特訓前のひと騒動
「あ……その……ええと……」
「メアリア様、ようこそいらっしゃいました。アティナお嬢様がお待ちですので、ご案内いたします」
「は、はい……」
ローラさんのところで掃除を終えた私は、その足でサンフラウ家にやって来た。
もう何度も来ているのに、未だに執事さんと面と向かって話すのには慣れていない。
仮面さえあればもう少しお喋りだって出来るのに……いや、よく考えたら私、あの事件の最中、この屋敷でアティナ様やルルーナ様以外の人間と一度も会話してないな? カリル君とすら一言も口利いてないよ?
仮面があろうとなかろうと、私がド陰キャのゴミであることに変わりはなかった……。
「メアリア! ようこそ、いらっしゃい!」
「アティナ様……!」
案内されたのは、サンフラウ家の当主が仕事をするために用意された執務室。
どうやらそこで、アティナ様は弟のカリル君にお仕事を教えている最中だったみたい。
弾ける笑顔。振り返るのに合わせてふわりと舞う黄金の髪。煌びやかな白いドレスは、動きやすさと見た目の華やかさを高次元で両立していて、私には一生縁のない代物だとすぐに分かった。
"学生に身分の差はない"ということを示すため、あまり高価過ぎない素材で作られていた制服ですら太陽の如き輝きを放っていたアティナ様が、アティナ様のためだけに作られたドレスを身に纏っている今、もはやその輝きは人を殺しかねないレベルにまで昇華されている。
私がこんな美しい女神様を直視していいのだろうか? いや、良くない。
「……メアリア? どうして顔を手で覆ってるの?」
「私如きが、美の化身を目にするのは世界に対する冒涜かと思いまして……」
「どういう意味!?」
いつまで経っても微動だにしない私を見かねてか、アティナ様が傍にやって来て、私の手を握る。
無理やり開かされた手の先で、ちょっと不服そうな顔をしたアティナ様と目が合った。
「どうせ褒めるなら、もうちょっと友達らしい言葉で褒めて欲しいなー……って」
「え……」
友達らしい? 友達らしいってなんだろう、私は前世も含めた二度の人生で、胸を張って友達だと言えるのがアティナ様しかいないんですが。ルルーナ様との関係は我ながらよく分からないし。
だから、どう答えるのが正解なのか全く分からず、卒倒しそうなくらい頭をフル回転させて……。
「……私なんかじゃ、表現する言葉が思い付かないくらい……綺麗、だと思います……」
何とか、それだけ絞り出すことが出来た。
「ふふっ、そっか……ありがとう、メアリア」
ひとまずご満足頂けたのか、アティナ様はほんのりと顔を赤らめながらも嬉しそうに微笑んだ。
やっぱりこれ、私如きが目にしていいような代物じゃない気がする。
今年の運、今日だけでもう全て使い果たしたのでは?
「ごめんなさい、カリルの勉強を見てあげていたから、準備はこれからなの。着替えて来るから、ちょっと待っていてくれる?」
「あ、はい……」
鼻歌混じりに去っていくアティナ様を見送った私は、残された部屋で一人ポツンと……じゃないね、カリル君いるもんね。
いや待って、あまりにも気まずいんだけど。今年六歳になるらしいけど、一体何を話せばいいんだろう? お姉ちゃんに似て、"仮面の魔女"のファンだったりしないかな?
私の弟……ルルも、これくらいの歳の頃は興味の移り変わりが激しくて、遊び相手になるのが大変だった記憶しかないんだけど。
そんなことを考えて無言になる私の前に、カリル君はトコトコとやって来て……なぜか、私の脛を思い切り蹴り上げた。
「いたぁーーーー!?」
なんで!? なんで私蹴られたの!?
痛みに悶絶しながら床を転がる私を見下ろしながら、カリル君は鼻を鳴らす。
「ふんっ、ちょーしに乗んなよ、チビ女!」
「は、はい……私のようなチビで根暗でゴミのような女が調子に乗って申し訳ありません……」
「いや、そこまでは言ってねーけど」
呆れ顔で見下ろすカリル君は、一度だけ扉の向こう……アティナ様が出て行った方を見ると、一言。
私に向けて、びしりと指を突き付けながら、言い放つ。
「ともかく、お前みたいなチビ女なんかに、おね……姉上は渡さないからな!! 絶対!!」
え? これはまさか、アレですか。私如きがアティナ様の友人枠に収まるなんて烏滸がましいって、そう言われてる?
どうしよう、あまりにも事実過ぎて、反論の言葉が浮かばないんだけど。
「せめて、"仮面の魔女"くらい強くてカッコよくて、頼りがいのある人じゃないと、俺は認めない!!」
「…………」
「何にやけてんだ、気持ち悪い」
いやだって、この流れで出て来るのが"仮面の魔女"の名前だったら、本人としては普通に嬉しいでしょ!?
まあ、中身が私だってバレたら、秒速で手のひら返しされる未来しか見えないから、言わないけど。
「とにかく!! 姉上を守るのは俺の役目だ!! 絶対誰にも渡さないからな!!」
それだけ言うと、カリル君は部屋を飛び出して行った。
結局、何だったんだろう……心配しなくても、アティナ様の一番はカリル君だよって言ってあげれば良かったのかな?
「メアリア、今廊下でカリルとすれ違ったのだけど……何かあった?」
「あ、アティナ様! いえ、特に……何も……」
カリル君と入れ違いになる形で、アティナ様が部屋にやって来た。
これから魔法の特訓だからだろう、その服装は煌びやかなドレスから、動きやすい恰好に変わっている。
ただ……。
「そう? 何かあるなら、遠慮なく言ってね。あの子もまだまだ子供だから、礼儀とかあまりなってないし」
「……そ、そんなことよりアティナ様、その恰好は……?」
「え? ああ、これ?」
半袖のスポーツウェアに、太ももまで大胆に露出した丈の短いパンツ……というかこれ、ブルマってやつでは?
今まで一度も目にしたことのない服装に唖然としていると、アティナ様はあっけらかんと言い放つ。
「実は、昨日自主訓練していたら、制服が破れちゃって。代わりの服はないかなって探していたら、お母様が昔特訓で使っていたっていうこれを見付けて……サイズもピッタリだったから、これでいいかなって……」
「着替えましょう、アティナ様」
「え、メアリア? どうして?」
確かにアティナ様の服装は、運動するにはピッタリだ。だってまんま運動着だもん。正直この世界にもあるとは思わなかった。
だけどダメだ。アティナ様の美貌でコレを着るのは、あまりにも破壊力が高くて……えっち過ぎる。
「この恰好を人に見られたら……死人が出ます」
「死人が出るの!?」
「はい。というか私が死ぬかと思いました」
「メアリアが!?」
その後、急遽メアリア様のコーディネートをする羽目になったりしたけど、私の数少ないファインプレーだったと信じたい。




