仮面の魔女 VS 蒼炎の魔女
正直、殿下を探し出せる可能性はかなり低かった。
ある程度お姉ちゃんから情報を貰ったとはいっても、それを考慮してなお探さなきゃいけない範囲は広大だ。
だから……私は、感知魔法を可能な限り広げて、殿下が魔道具を使ってくれるのを願っていた。
あの魔道具が起動すれば、私にだけ分かる特殊な魔力波が放たれるから、それを捉えて助けに行ける。
起動した殿下自身を透明化する魔法も込められているから、私が行くまで耐えられるはず。
懸念があるとすれば……もし、この状況を殿下自身が受け入れているのだとしたら、魔道具を使ってくれないかもしれないってことだ。
魔道具が起動しなければ、私もその位置を掴むことが出来なくなる。
あの杖が、私に対するSOSだったなら、使ってくれるはずだ。
でも、もしかしたらあれは、SOSなんかじゃなくて……死ぬのを最初から覚悟していたんだっていう、遺書代わりに置いていった可能性もある。
どっちでもいいから、どうか使って。使ってくださいと、ただ私は願い続けて……魔力波をキャッチして、すぐ現場に急行した。
良かった、殿下も死にたがっていたわけじゃないんだって、少しだけホッとしながら現地に向かって……全く透明化していない殿下をこうして目の当たりにした今、私はちょっと、いやかなりブチギレてる。
「君は……あの時の学生か。なるほど、正体不明の仮面の魔女は、君だったのか。これは、あまりにも予想外……」
「すみません、ちょっと後にして貰えます?」
え? と戸惑うルミア様を放置して、私は殿下のところに降りていく。
ずんずんと、足音を立てながら目の前まで迫った私は、殿下を睨みつけるように問いかけた。
「殿下。一応聞きますけど、そのネックレスは"自分で使おうとして"壊されたんですか?」
「え? いや、これは……」
「どうなんですか?」
誤魔化しは許さないと睨み付ける私に、殿下は観念したかのように口を開いた。
「……使おうとしたわけじゃない。僕を殺すなら、せめてこれを君に届けてくれと、彼女に頼もうとして……僕が魔道具を使って何か企んでいると勘違いされて、壊されたんだ」
「……はあぁ……」
その話を聞いて、私は頭痛のあまり頭を押さえる。
"保険"をかけておいて、本当に良かった。
「それより、どうして君がここに……このルートは、出発直前になって突然変更したものだ、誰も把握などしていないはずだぞ」
「ええ、ええ、そうでしょうね!! 私もコネを使って情報を集めたのに、全部空振りだったのは本当に焦りましたよ!! だから、そのネックレスが壊されたのは本当に不幸中の幸いです。相手が凄腕だった場合、使おうとした魔道具が直前に破壊されるなんて珍しくもないですから、壊れたら最後に救難信号だけは発するように作ったんです!!」
説明しようとして、すっかり忘れてたけどね!!
「でも、そんなのはあくまで保険なんですよ!! なんで使わないんですか? なんで助けを求めないんですか!! 私を護衛にするって言っておいて、肝心な時に蚊帳の外に置こうとするなんて都合が良すぎるでしょう!?」
「……僕は、死ぬつもりでここに来たんだ。だから……君を巻き込むわけにはいかなかった」
「っ……あなたは、本当に……!!」
「そろそろ、私を無視するのをやめて貰いたいのですが」
背後で、魔力が弾ける気配がした。
放たれるのは蒼の炎。通常の炎魔法より細く強く収束することで、あらゆる魔法・物理防御を貫く熱線へと変える力だ。
目にも止まらないスピードで迫るその魔法は、私諸共に殿下を貫いて──何事もなかったかのように、私は叫び続けた。
