第63話 色葉対政宗
/色葉
松山城に入った初日は時間も遅かったこともあり、まずは旅の疲れを癒すことを優先させることになった。
食って、寝る。
突き詰めればそういうことである。
本格的に何やら始まったのは、翌日からだった。
「昨夜はよく休まれたかな? 本日より不肖この政宗が、姫の接待を仕ろう」
早朝より政宗にたたき起こされたと思ったら、そのようにして伊達政宗自らの接待が始まったのである。
わたしとしては城下町やその他名所など、周辺の物見遊山と洒落込みたかったのだけど、政宗がせっかく相手をしてくれると言うのだから、ここは大人しく従っておくことにするか。
「では、よろしく頼む」
最初に披露されたのは、猿楽だった。
いわゆる能のことである。
政宗自身、かなり能が大好きなようで、愛着とこだわりがあるのがよく分かった。
この時、政宗は自ら鼓を打ってもてなすという、破格振りである。
「……うん。大したものだ」
素直に感心して褒めると、政宗は視線を鋭くさせた。
「ほう。姫は能に興味がおありですかな?」
「芸事は疎い。興味もさほどではないが」
「それはそれは。ですが大御所様も上様も、共に能に傾倒されていたはず。千姫様にはまだお早うございましたかな」
政宗の言うのは事実で、家康も秀忠も能は大好きである。
「多少は舞えるぞ?」
「では是非とも拝見したいものです」
「ん、構わんぞ」
政宗の要望に、わたしはあっさりと頷いてやった。
その即答振りに、政宗もやや驚いたようだ。
「まことに」
「お前が望んだんだろう? それに返礼にちょうどいい。もてなされるだけではつまらんからな」
政宗がわたしだけでなく、周囲のお付きの者にも視線を配る。
だが誰もわたしを止める様子は無い。
心配そうにしている風も無い。
それにて本気で挑むつもりだ、と政宗は判断したようだった。
「では、是非に」
「ん、ではお目汚しといこうか。とはいえ子供騙しのお遊戯のようなものだ。しかしうまくできたら褒めるんだぞ?」
わたしは立ち上がると、身に着けていた扇を取り出し、そのまましずしずと舞台に上がる。
この場にいるのはわたしやその家臣どもだけではない。
伊達家の目ぼしい重臣も、かなりの人数が勢揃いしている。
今回披露された能も、かなりの名手が舞ったものだった。
そんな玄人が舞った後に、わたしが舞うのである。
しかも十歳程度の子供。
児戯と思われても仕方がないだろう。
とはいえ気楽なものだ。
実際、見た目は子供だからな。
「……ほう」
わたしが舞い始めると、観覧している伊達の重臣たちの随所から、ため息のような感嘆の声が洩れ聞こえ出す。
わたしが舞うのはいわゆる幸若舞だ。
演目は『敦盛』。
その一節をあの織田信長が好んで舞ったことは、後世でも有名な話である。
断っておくが、わたしはやはり能は得意でないし、しかも興味もあまり無い。
だからわたしができるのは、この幸若舞だけだ。
なぜできるかといえば、別に信長に感化されたわけではない。
そもそもこの幸若舞は、語りを伴う曲舞の一種のことをいい、室町時代以降に武家社会で愛好されたものだ。
その内容は武士に好まれたこともあって、武士を主題とするものが多い。
『敦盛』はその典型で、何も信長だけが好んだ演目ではないのだ。
我が父である秀忠はもちろん、家康もこれを愛好している。
だからこそ新たに生まれてこの方、かなりこれに接する機会があったのだ。
だからわたしが幸若舞を演じられるのは、それが理由だといってもまあ通じるだろう。
でも実際には違うのである。
「……うむ。これは恐れ入った。実に堂に入っておられる」
舞い終わったわたしへと、政宗は実に率直な感想をくれた。
他の家臣どもからも、少なからずの賞賛の言葉が洩れ聞こえてくる。
どうやら様にはなったらしい。
この身体だからどうかなとは思ってはいたんだが……良かった良かった。
「徳川家では、みな姫のように能を嗜んでおられるのですか」
「ん、そういうわけでもないと思うぞ。父上やお爺様などはお好きであるようだけど、我が妹たちはみなまだ幼いからな。わたしはまあ、たまたまか」
「たまたま、とは?」
「つい戯れに舞ってみたら、父上が喜んで鼓を打ってくれたんだ。以来、時々付き合ってくれている、という感じかな」
正確なことを言えば、秀忠が幸若舞の練習をしているのを見て、つい昔を思い出して舞ってしまったのだ。
昔というのはもちろん、生前のわたしが色葉として生きていた頃の話である。
わたしの夫であった朝倉晴景もご多分に漏れず幸若舞が好きで、付き合いでわたしは鼓を打ったりしてやっていたのだけど、そうこうしているうちに演目自体を覚えてしまった、という次第だった。
晴景はよくわたしを褒めてくれたけど、身内のひいき目であろうと思っていた。
でも今回の周囲の雰囲気を見るに、わたしのそれもそれなりの水準には至っていた、ということか。
わたしに才などは無いのだろうけど、継続は力なり、という奴である。
「これはいささか油断しておりましたな。この政宗がもてなし、気を引き締めていかねばなりますまい」
……油断、ね。
なるほど事前情報通り、政宗はもてなしと称して自身の才が多才であることを見せつけ、わたしの教養の無さを暗に笑う心積もりだったのだろう。
そのような間接的な嫌味など、子供であるわたしには伝わらないかもしれないが、同行者たちには伝わる。
徳川や豊臣に表立ってあれこれ言えない身の上としては、この辺りが精一杯、といったところか。
とはいえ十歳程度の子供相手に、政宗も大人気ないことである。
ちなみにそんな政宗の意図をわたしに伝えてくれたのは、もちろん五郎八だ。
わたしとしては政宗の思惑よりも、その意図を正確に読んだ五郎八こそに、感心したりしたのだが。
ともあれ、政宗がその気ならば、こっちも負けるつもりはない。
売られた喧嘩は買うのがわたしだ。
とはいえ政宗は本気で多才な人物である。
わたしがそれに対するには、勝てずとも負けぬ戦いをすることである。
それでも見た目が子供である以上、引き分けであるならば、政宗は敗北感を覚える可能性は十分にある。
差し当たってはそれでいい。
さて次は何で来るか。
わたしもわたしで気を引き締めたのである。






