月末試験
ルルーナ様との関係は、滑り出しこそとんでもないインパクトを齎したけど、それからは比較的穏当な毎日が続いていた。
将を射んと欲すれば、まずは馬を狙えと言うだろう? ……なんて事を言いながら、ルルーナ様がアティナ様と仲良くなり始めたのだ。
外堀から埋めようなんて姑息な!! 私がアティナ様に弱いって分かっててそこを狙うなんて!!
とはいえ、ルルーナ様とアティナ様、二人と過ごす毎日は、普通に楽しい。
強いて問題を挙げるとすれば……男女問わず全校生徒の注目を集める、圧倒的な“美”と“カッコ良さ”を両立した王女殿下と、同じく男女問わず惚れてしまうほどに可憐で優しい公女様に挟まれた、一般通過男爵令嬢という今の立場が、私にとっては大変針のムシロということくらいかな!!
「次!! メアリア・アースランド!!」
だからこそ、私は今、命を賭けて目の前の課題に対峙していた。
月に一度、この魔法学園で執り行われる月末の実技試験だ。
「つ、ついに来た……私の番……!」
「もう、メアリアなら余裕でしょう? 頑張って」
「は、はいぃ……!」
試験官をしている担任のララネ先生に呼び出された私は、アティナ様の見送りを受けながら位置に着く。
広々とした魔法訓練場……この学園内にいくつもある、一種の体育館のようなその場所には、現在土魔法で築かれた無数の台座と、その上に一本ずつ立てられたロウソクがあった。
設置された距離も高さもバラバラで、中には台座の裏に隠されるような形で配置された物まで、計二十本。
今回の試験内容は、このロウソク全てに、離れた位置から火を付けていくという、ただそれだけのものだ。
ただし、ロウソク一つ一つに、魔法の影響を受けにくくする対魔法処理が施されているため、簡単には火が付かない。
その対魔法処理の強度もロウソク毎にバラバラかつ、ロウソク自体が過剰に損傷すると減点になる。
対魔法処理を貫くためだからと、強すぎる魔法を使えば減点。
かといって、威力過剰を防ぐために慎重になり過ぎると、今度は三分という制限時間が立ちはだかってくる。
素早く、確実に、ロウソク毎に施された対魔法処理の強度を読み取る分析能力と、それに合わせて的確に魔法の威力を調整出来る制御能力。
更に、何度も対魔法処理を突破するだけの魔法を連発するための、持久力までもを一度にチェックする、なかなかに考え抜かれた試験と言えるだろう。
その分、学生にやらせるものとしては、かなり難しいと思うけど。
なんて嫌らしいんだ、これを考えた教師は絶対に性格が悪いよ。
……あ、嘘です、先生睨まないでください。
「砂時計をひっくり返したら試験開始だ、自分のタイミングで始めてくれ」
なぜ、私が実技試験に命を賭けているのか?
それはもちろん、私にとっては魔法だけが唯一無二の特技であり……なんやかんや、アティナ様の傍に私なんかが居続けてもそれなりに平穏にやれているのは、私がこの魔法実技において圧倒的な成績を残し続けているからだ。
魔法という一点において、私はアティナ様に気に入られる価値があるとみんなから思われている。
だから……満点なんて、当たり前。
アティナ様と……最近ではルルーナ様の傍に侍る価値くらいはあるんだって、この場にいるクラスメイト全員に知らしめるだけの結果を……!!