「何が『巻き込むわけにはいかなかった』ですか!! もうとっくに巻き込まれてるんですよ、あれだけ強引に迫っておいて……殿下は、自分勝手すぎます!!」
「幻影魔法……なるほど、ここまでリアルな幻を生み出すとは、流石は"仮面の魔女"といったところですか。ならば……」
「お、おいメアリア、今はそんなことはいいだろう!? まずはあちらをどうにかしてから……!!」
──纏めて焼き払えばいい。
そんな一言と共に、無数の蒼炎が空間を埋め尽くすように放たれた。
流石に、これは幻影魔法で位置情報を誤魔化すだけじゃ防げない。
小さな結界を無数に構築して、私達に当たりそうなものを全て弾き飛ばす。
完全に現在地を捉えられ、私達の方を睨み付けるルミア様に向き直りながら……私は、魔力を練り上げていく。
「だったら、終わったら続きをやるのでそこで大人しく見ていてください。殿下の護衛として、"仮面の魔女"として……私があなたを、守ってみせます」
「メアリア……」
言いたいことは言い切ったので、私は仮面を被り直す。
……今更正体を隠す意味なんてないんだけど、やっぱり戦う時はこれがないと落ち着かないし。
「随分と格好つけてくれますね。まるで私が悪者のようじゃないですか」
「……違うっていうんですか、ルミア様」
「少なくとも、私の主観では……王家こそが悪だ!!」
殿下に結界を張って、空へ飛び上がる。
そんな私を撃ち落とそうとするように、ルミア様は再び蒼炎の群れを放った。
……一緒に飛んでくれれば殿下から引き剥がせるし、私を無視して殿下を狙えば頭上から叩けると思ったんだけど、そう都合よく動いてはくれないか。
殿下をいつでも狙える位置に付くことで、私の“無駄”な結界を維持させつつ、自分だけ全力で私に攻撃する作戦だろう。
卑怯とは言わない。多分、逆の立場なら私もそうしただろうから。
「君も西方の出なら知っているだろう? インラオン連合国の脅威を!! それに対処しながら、国内で湧き出す魔物にも対応していかなければならないこの国は、もう限界だ!! 西方だけならまだしも、東方も全く同じ状況だというのだから笑えない!!」
反撃のために炎の槍を放つも、ルミア様に迫ることすら出来ずにあっさりと撃ち落とされる。
幻の炎槍を混ぜてもみたけど、そっちは見向きもされなかった。
……魔物相手みたいに、簡単に騙されてはくれないか。
「これ以上、王家の蝙蝠外交に付き合わされて、ただ増えていく犠牲者を見送ることなどもうたくさんだ!! 王族の首を手土産に、私は連合国とのパイプを構築する。それを元に西方貴族を束ね、王国からの独立を果たすのだ!! 他ならぬ、この地に生きる民のために!!」
「…………」
それが、ルミア様の狙いか。
確かにそれは……一概に、悪とは言えないのかもしれない。
「そもそも、君がそこの偽物を守る必要がどこにある!? 名前すら持たない、存在しない王女など!!」
「……え?」
それは……どういう意味?
予想外の一言に制御が乱れて、ルミア様の蒼炎が私の結界を突破して来た。
「うあっ!?」
「メアリア!!」
仮面が撃ち抜かれ、こめかみの辺りから血が滴る。
纏っていた幻影のお陰で、狙いが少しブレたんだろう。そうじゃなければ、頭を抜かれて死んでいた。
命を拾った代償にその機能を失った仮面を投げ捨てると、そんな私にルミア様は更に叫び続ける。
「王族は、生まれた時からその名前を王族名鑑に刻まれる慣わしだ。だが、今代の国王の子供はルカリオ殿下ただ一人……王女など、いない!!」
「…………」
じゃあ……殿下が頑なに私に名前を教えようとしなかったのは、私のうっかりを心配したからじゃなくて。
最初から……名前がなかったから、ってこと?
