化け物と友達
手分けして探す、という名目で、私は一人リサーナちゃんが指定した場所にやって来た。
領都の外縁部、カーバンクルの屋敷から結構離れたその場所は、子供の足で辿り着くには相当の時間がかかるだろう。
でも、そんなことは関係ないとばかりに、リサーナちゃんはそこにいた。
「……ここはね、私とお姉様が育った、孤児院があった場所なの」
どこか寂しい空き地の真ん中で、リサーナちゃんは背を向けたまま呟く。
ベアトリーチェ様の話を聞いたばかりだから、私もつい「ここが……」と感傷的な気持ちになってしまう。
「血が繋がってるのはお姉様だけだったけど、孤児院のみんなが家族みたいだった。院長先生、リラお姉ちゃん、ルクお兄ちゃん、ナナお姉ちゃん、モモお姉ちゃん、ムニお兄ちゃん、ロッテくん、ココちゃん、マナくん、ペラちゃん──」
詰まることなく、スラスラと、びっくりするくらいたくさんの名前が連なっていく。
ベアトリーチェ様の話だと、孤児院で暮らしていたのは五歳の時……八年くらい前のはず。
でもリサーナちゃんは、まるで昨日のことのように……その時代に魂を置いて来てしまっているかのように、語り続けた。
「全部覚えてるよ、あの頃のこと。将来のことなんて何にも分からなかったけど、毎日楽しかったなぁ……」
焦がれるように呟いた後、リサーナちゃんは立ち上がり……ゆっくりと振り返る。
その瞳が、濁った血のように真っ赤に染まっているのを見て、私は息を呑んだ。
「だから私、仮面のお姉ちゃんにお願いがあるの。私を──」
みんなのところへ、連れて行って、と。
その一言と同時に、リサーナちゃんの姿が掻き消えた。
「っ……!!」
ほぼ反射だけで対物理結界を構築すると、バチィン!! と魔力が弾け飛ぶ凄まじい音が鳴り響いた。
許容限界を超えた衝撃に、結界が悲鳴を上げた音だ。
当然、罅の入った結界の向こうにいるのはリサーナちゃんだ。
技術も何もあったもんじゃない、ただ魔力を拳に込めて叩き付けただけの一撃。
たったそれだけで、私の結界を崩壊寸前にまで持って行かれた。
「ダメだよ、お姉ちゃん。そんな腑抜けた顔してると……私が、お姉ちゃんを殺しちゃうよ?」
「くっ……!!」
足下で風を爆発させて、一旦距離を取る。
意識の半分を戦闘に切り替えながら、もう半分で私はとにかくリサーナちゃんを止めるべく言葉を紡ぐ。
「待ってリサーナちゃん!! 私は、リサーナちゃんを助けたくて……!!」
「もう、遅いよ」
再び、リサーナちゃんの姿が掻き消える。
さっきの一撃を受けて最適化した対物理結界を構築し、衝撃を逃がしつつ迫る拳を受け止めると……リサーナちゃんは、感情の見えない瞳で呟いた。
「お姉様と話してたから、お姉ちゃんもある程度は事情を知ってるよね? ……この歳まで、私がどうやって正気を保ってたか、知ってる? ……お父様がね、犯罪者を刑罰の一種として私に喰わせてたんだよ」
「っ……!!」
「本当なら、極刑とか一生犯罪奴隷とか、そういうのになるはずだった人達だから、同情はしないよ。でもね……何度も何度も、時間を置きながら食べてると、言われるんだ。“化け物”って」
口調だけは落ち着いたまま、体の方は癇癪を起こした子供みたいにめちゃくちゃに殴りかかって来る。
ハッキリ言って、稚拙な攻撃だ。
戦闘経験も何もないってすぐに分かるし、防ぐだけなら大して苦労はない。
でも……私の予想が正しければ、リサーナちゃんは暴れれば暴れるほど魂を摩耗していくはず。
何とか、止めないと。
「こんな化け物のために、お姉様も、お父様も……すっごく苦労してるんだってことも、知ってる。きっと良くなるからって、いつも励ましてくれる。……でも、もう……疲れちゃった」
ポタポタと、リサーナちゃんの目から涙が零れ落ちる。
足を止めたリサーナちゃんは、少しだけ距離を置いて……今にも消えてしまいそうなくらい、儚い笑みを浮かべた。
「二週間前くらいにね。私、自殺しようとしたんだ、この場所で。ナイフを使って、首を斬ってさ。……でもね、死ねなかった……しっかり貫いたのに、すごく痛かったのに、苦しかったのに……私、それでも生きてたんだよ……私、本当に化け物なんだなって……そう、思っちゃった」
「…………」
欠けた魂を補うために、他人の魂を喰らう化け物になる……それが吸血鬼だと思っていたけど、その再生力はどういう理屈なんだろう?
