線が一瞬こちらへ集まるが、彼は気にせず続けた。


「名前は合ってるだろ」


「せめて家名を付けろ!」


「僕はシャスール。よろしく」


シャスールは軽く会釈するだけで、特に感情を見せない。


「俺はフィン・クローバー。クラスは違うけど、よろしくね」


フィンは自然な笑顔で手を差し出した。

カティアは一瞬だけ怯えたように肩をすくめる。だがすぐに意を決したように、その手をそっと握り返した。


「カティア・リューゲンです。よろしくお願いします」


「僕はアルベルト・ノービリタスだ。学院内で困ったことがあれば、僕に言うといい」


「お前、さっきまで馴れ合わないって言ってなかったか?」


「困っている者を助けることと馴れ合いは別だ!」


『親切』

『ツンデレ』


「誰がツンデレだ!」


ソルとルナの言葉に反応するアルベルトに、周囲の空気がわずかに和む。


「わたくしはアイリス・ステラルーチェです」


アイリスは一歩前に出て、カティアを真っ直ぐ見つめた。その視線は鋭くもあり、同時に評価するような冷静さを含んでいる。

カティアは一瞬だけ警戒を強める。今代の聖剣の名を持つ公爵令嬢。その存在感は、初対面の者にとっては圧力そのものだった。


「同じA組である以上、互いに高め合う関係となることを期待しますわ」


「は、はい。頑張ります」


「不得手な科目があるのですか?」


「精神魔法が、少し……」


カティアは一瞬だけ言葉を選ぶ。本当は“不得手”ではないが、今はそう答えるしかない。


「苦手を把握しているのは悪いことではありません。努力によって克服なさい」


「はい」


『アイリス、教師みたい』

『優等生の言葉』


「正論を述べただけですわ」


そのやり取りの直後、広間全体に響くような声が落ちた。


「全員、手続きは終わったか」


受付広間の中央階段に、よく通る男性の声が響く。その瞬間、新入生たちの視線が一斉に上へ向いた。

ライトブルーの髪に同色の瞳。白銀の外套を羽織った青年が、静かに立っている。

 その姿は整いすぎていて、まるで一つの象徴のようだった。威圧感はあるが、声には不思議と柔らかさがある。


「私は生徒会長、四年A組のグレイシア・ノービリタスだ」


その名が告げられた瞬間、空気がわずかに張り詰める。


「兄上……」


アルベルトの声が、小さく漏れた。

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