第62話 四国上陸
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四国。
この島には四つの令制国が存在し、すなわち阿波国、讃岐国、伊予国、土佐国である。
そのため四国と呼ばれるようになったのだけど、もっとずっと昔は伊予之二名島とか呼称されていたらしい。ちなみに『古事記』に載っている。
名称が長いこともあって、単に伊予島とも呼ばれていたそうだ。
ちなみに直近の簡単な歴史を説明すると、室町時代には讃岐、阿波、土佐の三国は細川氏がこれを統治し、伊予は河野氏がこれを治めている。
しかし戦国時代になると、統治者も移り変わっていく。
阿波は三好氏、讃岐は香川氏、土佐は土佐一条氏や長宗我部氏、そして伊予は変わらず河野氏がこれを治めていたようだ。
この戦国時代にあって、四国統一を果たそうとしていたのが、長宗我部元親である。
生前のわたしに、最後の最後で喧嘩を売った輩だ。
それを買ったわたしはこれを討伐すべく、大軍を四国に送り込む予定だった。
その上で徹底的にこれを滅ぼすつもりだったのだけど、その寸前に本能寺の変が起こり、わたしは死んでしまったので、とりあえず元親は生き残ることになったという次第である。
運のいい奴め。
その後の四国であるが、結局元親も秀吉に臣従してしまったので、秀吉の手で完全平定されたと言っていいだろう。
元親の後を継いだ長宗我部盛親は、関ヶ原の戦いで西軍についたことにより、家康によって改易され、大名家としての長宗我部家は滅亡する。
で、現在の四国であるが、伊予にはすでに秀吉によって減封された伊達氏が入っており、長宗我部家の後の土佐には山内氏、讃岐に生駒氏、阿波に蜂須賀氏といった具合だ。
ともあれわたしは乙葉と秀頼の許可を得て、晴れて四国に乗り込むことになったのである。
ちなみにお忍びなので、同行者は決して多くない。
わたしと五郎八に、五郎八の侍女といった近臣、他にはわたしの世話係として朱葉と侍女の畠山千代保、あと護衛として山崎景成、真柄直隆、直澄、隆基、そして同行を願い出てきた木村重成といった面々であった。
都合十人以上なので、少なくも無いか。
秀頼などは少人数すぎるのではないかと心配していたが、正直なところ過剰な戦力でもある。
実はこの面子、後で気づいたのだけど、半分以上が人では無かったのである。
ともあれわたしたち一行は、物見遊山を楽しみながらゆるりゆるりと伊予を目指した。
伊予を目指す途中、道中の讃岐国においては狸と喧嘩になったりもした。
化け狸である。
実はこの四国、化け狸の巣窟だ。
あちこちにそういった連中がいるらしい。
そして讃岐には四国狸の総大将とかいわれている太三郎狸がいて、これら一党と大立ち回りを演じることになったのである。
この太三郎狸、狸のくせに人格者で、しかも人を見る目があるようで、一発でわたしのことを悪の狐であると見抜いてしまったことが、発端だった。
うん、実に鋭い。
この騒動の最中、五郎八にくっついていた侍女連中が、実は狸の化けていた姿だったことが発覚したりして、てんわやんわになったりもしたのだけど、終わってみればなかなか楽しかったといっていい。
結局わたしは太三郎狸を屈服させ、まずは讃岐を制覇することに成功した。
聞けばすでに通った阿波や、目的地である伊予にも名のある狸がいるらしいが、とりあえず目指すのは伊予である。
こんな旅になるとは思っていなかったので、わたしはいつになくご機嫌だった。
ちなみにこの騒動のせいで、重成にわたしの正体がバレてしまったが。
そういうわけで、一行はようやく目的地である伊予松山城に到着した。
この城は政宗が伊予国に入ってより築城した連郭式平山城で、その迫力はなかなかのものである。
「これはこれは。よくぞこのような片田舎に参られましたな」
出迎えてくれた四十路近い男が、五郎八の父親である伊達政宗であった。
一見してすぐに分かったのは、幼い頃に右目を失明しており、白く白濁していて瞳の色を失っているからである。
それはともかくとして、一発で分かった。
歓迎されていない。
ただ可愛い娘を伴っていることもあり、無下にもできないといったところか。
実に戦い甲斐のある相手である。
そう思ってわたしが舌なめずりをしているのを見て、景成などは無礼にもため息をついていたので、後で足を踏んづけておいてやった。
「その若さでの長旅はお疲れになったことでしょう。まずはお休みを」
「ん、そうだな。休ませてもらおう」
