二度目の告白
いつかの時と同じように……あの時と違って、今度は私が殿下を屋上に呼び出した。
今まで何をしていたのか、どうして王女として戻って来たのか、さっきの宣言の真意は何なのか……聞きたいことは色々あるし、言いたい文句も山ほどあるけど、ひとまず。
「……元気そうで、良かったです。殿下」
私は、そう言って大きく息を吐いた。
ずっと、不安だったんだ。あの場は助け出したとはいえ、死ぬはずだった王女の扱いに、王家がどんな決断を下すのか。
もしかしたら、もう二度と会えないんじゃないかって……だから、本当にホッとしたよ。
そんな私に、殿下は少しだけ目を見開いて……すぐに、ふわりと笑みを浮かべた。
「僕も、君が元気そうで安心したよ、メアリア。怪我は大丈夫かい?」
「当然ですよ、私は治癒魔法もそれなりに出来るんですから」
“仮面の魔女”として活動を始めた直後は、派手に失敗して大怪我することもしょっちゅうだったし……ある程度は幻影魔法で誤魔化せるとはいえ、早く治さないと家族に心配をかけちゃうから、必死に学んだんだ。
お陰で、幻影魔法の次に得意な魔法を聞かれたら、治癒魔法と答えるくらいには熟達している自信がある。
まあ……治癒と言っても、自己治癒に限った話だけどね。
他人の体を治すのは苦手だ。治す相手がいないから。
「さて……互いの無事を喜び合うのもいいが、そろそろ詳しい事情を説明しないとね。あまり長く君を独り占めしていると、サンフラウ家のご令嬢に怒られてしまう。というか、先程も教室を出ようとした時に、肩を叩かれてね。ただじっと見つめられただけだったんだが……ははは、すごい迫力だったよ」
「そ……そうですね……?」
怒りはしないと思うけど……私の知らない内に殿下に何があったのか、早く知りたいのは本当だから、ひとまず頷くことにした。
ドキドキしながら次の言葉を待っていると、殿下は「心配するな」と穏やかに告げる。
「君が不利益を被るようなことは、何もないさ。あの事件で、僕の存在は民の知るところとなってしまったから……晴れて影武者の任を解かれて、“王女”として王族名鑑に載せて貰えることになったんだ」
「それじゃあ……!」
「ああ。“ルルーナ・ゼラ・ハインツラル”は、その場凌ぎの適当な偽名ではない。正真正銘、僕の名だ」
胸の内から湧き上がる感情を、どう表現したらいいか分からない。
自分の名前すら持たない、何もない自分なんて、と卑下していた殿下が、ちゃんと自分という存在を定義する名前を手に入れた。
その事実が、まるで……自分のことみたいに、嬉しい。
「良かったですね、殿下……ぐすっ」
「全部君のお陰だよ、感謝してもしきれない。ただ……もう一つだけ、我儘を言わせて貰うなら」
スッと、殿下が顔を近付けてくる。
すわまたキスでもするつもりかと、体が石のように固まってしまった私の唇に……殿下は、指先をちょんっと触れさせた。
「出来れば、“殿下”ではなく、名前で呼んで貰いたいな。他の誰よりも、まず……君に呼んで欲しいから」
「あ、えと、そ、そうですね、じゃあ、その……」
な、なんだろう……ただ名前を呼ぶっていうだけなのに、すっごく恥ずかしい!!
でも、殿下が“自分の名前”を貰えたことをどれだけ喜んでいるのか、多少なりと知っているから……恥ずかしいなんて理由で、断ることも出来ない。
「ルルーナ、様……」
何とか、絞り出すようにそう呟く。
すると、殿下は自分の口元を手で隠しながら、そっと距離を置いた。
「……なんというか、その……思っていたよりも、照れるな」
「自分で要求しといてそれですか!?」
「仕方ないだろう? 僕にとっても初めての経験なんだ。ただ……うん。やはり、嬉しい」
今ここにある幸せを噛み締めるように、殿下……ルルーナ様は呟く。
そして、もう一度顔を寄せて来て……って、待てい!?
