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影刃の魔導師

「ふっ……まあ、この程度でやれるほど甘くはないわなぁ?」


 いきなりの先制攻撃を、私は幻影による位置情報の攪乱でやり過ごした。


 ……正直、王宮魔導師がどうしてあの子を狙うのか、理解出来ない。

 ただ、この一ヶ月ちょっとの間だけで、私は既に王宮魔導師を二人も敵に回してる。


 こういうこともあり得るって、良くも悪くも認識が変わった。

 悩んでばかりいたら、大事なものを守れないってことも。


 だから。


『悩むのは、後だ』


 意識を完全に戦闘に切り替えて、宙に浮かびつつ魔力を薄く広げていく。

 こういう狭い場所は、空間掌握系の魔法を展開しやすい分、私に有利……。


「甘いで」


『っ!?』


 飛んだ先の天井から、私目掛けて影の刃が伸びて来た。

 それも、一発目を躱された教訓からか、無数の刃が散弾のように広がりながら迫って来る。


 すぐさま結界を張って、直撃コースにある刃を防ぐけど……力負けして、あっさりと破られた。

 それでも、一瞬だけ勢いが弱まったのを確認して、私は空中で体を捻るように回避する。


『くっ……!』


「ふぅん、複合結界か。対魔法結界を選択せんかったんは、いい判断やな」


 複合結界。

 対物理結界と対魔法結界を重ね合わせて構築することで、どちらの攻撃にも対応できるようにした結界のことだ。


 メリットは、物理だろうと魔法だろうと、どんな属性の攻撃にも対処出来ること。

 デメリットは、どちらか一方に効果を絞った場合よりも防御力が落ちることだ。


 カラルバの攻撃は、一見すると闇属性の魔力を固めて作った魔法攻撃に見えるけど……最初の一撃を見て、どうにも違和感を覚えたの。


 だから念のため複合結界にしたんだけど、それで正解だった。


『あなたの魔法は、闇属性じゃない……ただ闇属性の魔法をコーティングしてそれっぽく見せただけの、土属性の魔法……!! それも、周囲の地形を変形させるタイプの物理攻撃……!!』


「正解や。一発で見抜くとは、やるやんけ」


 パチパチと、カラルバが拍手をするけど……バレたからって大した問題じゃないって思っているのか、余裕の態度を崩さない。


 でも、そういう反応になるのも理解出来る。

 種が割れたところで、私には有効な対処法があまりないと思ってるんだろう。


「ほなら……これのどれが物理攻撃で、どれが魔法攻撃か、見分けられるか!?」


 カラルバが手のひらを掲げると、地面からも天井からも、無数の刃が伸びて来る。


 そう……初見では土魔法に闇魔法のコーティングを被せた物理攻撃だったけど、本当に闇魔法だけで同じ攻撃を仕掛けられたら、それは魔法攻撃になる。


 複合結界では、防御力が足りない。

 物理と魔法、どちらかに特化した結界では、常にどちらかの属性の攻撃が結界を素通りして襲ってくる恐怖と戦わなければならない。


 幻影と現実、二つの境界を曖昧にして敵を惑わす、私とよく似た戦い方だ。


 だからこそ、その対処法もすぐに思いつく。


『見分ける必要なんて、ありません』


「何ッ!?」


 張るのは、対物理結界一択。

 少し広めに構築して、闇魔法は最低限の回避だけで済ませる構えだ。


 結界に受け止められた土魔法と違って、闇魔法は結界を素通りして来るけど……私はそれを、急所だけ庇うように回避しつつ、カラルバへ突っ込んでいく。


 当然、回避しきれずに掠った闇の刃によって、体があちこち切り刻まれ、鋭い痛みと共に血が飛び散るけど……致命傷じゃなければ、なんでもいい。


 それくらいなら、後で治せる。


『《幻影剣ファントムソード》』


「ちぃっ!!」


 私の魔力で作った幻影の剣に対して、カラルバも結界で対抗しようとする。

 けれど、私の作った剣は結界をまるでバターのように斬り裂き、庇うように前に出された右腕を切断した。


「ぐっ……あぁぁぁぁぁぁ!!?!?」


「ボス!!」


「っ……来るなお前ら!!」


 カラルバの絶叫が地下水道に響き渡り、部下の人達が慌てて加勢しようとしたけど……当のカラルバが、それを止めた。


 私から飛び退いて距離を取りつつ、脂汗を流しながらも笑って見せる。


「よう見てみい。斬られたけど、斬り落とされてはいない。痛みだけ与える、幻の剣……そういうことやろ」


『その通りです』


 私の《幻影剣ファントムソード》は、斬った相手に幻肢痛にも似た激痛を与え、その部位をしばらくの間、本当に切断されたかのように使用不能に追い込む魔法だ。

 失ったはずの部位がまだそこにあるかのように痛む、本来の意味での幻肢痛とは真逆の代物だね。


 なんで剣の形をしているかというと……基本、幻による錯覚と違って、相手の精神に直接作用するような魔法は、直接触れるかそれに近い至近距離でないと、強い効果が発揮されないからだ。


