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理不尽

 吸血鬼は、リサーナちゃんだった。


 正直その事実だけでお腹いっぱいだし、本人含め確かめたいことも話し合いたいこともたくさんある。


 でも困ったことに、まずは“こっち”を何とかしなきゃいけないらしい。


 壊れた仮面を放り捨てた私は、苛立ちと共に顔を上げる。


「《炎球ファイアボール》!!」


 ベアトリーチェ様が、自分で空けた大穴を潜って屋敷の外へ飛び出し、炎の塊を放って来た。


 シンプルだけど、その分威力が高い魔法だ。

 いつもの私なら、《幻影世界ファントムワールド》の構築を進めながら、幻影を使って上手く躱していくところだけど……。


 今回は、真正面から行く。


「《雷身化メギンギョルズ》!!」


 自身を雷と化し、文字通りの雷速移動と圧倒的な肉体強化を得る、“無貌の魔導師”ローラさんの得意魔法……その、劣化版だ。


 流石に、見ただけでその全てを模倣出来るほど、私は器用じゃないし。


 でも……この手でぶん殴りに行くなら、私の知る魔法では一番最適だろう。


「はあぁぁぁ!!」


「っ!?」


 炎の塊を身一つで突破し、ベアトリーチェ様をぶん殴る。


 屋敷の方から侯爵様が心配そうにベアトリーチェ様を呼ぶ声が聞こえたけど、今は無視だ。


 今はとにかく、この苛立ちのままに言いたいことを全部叩き付けたい。


「何が、リサーナちゃんを殺すならまず私から、ですか!! そんなことして、残されたリサーナちゃんはどうするんですか!? 何も解決してませんよね!?」


 仮に私がベアトリーチェ様を殺したとて、それでリサーナちゃんが吸血鬼から人間に戻るわけじゃない。


 結局人を襲って魂を喰う吸血衝動からは逃れられないし、このまま人を襲い続けるなら、私じゃなくてもいつかは誰かが止めなきゃいけない。


 それを指摘すると、ベアトリーチェ様は癇癪を起こしたかのように魔力を噴き上がらせ、めちゃくちゃに炎を放って来た。


「だったら……どうしろっていうんですの!?」


 迫る炎を、全て拳で迎撃する。


 体を鍛えているわけでもない、そもそも《雷身化メギンギョルズ》自体がその場しのぎの猿真似でしかない私には、こんな稚拙な炎でも殴ると痛かった。


「私だって、ずっと……ずっとどうにかしようとして来ましたわよ!! 吸血鬼の文献を集めて、国中の医者にリサーナを診て貰って……でも、ダメだったんですの!! この国に、世界に……吸血鬼を人間に戻す方法なんて、どこにもなかったんですの!!」


「だったら、研究すればいいじゃないですか!! 吸血鬼を……リサーナちゃんを人に戻す方法を、新しく見つけ出せば!!」


 撒き散らされる炎を、痛みを堪えて殴り壊し、もう一度懐へ。


 思い切りぶん殴って、吹き飛んでいったベアトリーチェ様は……泣いていた。


「私だって……そうしたかったですわよ……」


 さっきまでの大暴れが嘘のように、魔力が収まる。


 拳を引いて魔法を解いた私に、ベアトリーチェ様は睨むように行った。


「王宮魔導師になって……国に確かな忠誠を示して、王家に近付いて……そうすれば、禁じられている魂の研究を、部分的に解禁して貰って……リサーナを、いつか救えるんじゃって……でも、あなたが、いたから……!!」


 悔しさからか、ベアトリーチェ様は唇から血が滲むほど強く歯を食い縛る。


 とめどなく溢れる涙をそのままに、私を睨み付けながら立ち上がった。


「あなたはいいですわよね!! そんなにも圧倒的は魔法の才能を持って生まれて、アティナ様や王族の方々からも目をかけられて!! 私なんて……私なんて!! 家族も、未来も、全部奪われて!! その挙句に押し付けられたこの力でも……!! あなたに、傷一つ……付けられないのに……」