「何しようとしてるんですか!?」
「ん? いや、お互い自己紹介も終わったことだし、改めて愛を確かめ合おうかと」
「確かめ合うってなんですか!? 私ルルーナ様の恋人でもなんでもないんですけど!?」
「周囲の人間からは、君が兄上の愛人という立場にあると認識されているのは知っているよ、僕がそうしたからね。だから言ったじゃないか、忘れさせてみせると。こういうのを、“略奪愛”というんだろう? 街で流行っていると、本で読んだぞ」
「なんつーとんでもないもんの影響受けてるんですかあなた!?」
それはフィクション! 創作物! だから許されるの!
現実でやったらあまりにも許されざる暴挙だからね!?
「ていうかそもそも、私達女の子同士じゃないですか!! 恋人なんてなれませんから!!」
単に常識とか、それだけの話じゃない。
貴族にしろ王族にしろ、女性として生まれたからには、家を存続させるために子供を産むのは義務みたいなもので……本当にただ愛し合うだけの同性婚なんて、認められるはずもないのだ。
王族であるルルーナ様も、それくらい分かっているはずなのに!
「いいじゃないか、僕はどうせもう死んでいるはずの姫なんだ。兄上が生きている限り、そう口うるさく言われないよ」
それに、と。
ルルーナ様は、勝ち誇った表情で告げる。
「今や王国中にその名を轟かせる“仮面の魔女”を確実に味方に引き入れられるのなら、案外父上も認めて下さるかもしれないよ?」
「だ……だとしても!! 私はその、恋人とか作るつもりないですから!! 友達、友達になりましょ!? ね!?」
「その枠はもう、サンフラウ嬢が収まっているじゃないか」
「友達に上限なんてありませんけど!? 私の人生の目標は、友達百人ですから!!」
「……意外だな。君がサンフラウ嬢以外と一緒にいるところを見た事がないから、てっきり……」
「ぐはっ……」
「えっ、メアリア!? 大丈夫か!?」
暗に「お前友達全然いないじゃん」と言われ、私は胸を押さえて倒れ込んだ。
ルルーナ様、それはぼっちに対して決して言ってはいけない禁句ですよ……。
「ともかく……君の気持ちは分かった」
瀕死の私を助け起こしながら、ルルーナ様はにやりと笑う。
以前までと同じ……ううん、より一層楽しそうに、伸び伸びとしたその笑顔に、思わず見惚れてしまった。
「だが、僕は諦めるつもりはないよ。他ならぬ君が、ずっと諦めていた僕の未来を守ってくれたんだからね。いつかきっと、君を振り向かせてみせよう。覚悟しておいてくれ、メアリア」
「…………」
そんなの絶対ないから! って言おうかと思ったけど……やめた。
ルルーナ様にとっては、今この瞬間こそが、絶対にあり得ないと思っていた未来なんだ。
だからきっと、私なんかと恋人になろうっていう未来も、ルルーナ様にとっては、決して不可能な未来なんかじゃないんだろう。
そんな風に思えるようになった切っ掛けが、私なんだと思うと……ちょっとだけ、誇らしい、かも。
「分かりました。でも、この“仮面の魔女”を、そう簡単に落とせるとは思わないことですね!」
だから私も、そうやって精一杯強がりを口にしてみせる。
と、そこでふと、ルルーナ様が屋上から校舎への出入口の方に目を向けた。
「どうしました?」
「いや、今誰かが扉の向こうにいた気配が……気のせいか?」
「えっ!? ……い、いやまあ、大丈夫ですよ、今回はちゃんと、遮音結界張ってましたし。あははは」
もし誰かに聞かれたらマズイ話もいくつかしていたから、ちょっと焦ったけど……いつも忘れがちな遮音結界を今回は張ってから話し始めたし、平気平気。
結界の外には一切中の音が漏れることはないから、たとえ扉の向こうに本当に誰かいたんだとしても、盗み聞きなんて不可能だ。
そう考えて、ルルーナ様と二人で屋上を後にした私は、気付かなかった。
ルルーナ様の肩に、微かな……彼女とは別の誰かの、風属性の魔力が纏わりついていたことに。
「嘘……メアリアが……“仮面の魔女”……?」




