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戻ってきた日常(?)

 “蒼炎の魔女”ルミア様が、敵国と通じて王族を暗殺しようとしたという大事件は、全て無かったことにされた。


 正確には、賊の襲撃に遭ったことで護衛についていた近衛の過半数が死傷、ルミア様も再起不能の重傷を負ったものの、たまたま駆け付けた“仮面の魔女”の助力もあって、殿下を守り通すことには成功した……というカバーストーリーが作られたんだ。


 お陰で、私の正体が知れ渡ることも、ルミア様の名誉が損なわれることもなく、ただ“仮面の魔女”の評判が上がり……賊の襲撃の裏には、インラオン連合国の手引きがあったという“噂”だけが一人歩きすることで、西部地方における反連合国感情が高まるという結果をもたらした。


 ただ、そういう政治のあれこれは、私にはよく分からない。

 私にとって、一番重要なのは……あの事件以来、殿下とは一度も会えていない、ってことだ。


「それでね、仮面の魔女様が──」


 分かってる、ただ命を救っただけで、全部上手く行くほど世の中甘くないってことは。

 でも……いざ会えない日が続くと、心配で心配で……何も手に付かないまま、もう一週間も経っている。


「──リア、メアリア! 聞いてる?」


「っ、あ、す、すみませんアティナ様! 私、ボーッとしてて……!」


 いつも通りの、アティナ様との登校時間。

 気もそぞろになって何も聞いていなかった私は、慌てて頭を下げた。


「別にいいけど……ここのところ、ずーっと様子がおかしいわよ? 何か困っていることがあるなら……」


「ぜ、全然、大丈夫です! 本当に……」


 何とか誤魔化そうと、無理やり笑みを作ってみせるんだけど……全く誤魔化せなくて、アティナ様はただ悲しげに眉尻を下げる。


「……すみません、誰にも言えない話、なんです……」


「それってやっぱり……先週、急に行方不明になったと思ったら、大怪我して帰ってきた件と関係あるのよね?」


「…………」


 否定しきれず、私は小さく頷いた。

 夜の散歩に出掛けたら、途中で派手にすっ転んで町の診療所で緊急入院することになって!! とか適当に言い訳したけど、あんなの信じてくれるわけないよね。


 ていうか、なんであれで行けると思ったんだろう。小学生でももう少しマシな言い訳考えるよ。


「そっか……ねえ、メアリア?」


「はい……っ?」


 並んで歩いていたら、急にアティナ様が抱き着いて来た。

 もう怪我は治ってるから痛くはないんだけど、元々魔法以外ポンコツの私には、人一人分の体重を支え切ることは難しくて。


 あっさりとバランスを崩して、盛大に転んでしまった。


「ご、ごめんなさい! 押し倒すつもりじゃなかったんだけど……」


「い、いえ……私が貧弱過ぎるのが悪いので……」


 そんなことより、すぐ目の前にアティナ様の顔が迫って来て、非常に気まずい。

 早く起きよう……と思うんだけど、なぜかアティナ様は、私の上から離れようとしなかった。


「アティナ様……?」


「メアリア。どうしても話せないことがあるのは、誰だって同じよ。だから、それはいいんだけど……私にも、何か力になれることがあったら、ちゃんと言ってね?」


 アティナ様の細い指先が、私の頬から首筋にかけてをそっと撫でていく。

 ぞくぞくと変な感覚が背筋を駆け抜けていくのを感じながら……。


「私達、親友でしょう?」


 その一言に、私は衝撃を受けた。

 親友……それは、友達の中でも特に仲良しの子を指す特別な呼び名。


 私……! 人生二周目で、ついに……! 誰かから、親友だなんて、思って貰えるように……!


「えっ、メアリア? な、なんで泣くの?」


「ぐすっ、うぅ、だってぇ……! アティナ様に、ひぐっ、親友だなんて、言ってもらえるなんて……! わだしっ、生まれて来て……よがっだぁ……!!」


「そこまで!?」


 号泣し続ける私を、アティナ様が必死に宥めながら、教室へ連れて行ってくれる。


 うぅ、また迷惑をかけてしまった……と一人反省会を開きながら落ち込んでいると、教室の扉が開く音がした。


「はい、静かにー。お前ら席に着けー」


 先生がいつもの怠そうな挨拶をして、教室内の空気が少しだけ引き締まる。

 私も、いつまでも泣いている訳には行かないからって、顔を上げて──


「今日はお前達に、編入生を紹介する」


 先生に続いて入って来た“女子生徒”に、目を見開いた。


「な……なんで!?」


 短かったはずの真っ赤な髪は、腰に届く程に長く。

 纏う衣服は私と同じ女子生徒用の制服で、白を貴重とした明るい色合いのそれは、彼女が着るとまるで煌びやかなドレスみたいに輝いて見える。私と全く同じものなのに。


「王家の事情で、これまで表舞台に立つことは無かったそうで……ぶっちゃけ私も驚いてるんだが、ともかく我が国の“第一王女殿下”が、ルカリオ殿下に代わって今日から学園に通うこととなった。お前達、失礼のないように」


「初めまして、皆さん。僕はルルーナ……ルルーナ・ゼラ・ハインツラルです。どうぞよろしく」


「席は自由ですので、どうぞ好きなところにお掛けくださいねー」


「ええ、ありがとうございます」


 先生と短いやり取りを交わした殿下……私のよく知るあの人が、迷わず私の方に歩いて来る。


 男装していた頃の癖なのか、女性らしい格好をしていてなお滲み出るカッコ良さが歩き方にも表れていて、男子以上に女子生徒から熱っぽい眼差しを集めていた。


「君がメアリアだね? 初めまして。兄上がお世話になったと聞いているよ」


「は……初め、まして……」


 初めましてじゃないとお互い知りながら、そうであるかのように偽るというのは難しくて、私はカチンコチンに固まってしまう。


 そんな私に、殿下はにこりと微笑んで……。


「んんっ……!?」


 クラスメイト達の目の前で、キスされた。


 クラスメイト達の!! 目の前で!!


「兄上のこと、僕が忘れさせてみせるよ。覚悟してね?」


 そう微笑んで、殿下は私の一つ後ろの席に向かった。


「それじゃあ、授業始めるぞー」


 何事もなかったかのように授業を始めようとする先生を余所に、私も、アティナ様も、他のクラスメイト達も、ただ唖然としたまま動けなくなって。


 その日以来、私は「王族兄妹を瞬く間に堕とした魔性の女」として、全校生徒の記憶に刻まれることになってしまった。

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