診療所でのひと時
「……知らない天井だー……」
気が付いた時、私は見知らぬ部屋のベッドで寝かされていた。
起きたばかりで、いまいちボーッとしたままの頭を何とか動かし、周囲に目を向けて……。
「気が付いたか……良かった」
すぐ目の前に殿下の顔があって、私は頭が真っ白になった。
ちょっと動けばキス出来てしまいそうな距離感に、私は慌ててベッドの上で飛び退く。
「で、ででででで殿下!? な、なな何を……っ!?」
「そんなに急に動いてはダメだ! 君も重傷なんだから」
全身に走った激痛……特に肩のそれに顔を顰めて蹲ると、本気で心配そうな殿下の声色に、私はまた別の意味で顔を上げられなくなった。
ごめんなさい、また勝手にキスされちゃうかと思いました……。
「ともかく……君が目を覚ましてくれて、本当に良かった。あれから、丸一日眠ったままだったからな」
「そ、そうなんですか……」
段々、私も記憶が戻って来た。
ルミア様と戦った直後に、意識が遠くなって……そのまま、倒れたんだ。
「あの後、どうなったんですか?」
私の問いかけに、殿下は一つずつゆっくりと、嚙み砕いて説明してくれた。
ここは、私達が戦った山岳地帯の麓にある、小さな鉱山町。そこにある、診療所みたいなところなんだって。
重傷を負ったまま動けなくなっていた騎士達ともども、この町の人達が気付いて運び込んできてくれたんだとか。
「騎士達は、思っていたよりも大勢助かったよ。君の幻影が、彼らを守ってくれていたんだろう?」
「……守っていたってほどじゃないですよ。ただ心を強く持てるように、促していただけです」
私の幻影魔法は、範囲内の人間の精神状態にある程度影響を及ぼせる。
それを使って、瀕死の騎士が生き残れる可能性を少しでも上げるために、精神を安定させていただけだ。
あの時点で、既に死んでいた騎士を助けることなんて出来なかったし……出来る限り気を使ったとはいえ、ルミア様と全力で戦う時に辺り一帯氷山に変えたから、その影響を受けて逆に死が近付いた人だっているかもしれない。
「ルミア・アーカディアも……昏睡状態にはあるが、死んではいないそうだ。なぜ目を覚まさないか分からないと、医者は言っていたが……」
「私が魔法を解かないと、目を覚ましませんよ。私も限界だったので、下手な睡眠魔法で解呪されるのが怖かったんです。……もっとも、目を覚ましたとしても……これまで通りの"蒼炎の魔女"には、戻れないかもしれませんが」
「うん? どういう意味だい?」
私が発動した《幻夢崩壊》は、相手の弱った心を利用して、絶対に抜け出せない悪夢の牢獄に捉える魔法だ。
当たり前だけど、これを使われた相手は徹底的にその心がへし折られる。
精神状態がその精度に大きく影響する魔法は、心が潰れると二度と使えなくなってしまうことも珍しくない。
我ながら、残酷なことをしたと思う。
あの時は、無我夢中だったけど……今振り返ると、どうしても罪悪感が湧き上がって来る。
「敵対する道を選んだ時点で……みんなが笑顔で終われる結末なんてないって、分かってはいたんですけど……私が、もっと上手くやれていたらな……」
ルミア様は、疑う余地もない英雄だ。手加減なんてする余裕はなかった。
まして、私は殿下を守るためにあの場にいたわけだから……ルミア様相手にも通用する手札の中で、使えるカードは本当に少なくて……今考えても、他に手はなかったと思う。
それでも、どうしても考えてしまうんだ。
もっと他に、良い結末はなかったのかって。
「メアリアは……後悔しているか? 僕を助けたこと」
「ち、ちがっ……! そういうことじゃなくてですね!!」
ああもう、私は本当にバカだ。
敵にばかり同情していたら、殿下がそんな風に感じるのも無理はないのに、そんなことまで全然気が回らなかった。
「私は、少なくとも……殿下を助けたことだけは、後悔なんて絶対にしません!! 何度やり直しても、たとえ敵が誰だったとしても、何度だって助けます!! だから……もう、死にたいなんて言わないでください」
「あ、ああ……ありがとう」
必死に訴えかける私に、殿下は少し照れたように顔を赤らめる。
予想だにしなかった反応に首をかしげていると、殿下はボソボソと語り出す。
「あの時、君が言ってくれた言葉……覚えているかい?」
「えっ」
ど、どれの事だろう。正直、勢いで喋っていたから、何を口走ったか全然覚えてないんだけど。
「『何者でもない? 何も持ってない? ……知ったこっちゃないんですよ。私は、何かが欲しくてここに来たわけでも、あなたが王族だから守ろうとしているわけでもありません。友達だからですよ』……そう言ってくれたね」
うわぁぁぁぁ!!!!