 力尽きたかのように、ベアトリーチェ様が膝を突く。


 どうしようもない理不尽を嘆くように、ポツリと。


「……どうしてよぉ……」


 そう、呟いた。


「……それが、学園でやたらと私に絡んできた理由ですか」


「…………」


 答えはなかったけど、それはもう肯定しているも同然だと思う。


 だから、私は大きく息を吐いて、ベアトリーチェ様に近付いて……もう一発、その頬にビンタを叩き付けてやった。


「ハッキリ言いますけど、私はベアトリーチェ様が嫌いです」


「……私もですわよ」


「ええ、そうでしょうね。でも、これだけは言わせて貰います」


 ベアトリーチェ様の胸ぐらを掴んで、鼻先がぶつかりそうなくらいの至近距離で、私は叫んだ。


「どうして……どうして!! もっと早く、“助けて”って……そう言わなかったんですか!?」


 さっきから話を聞いてれば、ベアトリーチェ様は全部自分で解決しようとしてばっかりで、誰かを頼るっていう単純な方法が頭から抜け落ちているんじゃないかって思った。


 口ぶりからして、侯爵様は協力してくれていたのかもしれないけど……でも、それじゃあ全然足りない。


「王宮魔導師の力が必要なら、カラルバさんだっていましたよね!? 王族の協力が必要なら、余計なこと考えずに最初から頭をさげていれば、ルルーナ様は間違いなく力を貸してくれていましたよ!! それを、どうして……!!」


「……禁術で生まれた化け物を、禁術を研究して助けようとしている小娘に……国の方針を無視して、手を差し伸べる……そんな人間が、そうそういるとは思えませんもの。下手に密告でもされたら……討伐されるのは目に見えていました」


 今回あなたが派遣されたように、とベアトリーチェ様は自嘲するように笑う。


「私も、結局は……リサーナの魂を移植されて生まれた、化け物の一種ですからね。分かりますわよ」


「……そうですか」


 そう言われてしまうと、絶対に違うとも言いきれない。


 もちろん、ルルーナ様はそれでも手を貸してくれたと思うけど……ルルーナ様自身、王族としてそれほど力を持っているわけじゃないって言ってたし。


 カラルバさんも……まあ、私が自分で名前を挙げといてなんだけど、研究が出来るタイプじゃないだろうしなぁ……。


「聞きたいことは、聞けました」


 治癒魔法を使って、私はベアトリーチェ様を治療する。


 他人の治療は苦手なんだけど、元々そこまで全力でボコボコにしたわけじゃないから、痛みはすぐに引くだろう。


「尚更、後は私に任せてください。リサーナちゃんは、私が救います」


「は? 救う? ……本気で、言ってますの? 私の話、聞いてましたわよね……? 禁術の研究なんて、たとえ王家から許可が降りたとしても、周りからどんな目で見られるか。ましてあなた、私のこと嫌いだって、先程も……」


「知ったこっちゃないんですよ、そんなこと」


 私は、確かにベアトリーチェ様が嫌いだ。それは今も変わってない。


 それでも、リサーナちゃんは友達なんだ。


 リサーナちゃんの正体が化け物だとか、そのお姉さんがイジメっ子の酷い人だとか、そんなの全部どうでもいい。


「私が……私自身が、リサーナちゃんを失いたくないんです。あなたが何を望んでいようが、私を嫌おうが、私は私の意思でリサーナちゃんを救います。邪魔しないでください」


「…………」


 私の宣言に、ベアトリーチェ様はただ呆然としたまま無言を貫く。


 そんなベアトリーチェ様を無視して、私はリサーナちゃんの待っている部屋へ向かおうとして……ふと、気付いた。


 これだけ騒ぎになっているのに、リサーナちゃんがいない?


 遊び疲れて寝ているだけ、っていうのもなくはないかもだけど……嫌な予感がする。


「“仮面の魔女”、君は……」


「すみません、退いてください!!」


「ぬお!?」


 話し掛けて来ようとした侯爵様を押しのけて、私は走る。


 リサーナちゃんの部屋の前まで来て、その扉を開け放つと……無人となったベッドと、開け放たれた窓。吹き込む風で揺れるカーテンが視界に飛び込んで来た。


「リサーナちゃん……!!」


 まさかこのタイミングで抜け出すなんて、と思いながら、少しでも痕跡を探るために窓際に近付いて……そこに、魔法によるメッセージが残されていることに気付いた。


 軽い暗号化が為されていて、ある程度知識がないと読み解けないそれは、恐らく私に宛てたもの。


 そこには、とある地点を示す座標と共に、こう記されていた。


 ──仮面のお姉ちゃんへ。この場所で待っています、一人で来てね。

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