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「『ここからは私のターンです』、か……これは、大きく出たな」


 ならば、と。

 ルミア様が、両腕を広げる。


「見せて貰おうか、君の魔法を!!」


 無数に展開される魔法陣。

 私の幻影を払うために、対魔法に特化した構成になっているんだろう。

 言われなくても、それくらいは分かる。


「殿下」


 魔法が放たれる前に、もう一度だけ私は殿下の方へと振り返る。

 名前も知らない大切な友達へ、ただ一言。


「すぐ終わりますから、待っていてください」


「《蒼炎葬送ブルーレクイエム聖炎ピュリファイア》!!」


 魔を払う聖なる炎が、蒼い熱線となって迫りくる。

 私の《幻影世界ファントムワールド》を壊すためなのか、私自身よりも周囲の空間を薙ぎ払うように放たれたそれに対して、私も魔法を返す。


「《氷雪地帯アイスエイジ》」


 一瞬にして、ただの山岳地帯が氷雪に覆われた銀世界へと姿を変える。

 多分……というか、間違いなく私とルミア様以外は凍えるほどに寒いと思うけど、今は我慢して欲しい。


「たかが風景を変えた程度、何だと言うのです!!」


 寒さなど全く感じていないとばかりに叫び、蒼炎を操るルミア様。

 けれど……飛来する蒼炎は瞬く間にその勢いを失い、蒼が赤に、やがて普通の炎に戻っていき……全ての熱線が、私の結界にすら到達せず消えていくという結果を目の当たりにして、その表情に僅かに動揺が走った。


「バカな、私の蒼炎に晴らせない幻影など、あるはずがない……!!」


「なら、試してみますか?」


 お返しとばかりに、私は大量の氷槍を空中に生み出し、ルミア様に向けて放った。

 ルミア様は、その中から素早く本物だけを見極めて、蒼炎で撃ち落とそうとする。


 ……でも。


「バカな!?」


 蒼炎はやはり収束せず、ただの炎となって霧散する。

 それを突破した氷槍に、ルミア様は慌てて回避を選択した。


「なぜ、私の蒼炎が……!!」


「そんなことより、残りは回避しなくていいんですか?」


 地面を転がり私を睨むルクス様に、アドバイスする。

 私が放った氷槍は、今回避したもので全てじゃない。それは見れば分かる。

 でも、ルミア様は鼻で笑った。


「幻だけの魔法など、躱す必要は……っ!? ぐっ、あぁ!?」


 迫る氷槍に見向きもしなかったルミア様は、その氷槍の幻の中に仕込まれた、ほんの小さな氷針が腹部に突き刺さり、苦悶の声を上げる。


 ……致命傷には程遠い、嫌がらせ程度の攻撃だ。

 歴戦の魔導師たるルミア様なら、この程度は掠り傷同然に無視して、戦闘を続行出来るだろう。


 でも、一度はただの幻だと判断した攻撃に、ほんの僅かでも本物が混ざっていたという事実が、彼女の認識に疑念を植え付ける。


 "自分が今見ているものは、本当に幻なのか?" って。


「さあ、どんどん行きますよ」


 ふわりと浮かび上がり、空中から無数の氷槍を降り注がせる。

 ほとんどが幻で構築された、見せかけだけの猛攻。でも、ルミア様は一度頭に浮かんだ疑念を振り払うことが出来ず、全てを撃ち落とすつもりで蒼炎を放った。


 ただし……そうして撃ち抜かれた氷槍は、全て幻。蒼炎は何の効果ももたらさず、ただ虚しく宙に消えた。


 代わりに、完全に透明化して迫っていた氷槍がルミア様を襲撃し、その身体を貫いて……地面に、縫い留める。


「ぐあぁ……!! くっ、一体……何をした? ただの幻影魔法に、これほどの事が出来るはずがない……!!」


「それが出来るから、私は"仮面の魔女"なんですよ」


 幻影魔法の胆は、相手の五感全てを騙すほどに強い錯覚と、思い込みだ。

 弱った心に付け込んで、私を実際よりも大きく見せ、自分の力を過小評価させる。


 "私の力はただの幻影魔法とは違う"……一瞬でもそう思わせた時点で、彼女はもう、私の術中だ。


 この幻影世界の中で、もうルミア様は私が見せたいものしか見れず、私が見せたくないものは認識することすら出来なくなっている。


 しかもそれは、視覚情報だけに留まらない。


「そうですね、例えば……ルミア様、あなたが今紡ごうとしている魔法は、本当に"蒼炎"ですか?」


「……は?」


 魔法を発動するためには、魔力を練り上げ、魔法陣を構築し、世界に投影しなければならない。

 毎日毎日、ほぼ無意識に組み上げられるほどに熟達してしまったが故に、改めて意識させられると疑念が浮かんでしまう。

 本当に、今発動しているそれが、正しい"蒼炎"なのか? と。


「そもそも、あなたが"魔力"だと思って操っているそれは……本当に、あなたの力なんですか?」


 仮面もなしに幻影を纏い、もう一度"仮面の魔女"としての私の姿になってみせる。

 ミステリアスな雰囲気を纏う、銀髪の美女。


 本当に、自分が知り得ない力を持っているかもしれないと思い込むほどに神秘的な空気を纏う私を、"ルミア様自身の思い込みが形作る"。


「あなたの全ては、もう……私の手中ですよ」


「何を、言って……!! う、うわぁ!?」


 ルミア様が魔力を練り上げた途端、彼女の腕が氷に覆われる。

 炎を出して、それを溶かそうとしているみたいだけど……氷がより大きく成長するだけで、一向に抜け出せない。


「くそっ、くそっ、くそっ……!! 私は、負けるわけにはいかない……!! こんなところで、終わるわけにはいかないんだ!! 民のために、故郷を守るために、こんなところで……!! くそっ、言う事を聞け! このっ、私の、魔力が、暴走など……あり得ない、あり得ない!!」


 悲痛な表情で叫ぶルミア様を見て、私は胸がズキリと痛むのを感じた。

 ルミア様の、こんな姿……見たく、なかったな。


 でも、これは私が選んだことだ。

 私は、私個人の"憧れ"よりも……"友達"を選ぶんだって。


 だから、最後まで目を逸らさない。

 私の力で、彼女を終わらせる。


「さようなら、ルミア様。私の世界の中で、永劫の悪夢を魅せてあげます」


「や、やめっ……!!」


 《幻夢崩壊ナイトメアバース》。

 対象の恐怖心を火種として、永遠に目覚めることのない、終わりなき悪夢へと誘う対人魔法。

 この魔法の特筆すべき点は、通常の睡眠魔法と違って、一度かかれば持続時間が理論上無制限である点だ。


 私の魔法ではなく、対象の恐怖心が悪夢を見せ、悪夢が新たな恐怖心を生んで、その恐怖心が悪夢を維持する新たな種となる、最凶最悪の無限ループ。


 私以外には絶対に解けないその魔法で、ルミア様を昏倒させて……。


「あ……もう、無理……」


 私自身も、血を流し過ぎた影響で意識が遠ざかり、その場にぶっ倒れてしまう。


 崩壊していく私の幻影世界を、ぼんやりと眺めながら……最後に、殿下が私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

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