「最初から捨て駒にするつもりだったのだろう、如何にもあの腹黒陛下らしいやり方だ。君が命懸けで守ったところで、この国の誰一人としてそれを望んでいない!! 死んで初めて、彼女はその生に名を与えられ、人々の記憶に刻まれることになるのだ!! 彼女自身も、それを望んでむざむざここに足を運んだんだろう。それを阻む資格が、君にあるのか? “仮面の魔女”!!」
放たれる蒼炎の密度が、更に増していく。
この戦いを想定して、対蒼炎特化の結界を組んできたんだけど……ルミア様はそれに気付いて、蒼炎の構成を一発ずつ微妙に変えながら放って来てる。
これじゃあ、特化型の結界は効力が半減してしまう。
そして……力対力の勝負では、私の方が分が悪い。
結界が砕かれ、身体中あちこち掠っただけで激痛に苛まれ、痛みのせいで更に集中が乱れて……ついに、蒼炎に肩を貫かれてしまった。
「っ、あぁぁぁぁ!!」
「メアリアーー!!」
飛行魔法が維持出来ずに墜落した私を、殿下が受け止めてくれた。
脂汗を流しながら魔法による止血を進め、もう一度立ち上がろうとする私を……殿下が、抱き締めるような格好で制止する。
「もうやめてくれ!! ルミア・アーカディアの狙いは僕の命だ、君まで一緒に死ぬ必要なんかない!!」
「殿下……」
「彼女の言う通り、僕は死んで初めて自分の名が与えられ、王族としての名誉を得られると父に約束されている。生きている限り、何も持ち得ない、何者でもない僕に……君がこれ以上、尽くす理由なんて……どこにも……!!」
ボロボロと涙を零しながら、殿下が必死に訴える。
こんな殿下、初めて見たな……まあ、当たり前だけど。
「勝手に……決め付けないで貰えますか……?」
「メアリア……!?」
そんな殿下を押しのけて、私は立ち上がった。
血を流し過ぎたせいか、いつになく頭がスッキリして、余計な思考が削ぎ落されていく感じがする。
いつもなら上手く言葉に出来ない気持ちが、スルスルと口をついて流れ落ちていく。
「何者でもない? 何も持ってない? ……知ったこっちゃないんですよ。私は、何かが欲しくてここに来たわけでも、あなたが王族だから守ろうとしているわけでもありません」
「なら、どうして……!? どうしてそこまで!!」
「友達だからですよ」
私の一言に、殿下は目を見開く。
……そんなに驚かれると、ちょっとショックなんですけど。
「私が護衛を頼まれたのも、愛人になれって脅されたのも……一緒に授業を受けたのも、杖を買いに行ったのも、レストランでデートしたのも、全てあなたです。ルカリオ殿下でも、他の誰でもない、世界でただ一人……あなただけなんです」
だから……だから!!
「世界中の誰一人として……あなた自身すら、それを望まなかったとしても!! 私はあなたに生きて欲しいし、また一緒に遊びに行きたいです!! だから絶対に、私はあなたを守り抜きます!! それが私の……戦う理由です!!」
「メア……リア……」
パチパチパチと、拍手の音が聞こえて来た。
その発生源たるルミア様は、呆れたように……あるいは、どこか羨むように、苦笑を浮かべる。
「何とも純粋で、美しく、子供染みた覚悟ですね。……へし折ってしまうのが、実に惜しい。世が世なら、共に肩を並べて戦うことも出来たでしょうに……残念です」
「……随分と、余裕ですね」
「ええ、既に勝負は見えていますから。ですので……本当は、貴女を私達の同胞にスカウトしようかと思ったのですが」
ああ、なるほど……全然攻撃して来ないのはおかしいなと思っていたけど、ルミア様の中ではもう、私は倒した扱いになっていたんだ。
それで、上手いこと勧誘すれば……某ゲームみたいに、ボッコボコにした私が仲間になりたそうな目を向けて来るんじゃないかと、そんな期待をしていたのか。
「悪いですけど……私は殿下の命を諦める気はありませんので」
「そうですか……本当に、残念です」
ルミア様が、指を打ち鳴らす。
同時に、私と殿下の周囲を、無数の魔法陣が取り囲んだ。
「ならば、その偽物と共にこの地で朽ち果てるがいい、"仮面の魔女"!! 《蒼炎葬送》!!」
視界が、青一色に染め上げられる。
私の結界でも、到底防ぎ切れない熱線の乱舞が、辺り一帯を埋め尽くして……。
「……バ、バカな!? どうして傷一つ負っていないんですか!?」
私も殿下も、無傷のままに生還した。
あり得ないと驚愕するルミア様に、私はホッと息を吐く。
……本当に、危なかった。何とか、間に合ったよ。
「ルミア様は、二つミスを犯しました。一つは、私を最速最短で仕留めようとせずに、何とか仲間に出来ないかと考えて手加減したこと」
もう一つは……。
「私がここで最初に使った魔法の存在を忘れていたことです」
《幻影世界》。
周囲一帯を私の魔力で埋め尽くし、幻影によって好き放題に世界を書き換える、私の必殺魔法。
もちろん、本当に世界を変質させているわけじゃないから、精神力の強い人間、特に魔導師相手だと効果が薄まる。
この場には殿下や、瀕死のまま転がる近衛騎士だっていたわけだから、普段みたいに即効性の高い幻影で纏めて精神を破壊するわけにはいかない。
だから……時間をかけて、ゆっくり、確実にこの場を支配していった。
ルミア様を越えて、殿下を守り通すために。
「ここからは、私のターンです。お覚悟を……ルミア様」




