ベアトリーチェの過去
“カーバンクル”になる前……私が八歳、リサーナが五歳になるまで、私達姉妹は親のいない孤児として、孤児院で暮らしていましたわ。
裕福とは言えないけれど、みんなで一丸となって日々を明るく懸命に生きる日々は、今思い出しても幸せでした。人生で一番と言ってもいいかもしれません。
けれどそんな日々は、ある日あっけなく崩れ去りました。
孤児院に賊が押し入り、子供達を攫って行ったのです。
奴らの狙いは、十歳以下の幼い子供だったようで……賊に抵抗した院長先生も、優しかった姉のような子も、頼りになる兄のような子も、みんな目の前で殺されましたわ。
でも、地獄はそこで終わりませんでした。
後々知ったことですが……あいつら“邪教徒”は、人の肉体を魔法で改造することで、後天的に王宮魔導師に匹敵する化け物を生み出し、王国に反逆することを企んでいたそうで。
連れて行かれた子供達全員、その実験台にされましたの。
「本当に悪夢でしたわ。毎日毎晩……つい昨日まで共に暮らし、共に笑い合った弟妹達が、断末魔の声を上げて死んでいく。次は私の番かもしれないと、怯えながら……今日は私じゃなくて良かった、なんて安堵してしまう自分を、心の底から嫌悪しながら」
『…………』
私の話を聞いている間、“仮面の魔女”は表情一つ変えることなく……ただ、どこか気遣わしげな眼差しだけを私に向けている。
……それが妙に癪に障るのを感じながら、私は一方的に語り続ける。
「そんな地獄みたいな場所で生まれた、唯一の成功例……それが、私ですわ」
『……ベアトリーチェ様が? リサーナちゃんではなく?』
「ええ。連中が私達姉妹に施したのは、“魂の移植”……リサーナの魂の一部を私に植え付けることで、後天的に魔力を増幅するという、外道の試みですわ」
ただの実験動物でしかなかった当時の私には、私達が何をされようとしているか、理解することすら出来ませんでした。
もし知っていたら、リサーナと立場を代わってくれと、そう懇願していたでしょうね。
「その実験の結果、私の魔力は大きく増大しましたわ。けれど、彼らにとっても予想外だったのでしょうね……魂を削り取られたはずのリサーナは、私以上に強くなって、理性を失い暴れ始めましたわ」
『……恐らく、欠けた魂を補おうとして、残った魂が限界以上に活性化したんでしょう。使えば使うほど魂が摩耗していく、諸刃の剣です』
今の話だけで、あっさりとリサーナの状態を予測してみせる“仮面の魔女”に、私は称賛ではなく更なる苛立ちを覚えました。
……本当に、むしゃくしゃする。
「そうしてリサーナが暴れたお陰で、邪教徒の存在が露呈し、カーバンクル家の騎士団によって壊滅させられることになりましたわ。……問題は、その後です。邪教徒共の魂を喰って、リサーナは一時的に落ち着きを取り戻し、私と一緒にカーバンクル家に保護されましたが……魂の研究は禁じられている以上、その治療法なんてこの国のどこにもありはしなかったんですの。……あなたは、なぜか出来るようですけど」
『…………』
あからさまに顔を逸らす“仮面の魔女”に、私は更なる苛立ちを込めて叫びました。
「一つだけ、答えなさい!! あなたなら……リサーナを、治せるんですの!?」
『……いえ。私の魔法はあくまで、魂を活性化させて、一時的に魔力を増幅する程度の魔法なので。放っておいても回復する魂を、少し手助けするのが関の山です』
「……そう」
僅かな期待を込めた私の問い掛けは、あっさりと否定されました。
そんなことだろうと思っていたから、驚きはしませんけれど。
「孤児院を失った私にとって、リサーナは最後の……たった一人の家族なんですの」
単に血が繋がっているというだけじゃありません。
リサーナは、私の全て。
大切な人達が死んでいくのを、何も出来ずにただ眺めているしかなかった私に遺された……最後の、生きる希望なんです。
「だから……討伐なんて、絶対に認めませんわ!! どうしてもというのなら、まず私を殺してからになさい!! あの子の罪は、全部……私の罪ですわ!!」
『ベアトリーチェ様……あの、私は……』
私が守れなかった。私が支えられなかった。
屋敷を抜け出して、人を襲ってしまうほどに限界が来ていたあの子の辛さに、気付いてあげられなかった。
だから、全部私が悪いの。リサーナは悪くない。
だからお願い、リサーナの命だけは……!!