「すぅー……ふっ!!」
砂時計を手に取り、ひっくり返す。
零れ落ちていく砂が、サラサラと底に積み上がっていくのを横目に……私は、連続して二つの魔法を放った。
「《解析》」
魔力を飛ばし、触れた物に施された魔法による罠や結界なんかを調べる魔法。
それを、ロウソクが設置された空間全てを包み込むほどに精査範囲を広げて発動し、ロウソクそれぞれの対魔法処理を“全て同時に”看破する。
「《着火》!!」
続けて発動するのは、魔力を飛ばして着弾点に火を付けるだけの、基礎の基礎と呼べる魔法。
こちらも、二十本あるロウソクそれぞれに合わせて調整した魔力を飛ばして……これまた、全て同時に着火する。
所要時間、凡そ五秒。火の着け損ないも、過剰火力でロウソク本体まで溶けた物もない……はず。
砂時計に魔力を込めて落砂を止めた私は、ドキドキしながらララネ先生を見た。
「……完璧だ、文句の付けようもない……というより、やり過ぎなくらいだ。教師でも、ここまで出来る奴はいないだろうな。……はぁ、過剰なパフォーマンスを減点対象にするなら、マイナス百点と言ってやりたいくらいだな」
「えぇぇ!?」
そ、それは困る!! 私、魔法以外はてんでダメだから、これでそんな評価になったら落第だよ!?
「冗談だ、だからそんなに泣きそうな顔をするな」
「せ、せんせぇ〜……!」
ぐすんぐすんと鼻を鳴らす私に、ララネ先生は爆笑しながら肩を叩いて来る。
意地悪過ぎるよこの先生。
今度、その無駄に大きなおっぱいを小さくする魔法でも開発してやろうか……。
そんな悪巧みをしながら戻った私は、いつものように大天使アティナ様の歓迎を……。
「……あれ?」
受けなかった。
なぜか難しい顔をしているアティナ様に気を取られていると、直後にルルーナ様が私を抱き締める。
って、ちょっ!?
「素晴らしい魔法だったよ、メアリア。これは、学年トップは君で決まりだね」
「ま、まだ気が早いですって!! ていうか、こんなところでくっ付かないでください!!」
ルルーナ様を引き剥がすために必死になっている間に、アティナ様も近付いて来る。
さっき見たのは目の錯覚だったんじゃないかってくらい、いつも通りの優しい笑顔を浮かべたアティナ様は、それとなく会話に混ざってルルーナ様のスキンシップに待ったをかけてくれた。
「メアリアの言う通り、まだ授業中ですよルルーナ殿下。でも、メアリアがトップで間違いないっていうのは分かるわ。だって、満点を取った人だって誰もいないんだもの」
「あはは……でも、アティナ様も惜しかったじゃないですか。一番妨害処理が強力なロウソクを一つ、燃やし過ぎて溶かしちゃっただけですし」
「確かに、アティナも素晴らしい魔法だった。僕は十七本に火を灯したところで息切れしてしまったから、君達の優れた魔力量は少し羨ましいよ」
「ふふ、二人ともありがとう。これでも、私もサンフラウ家の名を背負ってここにいるからね、それなりの結果は残さないとと思って」
それなり、なんて謙遜しているけど、アティナ様は本当にすごい。
入学してすぐの試験でも、魔法実技だけは私がぶっちぎりトップだったけど、それ以外の試験科目はその悉くがアティナ様の名で一位を独占され、見事総合点で学年トップを手にしていたんだから。
魔法実技以外ダメダメで、総合ではトップ十にも入れなかった私とは大違いだよ。
「……ふん、調子に乗っていられるのも今のうちですわ」
そんな私達の傍を、一人の女子生徒が通り過ぎる。
命懸けで試験に臨んだ私と同じか、それ以上の覚悟を滲ませる紫髪の彼女は、私やアティナ様をひと睨みしながら、一言。
「此度の試験は、私が学年トップを取るのですから!!」
「次!! ベアトリーチェ・カーバンクル!!」
タイミング良く呼び出されたベアトリーチェ様が、そのまま颯爽と去っていく。
それを見送った私達は、互いに顔を見合わせた。
「随分と、対抗心を持たれているようだね」
「私のサンフラウ家と、彼女のカーバンクル家は、犬猿の仲ですから」