正直、分からない。分からないけど……その一件が、リサーナちゃんの理性のタガを外してしまったんだってことだけは、分かった。
「ただ自殺に失敗しただけなら、それでも良かった。でも私、気付いた時には……知らない人を、襲ってたの。何の罪もない人を、傷付けた」
「…………」
体の再生のために消費した魔力を、他人の魂を喰うことで補おうとした……?
リサーナちゃんの口ぶりからして、ほぼ本能的な衝動だったみたいだけど……。
「自殺も出来ない。なのに、ただ生きてるだけで人を傷付ける。こんな私が、消えるためには……お姉ちゃんみたいな人が、必要だったの」
「……カーバンクル領を騒がせた吸血鬼騒動は、王宮魔導師を呼び寄せて、自分を殺して貰うための餌だった……ってこと?」
「……うん。カラルバさんじゃ、多分……私を、殺せないだろうから」
カラルバさんは、明らかにベアトリーチェ様を慕っている様子だったし、当然リサーナちゃんのことも妹分のように見ていた。
実力以前に、精神的に……リサーナちゃんを手に掛けるなんて、出来ないだろう。
「私なら、殺せるって?」
「うん。仮面のお姉ちゃんは、必要ならそういうことも出来る人だろうなって……何となく」
「…………」
褒められてるのかなぁ、それ……。
まあ、どっちでもいいんだけどさ。
「私に殺して欲しくて……殺せる人かどうか見極めるために近付いたんなら、リサーナちゃん……一つ、間違ったね。私……“友達”と“家族”だけは、殺せないから」
私を“友達”と呼んだ、その時点で……。
「リサーナちゃんはもう、私にとって……“死んでも守る”対象なんだよ」
「……嘘ばっかり。だって私達、会ってまだ一週間だよ? 口先だけの“友達”に、本当に命を懸けるっていうの?」
「当然。たとえリサーナちゃんが化け物だろうが、死にたがっていようが……ふん縛ってでも連れて帰る!!」
それを証明するように、私は仕込んでいた魔法を発動させた。
《幻影世界》。魂が摩耗しているからか、思っていたよりもずっと効果が出るのが早かったリサーナちゃんを、霧の腕で拘束していく。
「っ……!! 離してよ!! 連れて帰ったって、私はこれから先もずっと、誰かを傷付けなきゃ生きていけない化け物のままなんだよ!? そんな辛いの、もう嫌なの!! 友達から、殺してよ!! 私を、もう……終わらせてよぉ……!!」
聞いているだけで胸が締め付けられるような、魂の叫び。
終わらせるだけなら、簡単だ。
《幻夢崩壊》で眠らせてしまえば、仮に肉体が不滅の化け物だろうと、事実上殺したも同然の状態に出来る。
でも、そんなことはしない。
そんな結末、私が納得出来ない!!
