“偽物”の願い
僕は、物心がついた時には既に、兄の"スペア"として扱われていた。
兄を……ルカリオを失わないために、いざという時に囮となることを義務付けられた影武者。
兄の姿をして危険が予想される場所に赴き、王族としての責務を代わりに果たす代用品。
僕が口にする言葉も、僕が触れた全ても、僕が行った全ての事柄が、僕ではなく兄の物。
それを何よりも強く痛感したのは……幼い頃から仲良くしていた友人が、当たり前のように兄を僕だと認識して接しているのを目にした時だ。
別人だとは欠片ほども疑う様子はなく、楽しそうに語らうその姿を見て……ああ、彼は"僕の"友ではないのだなと、嫌でも理解させられた。
だから、ずっと欲しかったんだ。
兄ではなく、"僕だけの"何かが。
そのために、学園への入学という我儘を押し通した。
人前への露出が少ない第一王子には、今のうちに少しでも人脈を構築する機会が必要だと、そう言って。
そのお陰で……何もなかった僕にも、ようやく大切な物が出来たんだ。
メアリア・アースランド……誰よりも強く、誰よりも優しい、愛らしい子猫。
自由な時間を少しでも増やすために、僕だけの護衛が欲しくて探し出した"仮面の魔女"に、まさかこれほどまで夢中になるとは……僕自身、予想外だったよ。
「本当に、楽しかった。ほんの短い間だったけど、どこまで行っても偽物でしかない僕にとって、初めて自分の人生というものを歩めた気がする。これ以上は……どうしても、彼女に迷惑がかってしまうだろう」
だから、と。
王族らしい華美な馬車……その残骸に腰掛け、サラシを巻いてずっと隠し通していた胸元を晒しながら、僕は微笑んだ。
「僕の命が欲しければ、持って行くといい。それが君達の望みを叶えるほどの価値を持つかどうかは……保証しないけれどね」
「ちっ……面倒なことをしてくれますね。まさか、王子が影武者だったとは」
僕の前に立つのは、蒼炎の異名を持つ王宮魔導師、ルミア。
それと……人気のない、岩だらけの山道の途中で隠れ潜んでいた、野盗に扮した騎士らしき男達だ。
ここまで僕を護衛していた近衛達は、既に彼らの不意打ちによって眠らされるか、殺されるかしている。
……こうなると分かっていながら、それでもついて来てくれた彼らには、本当に申し訳ないことをした。
もしあの世というものがあるのなら、向こうで謝罪しなければならないだろう。
彼らを死地へ送り込んだ、王族の一人として、
「しかし、影武者だから見逃して貰える、などと思わないことです。我々も、一度動き出したからには止まるわけにはいきませんので」
「だろうね。別に、僕も命乞いをしようとしているわけじゃない、ただ一つ、頼みがあるんだ」
雑に引き裂かれた胸元から、僕はネックレスを取り出した。
今まで見たこともない、変わった形に誂えられたそれは、僕にとって一番大切な人から貰った贈り物。
僕にはもったいないくらい、素敵な品だ。
「出来れば、これを僕の学友に届けて貰いたいんだ。迷惑をかけて、悪かったと」
「……いいでしょう」
ルミアが前に出て来て、僕の手からネックレスを受け取ろうと手を伸ばす。
ありがとう、とそう伝えようとして……。
「などと、言うと思いましたか?」
「っ!?」
蒼炎が、僕の差し出したネックレスを貫いた。
あまりの事態に呆然とする僕に、ルミアは無情にも言い放つ。
「そのネックレスが魔道具であることは見れば分かります。どのような効果が込められているのかは分かりませんが……騙すのなら、もう少し上手い言い訳を考えることですね」
「…………」
確かに、これは魔道具だった。
半ば脅すように護衛に任命した僕のために、メアリアがわざわざ作ってくれた物。
ただ……使うつもりはなかったし、使ったとしても周囲の人間を害するようなものではなかったから、ショックのあまり崩れ落ちてしまう。
「どうやら、それが最後の一手だったようですね。これ以上何もないのでしたら、そろそろお別れに致しましょう」
ルミアが合図をすると、野盗に扮した騎士が前に出る。
大方、野盗に襲われて殺された、という体にしたいのだろう。
それだけで調査の目を搔い潜ることは出来ないが、しばらく時間を稼ぐことくらいは出来る。
稼いだその時間で、何をするつもりなのかは……僕にはもう、関係ないだろうが。
「すまない、メアリア……」
君の想いを、無駄にしてしまって。
「それから……ありがとう」
何者でもなかった僕の人生に、僕だけの色を与えてくれて。
だから。
「もう……十分だ」
目の前にやって来た騎士達が、粗末な剣を振り上げる。
これで終わりなのだと、僕は目を閉じて……。
「《幻影世界》」
それを拒むように、世界が塗り替わっていくのを目の当たりにした。
騎士達の誰もが動きを止め、その発生源を振り仰ぐ。
そして……白目を剥いて、次々と倒れて行った。
「どう、して……」
どうして、ここに。
見上げた空に浮かぶ、仮面を被った白銀の魔導師に、僕は思わずそう呟いた。
「"どうして"って……? そんなの、決まってるじゃないですか」
仮面の魔女が、そのシンボルたる白い仮面に手を伸ばす。
まさか、と息を呑む間に……彼女はそれを、躊躇なく取り払う。
「あなたを助けに来たんですよ、殿下。同じ学園に通う、あなたの友人として!!」
メアリア・アースランド。
最強の魔導師と同一人物だとは到底思えない、小さくて愛らしい僕の天使が、そこにいた。