言った!! 確かに言いましたね!! こうして改めて他人の口から聞かされると、恥ずかしすぎて死んじゃいそうだよ!!
いくらギリギリの状況でハイになっていたとはいえ、どんだけカッコつけてるの私は!!
「『私が護衛を頼まれたのも、愛人になれって脅されたのも……一緒に授業を受けたのも、杖を買いに行ったのも、レストランでデートしたのも、全てあなたです。ルカリオ殿下でも、他の誰でもない、世界でただ一人……あなただけなんです』……とも」
「わーわーわー!! なんでそんなにハッキリ覚えてるんですか殿下!?」
自分で言った私ですら、もはや曖昧になってたのに!!
ダメだ、私は今後ずーーっとこのセリフを事あるごとに繰り返され、ネタにされるんだぁ……!!
「本当に……嬉しかったよ」
「……え?」
一人で勝手に絶望していた私に、殿下は本当に心から嬉しそうな……思わず見惚れちゃうくらい綺麗な笑顔を向けて来る。
ぽかーん、と口を開けたまま固まる私に、殿下はまるで恋する乙女のようなうっとりとした表情で語り続けた。
「初めてだったんだ。兄上の影武者としてではなく、僕自身を見て、手を差し伸べてくれた人は。君と出会えたことは、僕にとってはやはり、運命そのものだ。心から、感謝するよ」
「いや……それは単に、殿下こそがルカリオ殿下その人だと思わされていただけで、事実を知れば誰だって、私と同じようにすると思いますよ? 殿下は確かに強引で、自分勝手ですけど……それは結局、誰かに向けた優しさだったじゃないですか。きっとみんな、本当の事を知れば、殿下本人のことを好きになるに決まってます」
私を蚊帳の外に置こうとしたことも、勝手に死のうとしていたことも、私は全く欠片も許すつもりはないけど……それとこれとは話が別だ。
だからその……運命だとか、そういう重い解釈は無しでお願いしたいです!!
「……全く、君は……どこまで僕を夢中にさせれば気が済むんだい?」
「え? え?」
殿下が、私の体をそっと抱き締める。
怪我に障らないように気を遣いながら、優しく包み込むような抱擁。
話の流れに全くついて行けないまま、殿下は一度顔を離して……ちゅっ、と。
私の頭が再起動を果たす前に、唇を重ねて来た。
「愛しているよ、メアリア。王族としての責務も、"仮面の魔女"の力も関係なく……一人の女性として、君のことを誰よりも愛している」
「…………」
何を言われたのか、さっぱり理解出来なかった。
それって、ええと……護衛の隠れ蓑としての、愛人云々の続きとか、そういうあれで……。
「さて……そろそろ行かないとね。君もまだ病み上がりなんだ、ゆっくりと休むといい。……ああそうだ、ルミア・アーカディアの件だが、王都から騎士の応援が駆けつけるまでは、今の状態で寝かせたままにしておいて欲しい。頼んだよ」
心なしか、いつもより早口で言い切った殿下は、そのまま病室を後にする。
残された私は、しばらくの間ずっと、ベッドの上で呆然としたまま固まってしまい……ちゃんと再起動出来たのは、お医者さんが様子を見に来てくれた、凡そ一時間後のことだった。