「私が、絶対にリサーナちゃんを治すから!! 誰も傷付けなくてもいい、変な衝動に悩まされなくてもいい体に、絶対に私がしてあげるから!!」
「どうやって!? そんな言葉、お父様やお姉様から何万回も聞かされたよ!! でも、ダメだったから……だからこんなことになってるんだよ!!」
「私が王宮魔導師になって、魂の研究を王家に認めさせる!! リサーナちゃんが傷付けた人達を治療してみせた私なら、少しは信用出来るでしょ!?」
私の宣言に、リサーナちゃんは一瞬だけ怯んだ様子を見せる。
けれど、リサーナちゃんは希望を振り払うようにイヤイヤと首を振った。
「期待させないでよ、どうせ無理だよ!! 仮にいつかそれが出来たとして……私はそれまで、どれだけの人を傷付けなきゃいけないの!? そんなの……!!」
「“誰か”を傷付けるのが嫌なら、“私”を傷付ければいいでしょ!? 」
「……え……?」
言っている意味が分からないとばかりに、リサーナちゃんが目を見開く。
そんなリサーナちゃんへ、私は首元を露出させながら言い放つ。
「どうせ私を人殺しにしようとしてたんでしょ? だったら一緒だよ!! ガブッと魂齧るくらい、大して変わんないから、私は気にしないよ!! ほら!!」
「いや、え……? でも、お姉ちゃん……魂、食べられたら……魔力、減っちゃうって……」
「それが何!? “その程度”のことが治せなくて、リサーナちゃんを治せるなんて大言壮語吐かないよ!! むしろ、治療法を見付けるなら私自身がそれを体験するのが一番だから、やって貰わなきゃ困る!!」
実際、ここに来てから何度もやったことだから、喰われた魂の完全治癒を可能にする理論は概ね出来上がっている。
残るは、実際に齧られる前と後、治療後を比較するサンプルがあれば、“傷付いた魂を治療する魔法”は間違いなく完成するだろう。
私にリサーナちゃんを治す力があるって証明するには、絶好の機会だ。
「失敗したら……お姉ちゃん、今みたいに魔法が使えなくなっちゃうかもしれないんだよ……? 怖く、ないの……?」
「全然!! 失敗しても、成功するまで繰り返せばいいだけだし。もしダメでも、その時は……」
私は、私の魔法で拘束されたまま動けないリサーナちゃんの瞳を真っ直ぐ見つめながら、宣言する。
「私も、リサーナちゃんと同じ化け物になって、責任取ってあげるから!!」
「…………」
限界まで目を見開いて、リサーナちゃんが黙り込む。
しばし流れる無言の時間に、言葉選びを間違えただろうかと不安になり始めた時……リサーナちゃんが、小さく噴き出した。
「なにそれ……お姉ちゃん、考えなしだってよく言われない?」
「……黙秘権を行使します」
初めて魔物と戦った時、当たり前のように返り討ちに遭って、お姉ちゃんにしこたま怒られたのを思い出す。
いやうん、害獣退治とか引率付けてとか、そういう過程をすっ飛ばしていきなり一人で魔物に挑んだのは、我ながらちょーっと無謀だったかな? とは思ってるけど。
「分かったよ、お姉ちゃん。一度だけ、信じてあげる」
「ほんと!?」
「うん。その代わり……ダメだったら本当に、責任取って貰うからね?」
「もちろんだよ!!」
何とか説得に成功したと、安堵の息を吐きながら拘束を解く。
すると、リサーナちゃんは私の近くまでトコトコとやって来て……勢いよく、首元に抱き着いてきた。
「約束だから……今日から私、お姉ちゃんしか食べないから。いいよね……?」
「うん、メアリアお姉ちゃんに、どーんと任せなさいって」
そんな風に胸を叩く私に、リサーナちゃんは小さく「ありがとう」と呟いて……。
創作でよくある、“吸血鬼による吸血は気持ちいい”っていうのが全くのデタラメであることを、首を噛まれる激痛と共に分からされた。
鎮痛魔法、最初からかけとけば良かった!!




