↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/133

第63話 色葉対政宗


     /色葉


 松山城に入った初日は時間も遅かったこともあり、まずは旅の疲れを癒すことを優先させることになった。


 食って、寝る。

 突き詰めればそういうことである。


 本格的に何やら始まったのは、翌日からだった。


「昨夜はよく休まれたかな? 本日より不肖この政宗が、姫の接待を仕ろう」


 早朝より政宗にたたき起こされたと思ったら、そのようにして伊達政宗自らの接待が始まったのである。


 わたしとしては城下町やその他名所など、周辺の物見遊山と洒落込みたかったのだけど、政宗がせっかく相手をしてくれると言うのだから、ここは大人しく従っておくことにするか。


「では、よろしく頼む」


 最初に披露されたのは、猿楽さるがくだった。

 いわゆる能のことである。


 政宗自身、かなり能が大好きなようで、愛着とこだわりがあるのがよく分かった。

 この時、政宗は自らつづみを打ってもてなすという、破格振りである。


「……うん。大したものだ」


 素直に感心して褒めると、政宗は視線を鋭くさせた。


「ほう。姫は能に興味がおありですかな?」

「芸事は疎い。興味もさほどではないが」

「それはそれは。ですが大御所様も上様も、共に能に傾倒されていたはず。千姫様にはまだお早うございましたかな」


 政宗の言うのは事実で、家康も秀忠も能は大好きである。


「多少は舞えるぞ?」

「では是非とも拝見したいものです」

「ん、構わんぞ」


 政宗の要望に、わたしはあっさりと頷いてやった。

 その即答振りに、政宗もやや驚いたようだ。


「まことに」

「お前が望んだんだろう? それに返礼にちょうどいい。もてなされるだけではつまらんからな」


 政宗がわたしだけでなく、周囲のお付きの者にも視線を配る。


 だが誰もわたしを止める様子は無い。

 心配そうにしている風も無い。


 それにて本気で挑むつもりだ、と政宗は判断したようだった。


「では、是非に」

「ん、ではお目汚しといこうか。とはいえ子供騙しのお遊戯のようなものだ。しかしうまくできたら褒めるんだぞ?」


 わたしは立ち上がると、身に着けていた扇を取り出し、そのまましずしずと舞台に上がる。


 この場にいるのはわたしやその家臣どもだけではない。

 伊達家の目ぼしい重臣も、かなりの人数が勢揃いしている。


 今回披露された能も、かなりの名手が舞ったものだった。

 そんな玄人が舞った後に、わたしが舞うのである。


 しかも十歳程度の子供。

 児戯と思われても仕方がないだろう。


 とはいえ気楽なものだ。

 実際、見た目は子供だからな。


「……ほう」


 わたしが舞い始めると、観覧している伊達の重臣たちの随所から、ため息のような感嘆の声が洩れ聞こえ出す。


 わたしが舞うのはいわゆる幸若舞こうわかまいだ。

 演目は『敦盛あつもり』。


 その一節をあの織田信長が好んで舞ったことは、後世でも有名な話である。


 断っておくが、わたしはやはり能は得意でないし、しかも興味もあまり無い。

 だからわたしができるのは、この幸若舞だけだ。


 なぜできるかといえば、別に信長に感化されたわけではない。

 そもそもこの幸若舞は、語りを伴う曲舞の一種のことをいい、室町時代以降に武家社会で愛好されたものだ。


 その内容は武士に好まれたこともあって、武士を主題とするものが多い。

 『敦盛』はその典型で、何も信長だけが好んだ演目ではないのだ。


 我が父である秀忠はもちろん、家康もこれを愛好している。

 だからこそ新たに生まれてこの方、かなりこれに接する機会があったのだ。


 だからわたしが幸若舞を演じられるのは、それが理由だといってもまあ通じるだろう。

 でも実際には違うのである。


「……うむ。これは恐れ入った。実に堂に入っておられる」


 舞い終わったわたしへと、政宗は実に率直な感想をくれた。

 他の家臣どもからも、少なからずの賞賛の言葉が洩れ聞こえてくる。


 どうやら様にはなったらしい。

 この身体だからどうかなとは思ってはいたんだが……良かった良かった。


「徳川家では、みな姫のように能を嗜んでおられるのですか」

「ん、そういうわけでもないと思うぞ。父上やお爺様などはお好きであるようだけど、我が妹たちはみなまだ幼いからな。わたしはまあ、たまたまか」

「たまたま、とは?」

「つい戯れに舞ってみたら、父上が喜んで鼓を打ってくれたんだ。以来、時々付き合ってくれている、という感じかな」


 正確なことを言えば、秀忠が幸若舞の練習をしているのを見て、つい昔を思い出して舞ってしまったのだ。

 昔というのはもちろん、生前のわたしが色葉として生きていた頃の話である。


 わたしの夫であった朝倉晴景もご多分に漏れず幸若舞が好きで、付き合いでわたしは鼓を打ったりしてやっていたのだけど、そうこうしているうちに演目自体を覚えてしまった、という次第だった。


 晴景はよくわたしを褒めてくれたけど、身内のひいき目であろうと思っていた。

 でも今回の周囲の雰囲気を見るに、わたしのそれもそれなりの水準には至っていた、ということか。


 わたしに才などは無いのだろうけど、継続は力なり、という奴である。


「これはいささか油断しておりましたな。この政宗がもてなし、気を引き締めていかねばなりますまい」


 ……油断、ね。

 なるほど事前情報通り、政宗はもてなしと称して自身の才が多才であることを見せつけ、わたしの教養の無さを暗に笑う心積もりだったのだろう。


 そのような間接的な嫌味など、子供であるわたしには伝わらないかもしれないが、同行者たちには伝わる。

 徳川や豊臣に表立ってあれこれ言えない身の上としては、この辺りが精一杯、といったところか。

 とはいえ十歳程度の子供相手に、政宗も大人気ないことである。


 ちなみにそんな政宗の意図をわたしに伝えてくれたのは、もちろん五郎八だ。

 わたしとしては政宗の思惑よりも、その意図を正確に読んだ五郎八こそに、感心したりしたのだが。


 ともあれ、政宗がその気ならば、こっちも負けるつもりはない。

 売られた喧嘩は買うのがわたしだ。


 とはいえ政宗は本気で多才な人物である。

 わたしがそれに対するには、勝てずとも負けぬ戦いをすることである。


 それでも見た目が子供である以上、引き分けであるならば、政宗は敗北感を覚える可能性は十分にある。

 差し当たってはそれでいい。


 さて次は何で来るか。

 わたしもわたしで気を引き締めたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『朝倉慶長始末記』をお読みいただき、ありがとうございます。
同作品はカクヨムでも少しだけ先行掲載しております。また作者の近況ノートに各話のあとがきがあったりと、「小説になろう」版に比べ、捕捉要素が多少あります。蛇足的なものがお好きな方は、こちらもどうぞ。

画像をクリック、またはタップして、該当ページにアクセスできます。
▼▼▼

▲▲▲
カクヨムへ

また同作品の前日譚である『朝倉天正色葉鏡』も公開しております。
未読の方は、こちらも合わせてお読み下さいませ。

画像をクリック、またはタップして、該当ページにアクセスできます。
▼▼▼

▲▲▲
『朝倉天正色葉鏡』へ
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。