東部カーバンクル領
ルルーナ様の依頼を受け、私は東部へやって来た……けと、そこで早速困った事態になった。
何をすればいいのか、分からない。
『ど……どうしよう……』
現在地は、東部最大の街……そして、吸血鬼騒動が今まさに起こっている場所でもある、カーバンクル侯爵領の領都。……その中でも、特に人気のない路地裏だ。
いつもなら、こういう時は明確な救援対象がいたり、何かしらの魔物みたいな、ハッキリ実在すると分かる存在を討伐すればいいだけだった。
でも、今回は違う。本当にいるかどうかも分からない、“吸血鬼”なる正体不明の化け物を探し出し、討伐しなきゃいけない。
つまり、地道な捜査から入る必要があるんだ。
……捜査って、何すればいいの?
いや、本当は分かってる。要するに、聞き込みをすればいいだけだ。吸血鬼騒ぎについて、知っていることはありますかって、そこら辺の人に。
……初対面の名前も知らない人を呼び止めて、いきなり「吸血鬼知ってます?」って聞くの? 私が?
ははっ……無理無理!!
ならせめて、ここの領主……カーバンクル家に情報提供を求めるとか、あるいはこの東部で活動している王宮魔導師にコンタクトを取るとかすればいいじゃん、と言われたら、それもまた超ド正論だと思う。
実際、ルルーナ様からも、「僕は一緒に行けないから、せめてこれくらいは」と紹介状を書いて貰ってる。
でもね、紹介状を受け取った時に言われた言葉が、私にその選択肢を取ることを躊躇わせるの。
──カーバンクル家は、王宮魔導師でも特に深い知見を持つ“錬金”の派遣を要請していた。その結果が、西部では有名とはいえ非正規の魔導師である君しか送られて来ないとなると、どんな反応になるかは……まあ、覚悟しておいてくれ。
『それ絶対怒鳴られるやつじゃん!! 舐めてんのかコラァ!! ってその場でぶっ殺されるやつじゃん!!』
いや、流石に殺されることはない……と、思いたいけど。
でも、東部の人は気性が荒い人が多いっていうし……実際、ベアトリーチェ様とかめちゃくちゃ怖いし。
一度、カーバンクル家にも行ってみたんだけど、門番の人があまりにも恐ろしい顔してたから、逃げて来ちゃったし。
うぅ、我ながら情けない……ローラさんを初めて見た時、頼りないって思ってたけど、むしろローラさんがあの雰囲気じゃなかったら、とても救援要請なんて出来ずに泣いてたかもしれない。
ありがとうローラさん、だらしなくてダメなあなたでいてくれて。
『はあ……でも、いつまでもこんなところでウダウダしてるわけにもいかないよね……』
頭の中のローラさんが「酷くない〜?」と抗議する声をスルーして、私は歩き出す。
今はまだお昼過ぎだけど、このまま迷ってたらあっという間に夜になってしまう。
暗くなってからの訪問なんて、余計に拗れる未来しか見えないし。今勇気を出しておいた方が、間違いなく楽だ。
『よーし、やるぞー……よーし』
何度も深呼吸を繰り返しながら、私は路地裏から出ようとして……ふと、おかしなものを目撃した。
頭からフードを被った子供が、私とは逆に路地裏の奥へ走って行くのが見えたのだ。
『……え、あれ放っておいて大丈夫なやつ?』
絶対大丈夫じゃないと思うけど、そんな言葉が口をついて出るくらいに私は混乱していた。
見たところ、十三歳……ちょうど弟のルルと同い歳くらいに見えたから、余計に心配になってしまう。
『……ちょっと、見ておこうかな』
もしかしたら、私が思うよりここは安全で、あの子は近道としていつも利用しているのかもしれない。
でも、一度気になったからには最後まで無事を確認しないと据わりが悪いと思った私は、こっそりとその子の後を追うことに。
すると……すぐに、異変に気が付いた。
あまり上手ではないけれど、その子供が身体強化系の魔法を使って走っていること。
そして……その子供を追うように、三つの気配が路地裏で動いていることに。