色々と含みを持たせながら言うルルーナ様に、アティナ様も苦笑を浮かべる。
西方貴族を束ねるサンフラウ公爵家と、東方貴族を束ねるカーバンクル侯爵家の仲の悪さは、私でも知っているくらい有名だ。
というのも、どちらも仮想敵国に対する護国の盾としての役割を果たしながら、領内で無限湧きする魔物への対処もしていかなきゃいけなくて……要するに、人もお金もいくらあったって足りない状況にある。
王家を含む中央貴族達は、守って貰う代わりに資金や物資、時に戦力を援助したりするんだけど、そのリソースだってもちろん有限。西と東でどちらを優先すべきか、永遠に言い争ってるんだって。
なまじ領民や兵士の命がかかっているから、どちらも妥協なんて出来ないわけだし……仲良くしろと言っても、難しいのは分かるんだけど。
「そういった軋轢を和らげるための、学園でもあるのだけどね」
やれやれとルルーナ様が肩を竦めれば、アティナ様はイエスともノーとも答えず曖昧に笑う。
そんな中で、ベアトリーチェ様は堂々と砂時計に手を伸ばして……開始と同時に使った魔法に、私は目を見開いた。
「えっ、これって……!!」
《解析》。それ自体は、この試験に臨む上で基本的な魔法の一つだ、何もおかしくはない。
問題は、その使い方。
会場全てを覆うような大規模な発動は、私と同じ……でも。
「っ……!!」
ダメだ、魔法陣が“普通”過ぎて、情報の取捨選択が出来ていない。
正確に、“効果範囲内の対魔法処理の強度と位置”に絞って解析するためには、その場その場で《解析》の魔法陣を適切に組み替える柔軟さと知識が必要なのに、ベアトリーチェ様は単なる魔力制御技術だけで何とかしようとしてるんだ。
それでも、時間をかけてゆっくり集中して分析すれば、ロウソクの位置と強度を正確に割り出すことは出来たと思う。
だけどベアトリーチェ様は、私に対抗してすぐにでも《着火》を放とうとしていた。
不完全な解析結果を反映しての、半自動照準。これじゃあ、ほぼ確実に失敗するだろう。でも、問題はただ失敗することじゃない。
対魔法処理は、対象物の魔力量を増やすことで、外からの魔力を受け付けず反発するように調整すること。
これとほぼ同じことを、何もしなくても常時やり続けている存在が、ここにはロウソク以外にもたくさんある。
──人間だ。
「バカ!! やめ……!!」
「《着火》!!」
ララネ先生が気付いて制止するよりも早く、ベアトリーチェ様の魔法が放たれる。
予想通り、触れただけで対象物を発火させる魔力の塊は、近くにいた生徒すらもロウソクと誤認して襲いかかっていた。
でも、十分に予想出来たことだからこそ、私もそれに対処する準備は既に整っている。
「《風撃》!!」
無防備で受ければ危険とはいえ、《着火》は授業で生徒に使わせるくらい初歩的な魔法だ。
火種となる魔力さえ吹き散らしてしまえば、何も起きない。
ロウソクに向かわなかった魔力だけを、正確に風で撃ち落とした私は、被害が出なかった事にホッと息を吐く。
「わ……私は……」
ただ、それで何事もなく丸く収まるということはなく、生徒達の冷たい視線がベアトリーチェ様の方へ向けられた。
“こっち側”から見るのは、初めてだけど……前世の自分を思い出すような光景に、胸を抉られる。
「ベアトリーチェ、お前な……」
「せ、先生!!」
多分、注意しようとしたんだろうララネ先生を制止して、声を張り上げる。
全員の視線が私一人に集中するのを感じて、息が詰まりそうになるけど……勢いだけで、押し切った。
「わ、私が、悪しき前例を作ったのが、悪いので……!! あまり、その……責めないで、あげて……欲しい、です……はい……」
どんどん尻すぼみになっていく私の声に、誰も何も言わない。
あまりにも辛い沈黙に、もういっそこのまま気絶してしまいたいと思い始めた頃……授業の終了を告げる鐘の音が鳴った。
「ふぅ……時間だし、全員一旦休憩! 続きはまた後にするよ!!」
先生が手を叩いて号令をかけたことで、何とかその場が収まって……私は、ホッと胸を撫で下ろすのだった。