「そこまでにしなさい、ベアトリーチェ」
「っ……お父様!?」
大声で叫び過ぎたからか、気付けばお父様が立っていた。
お父様は、私を見て溜息を一つ溢すと……“仮面の魔女”に向かって、頭を下げた。
「挨拶が遅れて申し訳ない、“仮面の魔女”。私がカーバンクル家当主、ルーカス・カーバンクルだ。事態収拾のためにわざわざ東部まで足を運んでくれたこと、感謝する」
『……いえ、そんなことは』
お父様が何を言っているのか……何を言おうとしているのか、理解できないし、したくもない。
だって、お父様は約束してくれたから。
私がカーバンクル家の娘になって、次期当主として相応しい人間になるなら、リサーナを助けてくれるって……。
「情報共有を怠り、悪戯に領民を危険に晒した咎は私にある。どうかベアトリーチェを責めないでやってくれないか」
『いえ、そんな……元より私は……』
「それと……カーバンクル家当主として、正式に依頼させて欲しい。娘を……リサーナを、君の手で止めてくれ。これ以上、事が大きくなる前に」
「お父様……何を、言っておられるのですか……?」
それは実質……お父様も、認めたということではないですか。
リサーナの、“討伐”を。
「時間切れだ、ベアトリーチェ。これ以上、リサーナを庇い続けることは……出来ない」
「…………」
足下が崩れ落ちて、奈落の底に突き落とされた気分でした。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、訳が分からなくて……気付けば私は、両手に魔力を漲らせていましたわ。
「ベアトリーチェ、待ちなさ……!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
全力で解き放った魔力が爆炎となり、屋敷の一角を吹き飛ばす。
お父様は屋敷の中へ、“仮面の魔女”が屋敷の外へと吹き飛んでいくのを見送った私は、その場で叫びました。
「認めない、認めない、認めない認めない認めない!! リサーナは、私が守る!! 誰にも、手出しなんてさせるものですか!!」
自分でも、分かっています。こんなの、単なる子供の癇癪でしかないと。
それでも、私は嫌だ。
リサーナまでいなくなってしまったら、もう私は私でいられなくなる。
これが原因でどんな罪に問われようと、カーバンクル家にいられなくなろうと、関係ない。
私は……私は、リサーナを……!!
「あぁーーー!! もう!! どいつも、こいつも、少しは私の話を聞いてくださいよ!!」
壁に空いた大穴の向こう、屋敷の外へと弾き出した“仮面の魔女”がいるはずの場所から、酷く聞き覚えのある声がした。
どうしてあなたが。まさか、そんな。
「さっきから、ベアトリーチェ様も侯爵様も、自分の話を一方的にするばっかりで、私を蚊帳の外にして……!! いいです、それならそれで、こっちにも考えがあります!!」
私の同学年で……いいえ、魔法学園全てを見渡しても、比類なき魔法の才能を持った、アティナ・サンフラウの腰巾着。
いつもオドオドしていて、自己主張の乏しいあの子が……メアリア・アースランドが、“仮面の魔女”の正体……?
「もう誰の指図も受けません。私は私で、好きにやらせて貰います。文句があるなら、かかって来たらどうですか、ベアトリーチェ様!!」
挑発するような物言いに、私はまたしても頭に血が昇る。
何が、蚊帳の外よ。そもそも……。
「あなたは最初から……部外者でしょうが!!」
数々の疑問を押しのけて、私は魔法を発動させた。