『明らかに大人の男……黒ずくめ、しかもこっちは魔法に手馴れてる感じ』
少なくとも、一般人では絶対にない。
そんな男達相手に、ちょっと魔法を齧った程度の子供が逃げ切れるはずもなく。
すぐに、袋小路に追い込まれてしまった。
「ふぅ、ようやく追い付いたで」
「悪いが、こちとら仕事なんでな……堪忍してくれや」
「大人しゅうしてくれれば、悪いようにはならんで。兄ちゃん達と一緒に行こうや」
小さな子供を三人がかりで取り囲み、じりじりと包囲を狭めていく男達。
それを見て、私もすぐさま動いた。
『《烈風掌》』
「うおっ!?」
「なんや一体!?」
子供と男達の間に、牽制のための風魔法を叩き込む。
指向性を持って破裂した空気が突風となり、男達を一旦後退させた。
そこへ、子供を庇うような位置取りで空中から舞い降りる。
『事情は何も分かりませんが……大の大人が揃って子供一人を追い回すのは、良くないと思います』
「はぁ!? 何をワケわからんこと言うとんねんお前、オレらがどこの誰か分かって言っとるんか!?」
『知りませんけど。子供が襲われそうになっているのを見たら、普通助けますよね?』
「んな……!!」
絶句する男達を前に、さてどうしようかと思考を巡らせる。
倒すだけなら簡単だと思うけど、事情も知らないうちにあまり酷い怪我を負わせるのはちょっと……。
「お……お姉ちゃん、誰……?」
すると、後ろから子供が声をかけてきた。
声からして、女の子だろう。
振り返ると、フードから覗く紫色のつぶらな瞳が目に入った。
『ええと……正義の味方……とか?』
女の子の様子からして、多分“仮面の魔女”を知らないんだろう。
主な活動範囲は西部や中央、たまに北や南が入るくらいで、東部に来ることなんて滅多にないから仕方ない。
だからまあ、曖昧な名乗りになったんだけど……それを聞いて、女の子は急に私の腰にしがみついて来た。
ちょっ、幻影崩れる!!
「お願いお姉ちゃん、私を助けて!! 私、こいつらに追われてるの!!」
まあうん、見れば分かるけど……でも、こうして直接助けを求められたなら、遠慮はいらないよね。
「おい仮面の姉ちゃん、いいから早くその子をそっちに渡さんかい!! やないと大変なことになるで!?」
『そうですか。なら、大変なことにならないように、抵抗しますね』
気付かれないように、薄らと魔力を広げる。
その影響範囲に、男達が入ったところで──私は、得意の魔法を紡ぎ出す。
『《睡眠》』
その瞬間、三人の男達は意識を失い、その場に倒れた。
睡眠魔法を自力で解呪して襲って来る、みたいな展開を警戒して、一応次の魔法を準備していたけど、どうもそんな様子もなさそうだ。
ホッと息を吐き、私は改めて女の子と向き合った。
『大丈夫……? 怪我はない?』
「ううん、平気だよ。お姉ちゃん、すっごく強いんだね!」
『えへへ……ありがとう』
子供からの純粋な称賛の言葉に、思わずデレっとしちゃったけど……よく考えたら、そんなことで一々喜んでる場合じゃなかった。
『それより、その……あなた、どうして追われてたの……?』
「えっと……それは、私の隠れ家に着いたら話すね。良かったら、着いて来て!」
『隠れ家……?』
「うん! あ、まだ自己紹介してなかったね」
女の子が、フードを取り去る。
ふわりと広がった紫色の髪。それに、幼くも勝ち気な性格が見て取れるその眼差しに、どこか既視感を覚えた。
……この子、どこかで会ったことあるような……そうでもないような。
「私、リサーナって言うの! お姉ちゃんは?」
『私? 私は……“仮面の魔女”って呼ばれてる。名前はごめんね、内緒だよ』
「えー」
ブーブー、と抗議するリサーナちゃんを宥めながら、私はその場を後にする。
……吸血鬼を討伐しに来たはずなんだけど、どうしてこうなったんだろう??