最初からわたしは横柄な態度でもって、政宗に接してやった。
その生意気ぶりに、政宗の左目が不穏に光る。
こうしてわたしと政宗の戦が開始されたのだった。
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「そちより文をもらった時はまさかと思ったが、まことに参るとは思っていなかったぞ」
政宗の五郎八への第一声は、それだった。
千姫一行をとりあえずは丁重にもてなし、諸事を片付けて親子水入らずとなったところでかけられた言葉である。
「まあ。お父様はわたくしの言葉を、お信じになられなかったのですか」
「にわかに信じられる内容ではなかったのでな」
政宗がそう弁解するのも無理からぬことといえば、その通りであった。
「千姫、か……。まだ小娘であるというのに、何ともお転婆が過ぎるのではないか」
今回、五郎八が伊予に赴くことができたのは、一重に千姫の根回しによるものである。
同じことを政宗がしようと思っても、なかなかできることではなかっただろう。
仮に条件が整ったとしても、五郎八の意思が伴わなければ意味が無い。
何せ五郎八はこれまで京を出たことが無かったのだ。
そんな娘がいきなり海を渡るような旅に出ようという気になったのだから、あの千姫の影響力が見過ごせないものであったと、察することができる。
そして千姫自身、大坂城の主を置いて旅に出るとは、これまた何と言えばいいか分からないような行動だ。
「徳川家の権威を笠に着て好き勝手やっているのだろうが、やれやれ秀頼様も不憫なことだ」
「そうでしょうか」
政宗の千姫への感想に、小首を傾げたのは五郎八である。
「確かに千姫様は自由奔放なところがありますが、秀頼様のことは大切にされているようにお見受けいたします。それに淀の方様の覚えもめでたいとのこと。……お父様、あまり舐めてかかっては、千姫様にしてやられてしまいますわよ?」
「ふむ? そちがそこまで申す千姫とは、如何なる姫なのだ?」
千姫のことは、正直言って扱いづらい客人であると、政宗は思っていた。
第一に、千姫は豊臣家の人間である。
政宗は現状、豊臣家に対してそれなりの遺恨もあり、快く思っていない。
千姫に対して良い感情を抱けない道理である。
しかし一方で、千姫の実家は徳川家である。
政宗は秀吉が死んだ直後より、家康に接近して親密な関係を築いてきた。
その一つの結果が、五郎八と松平忠輝との婚約である。
そして聞くところによれば、千姫は父親である徳川秀忠はもちろんのこと、家康にも溺愛されていたらしい。
今回、五郎八が京を出ることを許されたのも、千姫の働きかけがあってのことだ。
つまりその影響力は無視できないということになる。
「千姫様は、とても聡明な方です。お話ししていてよく分かるのですが、とても年下とは思えません。あと、とても勇猛ですね」
「ゆ、勇猛?」
女子を評するにあまりに不釣り合いな言葉を耳にして、さすがの政宗も耳を疑った。
「はい。ここに参るまでの道中、色々ありましたが、何と頼りになることかと……。もし千姫様が殿方であられたならば、わたくしはその虜になっていたことでしょう」
「――――」
呆気にとられた政宗は、まじまじと自身の娘を見返す。
そしてしばしの後、不愉快げに眉をひそめたのである。
「それは、けしからん。我が娘を奪おうとするとは、不届き千万」
「……お父様?」
「五郎八よ。わしがその姫を少々試してやろう。大した者でも無ければ、一度泣かせてやるのも一興」
そんなことを言い出す父親に、五郎八は困ったものだとため息をついた。
「分かっておられるのですか? ここで千姫様の心証を悪くすれば、豊臣はもちろん、徳川との関係悪化に繋がってしまうというのに……。それに江戸にはお兄様がいらっしゃるのです。危ういことにならねば良いのですが」
「そのようなことは気にするな」
「……何より、千姫様とわたくしの友情に水を差すような迷惑行為は、是非よしていただきたく思いますし」
「はっはっは。何を言う。娘をよからぬ輩から守ってやろう言うのだ。これぞ親心。この政宗、邪魔する輩は容赦せぬ」
まるで話を聞く様子もない父親に。
もう一度、五郎八は嘆息してみせた。
それはともすれば親馬鹿である父親に対する娘として、ごく自然な感情に見えたことだろう。
一言で表現するならば、やれやれ、である。
もっとも。
その口の端が、僅かに歪んでいたことに気づかなければ、ではあったが。






