新しい日課(?)
「私は一体……何をしているんだろう……」
私……メアリア・アースランドは今、ままならない現実を前に途方に暮れていた。
王宮魔導師にも負けないくらいの魔法を扱える私だけど、世の中には魔法があってすらどうにもならないことはいくらでもあるのだと、無力感に打ちひしがれる。
それもこれも、全て……。
「いや〜、悪いね仮面ちゃん、お掃除して貰っちゃって〜」
今私の目の前で、酒瓶片手にゴミ屋敷だろうとお構いなしにゴロゴロしている、ダメ魔導師ことローラさんのせいだ。
いや、うん。もちろん、すごい魔導師ではあるんだよ?
そのあまりの戦闘スピード故に、誰一人としてその素顔をまともに視認できた人がいない──そんな理由から名付けられた“無貌”の二つ名に恥じぬ実力を誇る、王宮魔導師だもん。
“蒼炎”のルミア様、“爆撃”のガエリオの二人が揃って王国を裏切り、更には“光盾”と呼ばれていた方まで殺害されるという大事件が起こった今、この西部地域に残された最後の英雄が彼女だ。
英雄だからって、事件が起きれば何でもかんでも出張るわけじゃないと思うけど……それでも、重要な人物であることは間違いない。私だって尊敬してる。
ただ、それとこれとは話は別というか……なんで私が、ローラさんの小屋の掃除なんて引き受けてるんだろう……?
「だって〜、『助けて貰ったのでお礼がしたいです。なんでもします!』なーんて言われちゃったら、お掃除頼むしかないでしょ〜?」
「普通はそれくらい自分でやるんですよ!! それにそもそも、今日で今月四回目ですよ!? なんでこんなに汚れてるんですか!?」
そう、助けて貰ったお礼に、掃除をするとは言った。
けれど、まさか毎週毎週通いで掃除することになるとは思わなかったし、何より毎週来てるのに毎回ゴミ屋敷になっているのはどういうことなの!?
うちのお姉ちゃんでももう少しは綺麗なまま保……いや、そうでもないか……? 心配になって来た。
「いや〜……最近忙しくて、酒の量が増えたっていうか〜……そのせい?」
「少しは飲む量控えてください!! 体壊しますよ!?」
「うわぁ〜ん、後輩が虐めるよぉ〜!」
没収!! と酒瓶を取り上げると、ローラさんはまさかのガチ泣きし始めた。
前世から続く生粋の陰キャである私としては、こんな反応をされたらすぐにお酒を返して、そそくさと退散するのが通例なんだけど……なんというか、言動がうちのダメお姉ちゃんと似通ってるせいか、あんまり面と向かって話すことに抵抗がない。
なんだかんだ毎週通っているのも、そういう親しみやすさみたいなのを私自身求めているから……っていうのも、理由の一つなのかも。
言わないけど。
「はあ、まあいいや〜……それで? サンフラウ家のお姫様とは、調子どう〜? 私のところに来てくれるのも、お姫様と会うためなんでしょお〜?」
少しだけ真面目なトーンで、ローラさんが問い掛けて来る。
ローラさんの小屋掃除が終わった後、サンフラウ家に向かってるのは事実だけど……よく知ってるなぁ。
ずっと飲んだくれてるイメージしかないのに、どこから仕入れてるんだろう、その情報。
「少なくとも、表面上は元気ですよ。まだ完全に吹っ切れたわけじゃないと思いますけど……それでも、ちょっとずつ立ち直っているみたいです」
アティナ様……私の大切な親友は、先の事件で両親を失い、自分自身も殺されかけた。
今も、まだ幼い弟のカリル君を新当主に据え、実務の部分をカバー……というよりほぼ肩代わりするために、学園を休学してサンフラウ領に滞在している。
そんなアティナ様のために、私も親友として出来る限り傍に寄り添い、アティナ様の要望で魔法を教えてあげていた。それも、学園の授業ではまだやっていない実戦的な奴を。
「ふ〜ん……ねえ、仮面ちゃん、前から思ってたんだけどさぁ〜、王宮魔導師にはならないの〜?」
ローラさんの質問に、私は言葉を詰まらせた。
王宮魔導師は、このハインツラル王国で魔法を学ぶ全ての人間の憧れだ。
職業魔導師の頂点。重い責任と引き換えに、ありとあらゆる特権を与えられ、その発言力はたとえ平民の出だろうと貴族にも並ぶほど。
でも、だからこそ……。
「私には……荷が重いかなぁ、って……」
「そう〜? 実力は十分過ぎるくらいだと思うけど〜?」
「それは“仮面の魔女”であって……私じゃないですから」
王宮魔導師になるからには、私が仮面の下に隠し続けて来た正体を明かさなきゃいけなくなる。
“仮面の魔女”は私であって、私じゃない……自分自身にそう言い聞かせて、それでもやっぱりたくさんの人から注目されるのは怖い。
そんな私が、“メアリア・アースランド”として人前に立つなんて、考えただけで恐ろしいよ。
「それに、王宮魔導師になったら、学園にも通えなくなっちゃいますからね。人助けは王宮魔導師にならなくても出来ますし、このままでいいんですよ」
「そっかぁ〜……仮面ちゃんが王宮魔導師になってくれれば、西部で起きた厄介事全部押し付けられると思ったのになぁ〜……」
「聞こえてますよ!?」
途中から小声で呟くローラさんに、私は力の限り叫んだ。
やっぱり、王宮魔導師になってもロクなことが無さそうだね。
うん、やっぱり私は、ぜーったいに、王宮魔導師にはならない!!
「あーもう、さっさと掃除終わらせますから、そこ退いてください!」
「うわぁ〜ん、後輩がいじめるよぉ〜」
さっきも聞いたセリフをもう一度口にするローラさんを、ソファの上から引き摺り降ろしながら、私はどうにか掃除を進めていくのだった。