 《幻影世界ファントムワールド》は例外みたいなものだけど、下準備に時間がかかるし。


「しかし驚いたで……よくまあ、あんなに思い切りよく飛び込んで来れたもんや。しかも、オレの結界を当たり前みたいに突破しおって。どういう理屈や?」


『あなたが、闇魔法より土魔法の方を本命としていたからです。逆だったなら、物理攻撃に見せかけた魔法攻撃を初手に選択するでしょうから』


 だからこそ、大量に放たれた無数の刃も、そのほとんどは土魔法だろうと踏んだ。

 闇魔法も当然混ざっているだろうけど、本命でないなら無視しても死にはしないと。


『結界を突破出来たのは、私が“対魔法結界に特化した対魔法結界”を剣に纏わせていたからです。魔法攻撃全てに対応するために組まれた結界と、対魔法結界ただ一つを無効化するために組まれた結界なら、後者が勝つのは自明でしょう』


「なんやそれ、オレが少しでも普通の構築からズラしただけで瓦解するやり方やんけ」


『ベースが一般的な対魔法結界から変わらないなら、剣を振り抜くまでの間に、こちらもそれに合わせて調整するだけなので』


「……簡単に言いよってからに。ほんま、王宮魔導師クラスは頭がおかしい奴しかおらへんな」


 どこか呆れたように呟いたカラルバは、顔を俯かせ……もう一度顔を上げた時、そこにはこれ以上ないくらいの歓喜の笑みが浮かんでいた。


「おもろいやんけ。もう小細工はなしや!! 真正面からブチ破ったる!!」


 動かない右腕をそのままに、左手を地面に叩き付ける。

 その瞬間、地下水道全体が揺れ動いた。


「死に晒せ!! 《大地殴打ガイアリンチ》!!」


 地面から、天井から、左右の壁から、拳の形をした岩が空間を埋め尽くす勢いで迫って来る。

 対物理結界を張られようが関係なく、質量だけで全部押し潰すことを目的とした、まさに正面からの力押し。


 真っ向から受けたら、とても防ぎ切れないだろう。

 だからここは、少し後ろに下がって距離を置きつつ……。


「もうやめて!! 私が悪かったから!!」


『え……』


 私が下がろうとしたまさにその場所に、いつの間にかリサーナちゃんが立っていた。

 戦いを止めようというのか、無防備に声を張り上げる姿を見て……私は、全身から血の気が引く。


「しまっ……お嬢ッ!!」


 後ろに下がりつつ、迫る岩を確固撃破しながら凌ぐつもりだったけど、そんな悠長なことをしていたらリサーナちゃんが巻き込まれる。


 かと言って、私がこの場でカラルバの魔法を防ぎ切るのは不可能だ。

 そんな高出力の結界、私には作れない。


 だから、私に打てる手は……一つ!!


『伏せて……!!』


「えっ」


 リサーナちゃんを押し倒し、亀のように上から覆いかぶさる。

 後のことなんて考えるな。今はただ、この子を守り切ることだけに、全力を尽くす!!


『《神ノ盾(エイジス)》!!』


 反撃の全てを放棄した、完全なる防御特化の結界。

 加えて、全身に魔力を限界まで漲らせて、私自身の体も盾にする。


 凄まじい轟音と共に、一瞬で結界が砕け散った。

 あまりの衝撃に、全身がバラバラになったんじゃないかと思ったけど……辛うじて、私は生きていた。


「お、お姉ちゃん……?」


「リサーナ、ちゃん……だい、じょうぶ……?」


 あれ、声がおかしいな。今ので、仮面も壊れちゃった?

 でも……今の私に、それを気にする余裕はなかった。


「おいお前ら!! モタモタするな、早く連れて行け!!」


 カラルバが、部下に指示を出している声が聞こえる。

 リサーナちゃんを連れて行こうとしているんだろうけど、それだけはどうにか阻止しないと。


 でも……もう、体が……動かない……。


「お嬢を保護して、そこの仮面の嬢ちゃんも急いで応急処置や!! 死なすなよ!!」


 ……ん?


 聞き間違いかな? なぜか、私を助けようとしているような……。


「お願い、カラルバさん……!! 仮面のお姉ちゃんを、助けてあげて……!!」


「分かっとります。けど、これに懲りたらもう、こないな真似はせんでくださいよ。オレらまで姉御に怒られてしまいますから」


「うん……!! 約束する……!!」


 あれ? えっと……あれ?

 リサーナちゃんとカラルバの二人が、やたらと親し気に話しているのを聞いて、私は恐る恐る……絞り出すように、声を上げる。


「あの……つかぬ事を、お聞きしますが……げほっ」


「なんや、まだ喋る元気があったんか。それなら死ぬことはなさそうやな」


「いえ、全然、元気はないんですけど……その、お二人の……関係……げほっ」


「あーもう、いいから黙っとれ、後で説明してやるさかい。……でもまあ、簡潔に事実だけ言うとやな」


 ひょいっと、カラルバ……さんに、体を抱き起される。

 呆れたような、感心しているような、そんなよく分からない表情で見つめられながら……。


「その子はリサーナ・カーバンクル。カーバンクル家のご令嬢や。で、オレらはその護衛を務める用心棒ってトコや。分かったか?」


「…………は?」


 あっさりと告げられた衝撃の事実に、私はショックのあまり意識を失うのだった。

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