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初めての友達

 メアリアお姉ちゃんの首筋に噛み付きながら、私は自殺しようとした時のことを思い出していた。


 いくら犯罪者から吸血するって言ったって、その数には限りがある。

 そんな事情はお構い無しに、年々強くなっていく吸血衝動に、私はあの日、限界を悟って……遺書を書いて、屋敷を抜け出したんだ。


 力だけは強い私には、自分の首をナイフで貫くくらい簡単だった。


 でも……即死するつもりだったのに、いざやってみたら全然死ねなくて、苦しくて……それでも、このまま耐えていれば死ねるはずだって、そう信じて……。


 気付いた時には、私は知らない人の血を吸って、魂を喰っていた。


 あの一件で、嫌でも理解させられたんだ。

 私はもう、どうしようもなく化け物になってて、人には戻れないんだって。


 だから……私を殺してくれる人が来るまで、化け物として振る舞おうって思った。


 そうすれば、化け物の私を、きっと誰かが殺しに来る。

 もしかしたら、お父様やお姉様が先に愛想を尽かして、私を殺そうとするかもしれない。


 どっちでも良かった。

 でも、少なくとも……お父様やお姉様は、私を殺そうとはしなかった。


 吸血鬼騒ぎが私の仕業だなんて分かっていたはずなのに、きっと吸血衝動のせいだろうって勝手に解釈して、お前のせいじゃないんだって言って、私を庇おうとした。


 違うんだよって、言いたかった。

 私は自分の意思で人を襲う、正真正銘の化け物になったんだよって。


 でも……言えなかったんだ。


 笑っちゃうよね。死ぬ勇気はあったのに、お父様やお姉様に嫌われる勇気は持てないなんて。


 そんな自分に呆れて、失望して、嫌になって……そんな時。


 “仮面の魔女”が、現れた。


「お姉ちゃん……大丈夫……?」


「…………」


 首筋から口を離して、問い掛ける。


 何度も何度も吸血を繰り返して来たから、どこまでだったら自然回復する程度のダメージで抑えられるか、私は感覚として理解していた。


 今回もそうしたから、正直言うと吸い足りない。今も、もっと寄越せって化け物としての私が騒いでる。


 そんな私に、メアリアお姉ちゃんは……。


「……うん、掴めた。リサーナちゃん、ちょっとじっとしててね……」


 何の恐怖も、動揺も、不安すら抱いていないかのように、いつも通りの口調で私の胸に手を当てる。


 私の吸血のせいで明らかに顔色は悪くなってるのに、そんなことどうでもいいと言わんばかりに……その瞳は、輝いて見えた。


「《擬似魂魄ソウルチャージ》」


「……え……嘘……?」


 お姉ちゃんの魔法が発動した途端、私の中にずっとあった吸血衝動が、嘘みたいに収まっていく。


 一体何が起きたのかって混乱する私に、お姉ちゃんは自身に魔法をかけて治療しながら説明してくれた。


「魔力で、リサーナちゃんの欠けた魂を縫合した……って言えばいいのかな? 一時的に埋め合わせただけだから、まだ治ったわけじゃないけど……どう? 少しは楽になった?」


「……うん、すごく」


「なら良かった! ひとまず成功だね!」


 にこりと微笑むその表情には、私に対する恐怖心は全くなかった。


 ううん、恐怖心だけじゃない。

 同情も、憐憫も、嫌悪もなく、私に向けられるその眼差しは、吸血鬼だってことがバレる前と、何も変わらなかった。


 そこにあるのは、ただ……どこまでも自分勝手に、私を助けようとする、真っ直ぐな光。


「お姉ちゃんは……治療が上手く行かなかったら、同じ化け物になるって、そう言ってたよね?」


「え? うん、言ったけど」


「……怖く、ないの? 吸血鬼になるの」


 探るように、様子を窺いながら問い掛ける。

 そんな私に、お姉ちゃんは首を捻った。


「うーん……いや、そもそも失敗するつもりがないというか……それに、仮に吸血鬼になったとして、そんなに困らないかなって」


「え……?」


「だって、吸血鬼が血を求めるのは、血そのものじゃなくて、その先にある魂を摂取するため。なら、魔物を喰えばいいんだよ」


「……魔物を、喰う……?」


 全く、考えたこともなかった。

 だって、魔力の塊である魔物には、“血液”が存在しないから。それに……。


「動物を吸血したこともあるけど、ダメだったよ?」


「それは多分、普通の動物じゃあ人間と違って魔力がかなり薄いから、吸血鬼の求める魂としては食いでが足りなかったんじゃないかな?」


「…………」


「もし無理でも、食べられるように調整してみればいいんだし。ダメならダメで、また他の方法を考えて、試して……そうやって、リサーナちゃんと一緒に、なるべく人に迷惑かけないように暮らしていけば、いつかは人に戻る方法も見つかるでしょって……そんな感じ……?」


 たははは……と笑うその姿に、私は泣き出しそうになるのを堪えるのが大変だった。


 さっきの戦いで、分かったんだ。

 私、本当は……死にたくなんてなかった。


 人を傷付けたくないっていうのは本当だけど、それが本音の全部じゃない。


 私は、ただ……化け物のまま、これ以上生きていくことに、疲れただけ。


 “いつか”人に戻れる安心より……“今”、化け物の私を、化け物のまま気兼ねなく受け入れてくれる居場所が、欲しかっただけなんだ。


 自己犠牲とかじゃなくて、ただ本当に、ちょっと風邪を引くくらいの気安さで、化け物になってもいいって言ってくれたお姉ちゃんを見て……私は、ようやくそれを自覚した。


「まあそもそも、吸血鬼になる方法がまだあんまりハッキリ分かってないんだけどね。普通に魂が欠けただけじゃ、廃人になって終わりだし」


「……台無しだよ、お姉ちゃん」


「えぇ!? いやでも、大丈夫、絶対見付けるから!!」


「あはは……! いいよ、そんなこと」


 慌てるお姉ちゃんを見て、本当に久しぶりに、心からの笑顔が溢れる。


 分かってしまえば、簡単な話。

 私はただ、甘えれば良かったんだ。


 王宮魔導師になんてならなくていい。

 治療法なんて、無理に探さなくたっていい。


 ただ、傍で……一緒にいて欲しいんだって。


 お姉様や、お父様に。そう、伝えるだけで。


「えいっ」


「わわっ、リサーナちゃん?」


 本人に、そんな自覚はないだろうけど。それを教えてくれたお姉ちゃんに、私は思い切り抱き着く。


 万感の想いを込めて。


「ありがとう、お姉ちゃんっ」


 化け物(わたし)の──初めての、友達。


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