友達だから
寮を出た私は、そのまま学園の敷地内すら飛び出して……“王城”へと向かった。
当然ながら、関係者以外立ち入り禁止の場所なんだけど、私でも“関係者”として立ち入りを許される、数少ない王城の施設がある。
王宮近衛騎士団の駐屯地。
ここに私のお姉ちゃんが新人騎士として務めていて、身内として入れて貰えるんだ。
「お姉ちゃん!!」
「うわぁ!? きゅ、急にどうしたのメアリア……びっくりするじゃない」
今日はお姉ちゃんが休暇だと聞かされた私は、どうせここにいるだろうと騎士団員用の宿舎に乗り込んで来た。
私のお姉ちゃん……リリアナ・アースランド。
優しくて、努力家で、去年魔法学園を卒業すると同時に騎士団入りを果たした、本当に優秀な人。
加えて、綺麗な黒髪に、アイドル顔負けの整った顔立ち、寸胴つるぺたな私と違ってスタイルも抜群で、何より社交的で友達がたくさんいるという……本当に私と同じ血が流れているのか、設計した神様に丸一日問い詰めたくなるほど自慢の姉だ。
欠点らしい欠点は、家事が壊滅的で休みの日は電池が切れたみたいに部屋でゴロゴロしていることくらい。今みたいに。
私が学生の身でありながらここに出入り出来るのも、騎士団の人達がお姉ちゃんのズボラさを把握していて、私を専属お手伝いさんみたいに認識しているからだ。……あれ、私って妹じゃなくてメイド枠だった?
いや、今はそんなことどうでもいい。
「お姉ちゃん、聞きたいことがあるの。ルカリオ殿下の遠征ルートを教えて」
お姉ちゃんは顔が広いから、本来新米騎士が知り得ないような情報もたくさん把握している。
私が仮面の魔女として国中で活動出来ていたのも、お姉ちゃんが学生時代から構築していた情報網のお陰だ。
何の事情説明もなく機密中の機密を求める私に、お姉ちゃんの表情も真剣なものになる。
「……何かあったの?」
「実は……」
私はお姉ちゃんに、殿下が私の正体に気付いてしまったこと、殿下が本物を暗殺から守るための影武者で、愛人関係を隠れ蓑にした護衛を頼まれたことを打ち明けた。
それから……殿下の護衛に、暗殺を目論む魔導師が紛れ込んでいる可能性が高いことも。
「状況証拠だけだから、絶対にクロだとは言いきれない……でも、放っておいたら本当に殿下が殺されちゃうかもしれないの!! お願いお姉ちゃん、私に……!」
「ストップストップ、一回落ち着いて、メアリア。私が遮音結界張ったとはいえ、ここ王城の敷地内だからね?」
「あ……ごめん、お姉ちゃん……」
どう考えても、他人に聞かれたらまずい会話内容だったのに、そんなことにすら考えが及ばなかった。
そういうところまで気が回るお姉ちゃんは、やっぱり頼りになる。
「とりあえず、話は分かった。その上で……まず、騎士団員として私に出来ることは何もないよ、それは分かってるよね?」
「うん……分かってる」
確たる証拠も何もないのに、王家の名の下に活動している王宮魔導師を暗殺者だなんて言いふらせば、罪に問われるのは私の方だ。
いや……証拠があっても、誰も信じてくれないかもしれない。
それくらい、社会的な信用度が違い過ぎる。
「それと……今の話を聞く限りだと、護衛の中に暗殺者が紛れ込むことは百も承知で、この遠征が組まれた可能性が高いと思う。王家も……その影武者さん本人も納得した上で」
「っ……!!」
分かってる。最初から、殿下自身が口にしていたことだ。自分は、巨大な撒き餌なんだって。
撒き餌は、喰われてこそ初めて意味がある。
ルミア様が暗殺者かもしれないなんてこと、殿下だって最初から分かっていたはず……全部分かった上で、それでも殿下は遠征に向かったんだ。
ただ、自分が殺されるためだけに。
「メアリアが助けに来ることを、その影武者さんも望んでいないかもしれない。そうでなくとも、これまでメアリアが積み上げてきた“仮面の魔女”に対する王家の心象だって悪くなる。それでも……助けたいの? その影武者さんは、メアリアにとっては恋人でもなんでもないんでしょう?」
「それは……」
お姉ちゃんの問いかけに、私は少しだけ顔を俯かせる。
“仮面の魔女”は、何も良いところのない私にとって、他人に誇れる唯一無二の大切な仮面だ。
それが王家に睨まれるなんてことになれば、今まで通りの活動が出来なくなるばかりか、後ろ指を差される一生の汚点として、ずっと私に付いて回ることになるかもしれない。
でも……だとしても!
「助けるよ。だって……」
殿下と関わり始めて、まだ一週間と経っていない。
それでも、家族とアティナ様を除けば、二度の人生で一番多くの言葉を交わした相手だし、デートだってした。
他の人からすれば、こんなの到底命や名誉を賭けて守るほどの関係じゃないのかもしれないけど……私にとっては、違う。
もっと知りたいんだ、殿下のこと。
もっと仲良くなって、もっと色んな所に行ってみたいし、もっとたくさんお喋りしたい。
そう思わされちゃったんだから……もう、十分だ。
それだけで私は、全てを賭けて戦える。
「殿下は私の、友達だから!!」
それを聞いて、お姉ちゃんも満足そうに頷いた。
「分かった、私が知ってる限りのことを教えてあげる」
「お姉ちゃん……! ありが……」
「たーだーし!」
不意に、お姉ちゃんが私の体をふわりと抱き締める。
散らかり放題のゴミ部屋で暮らしているとは思えない良い匂いが漂い、温かくて柔らかな感触が私を包み込んで……それだけで、知らず知らずのうちに緊張していた体から、力が抜けた。
「ちゃんと、無事に帰って来なさい。大切な友達と一緒に、ね?」
「……うん!!」
たとえ私が大失敗して、何もかも失っちゃったとしても、生きてさえいれば温かく迎え入れてくれる家族がいる。
そのありがたさを噛み締めながら、私はお姉ちゃんから殿下の遠征ルートを教えて貰った。
ただし……意図的にダミーの噂も流されているみたいで、複数ある候補のうちどれが本物なのかは分からない。
「進むペースも時と場合によって違うし、道中のトラブルで計画が変わることだって珍しくないから……この中に、正解の道は一つもない、って可能性もあることは、頭に入れておいて」
「ううん、目的地が分かるだけでも、かなり絞れるから。本当に助かったよ、お姉ちゃん。今度お礼するね」
「じゃあ、来週にでもまたお掃除しに来てくれると助かるなーって……メアリアの手料理も食べたい……」
「いいけど、掃除に関してはそろそろお姉ちゃんも自分でやろうね!?」
これからやろうとしていることを考えたら、あまりにも気の抜けたやり取りだ。
でも、だからこそ……私は気負うことなく、飛び立つことが出来る。
「行ってきます、お姉ちゃん」
「行ってらっしゃい、メアリア。気を付けてね」
胸にぶら下げた勾玉を握り締め、魔力を流し込む。
白い仮面へと姿を変えたそれを被れば、そこにいるのはもう、陰キャで無力な“メアリア・アースランド”じゃない。
正体不明の最強魔導師、“仮面の魔女”だ。
「待っててください、殿下」
貴女がどこにいようと、何を考えていようと関係ない。
必ず……私が、助けに行きます。
決意を胸に、私は飛行魔法で窓から大空へと飛び立つのだった。




