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喋る人体模型

「そっか。それで紙飛行機だったんだ」


 ララが妙に納得した様子で頷いた。


「大時計もルカくんだったとはね!」


 ニコが驚いた顔をする。


 放課後。


 俺たちは文化祭準備のため、視聴覚室に集まっていた。


 作業を始める前に、今朝の出来事と、授業中に試した《補完》について話しておいたのだ。


「オハギの話はよくわかんねぇけどな。最近は動物の異常行動も多いからな」


 ボンドが腕を組む。


「俺の《反骨》は、今のところ何の反応もない。ルカートの《補完》だけが使えているというのは妙だな。ネットでもそんな話は聞かない」


 トーラスが考え込むように言った。


「これだけ異変が起きているとなると、いよいよカウントダウンも無視できなくなってきたわね」


 ララの言葉に、みんなが顔を見合わせる。


「ねえ、みんなは何か備えてる? 防災グッズとか」


 ニコが尋ねた。


「日用品はもう品薄になってたぞ。水とか保存食とか、買い占められてるみたいだ」


 ボンドが肩をすくめる。


「やっぱり、みんな警戒してるんだね……」


「備えるならアプリもだろうな。今のところ、まともに使えるのは《悪魔マッチング》と《怪異WALK》くらいか?」


 トーラスが言うと、ニコが勢いよく手を挙げた。


「あっ、《箱舟》もランクは上がるよ! 私、毎日試してたらランク2になったもん!」


「えっ、使えるようになったのか?」


「ううん! 効果なんて、なぁんにも感じないけどねー!」


 ニコはあっけらかんと笑った。


「……それでもランクは上がるのか」


「へえ、面白いわね、ネットにはない情報よ? それ」


 ララが感心したように呟く。


「私は容量を温存してるから、《霊金術》を一つ入れてるだけなのよね。素材もないし、まだ何もできないんだけど」


「温存するのもありだと思うぞ。俺は七つともランク1だけどな」


 ボンドがスマホを掲げた。


「全部入れたのか?」


「ああ。どれが使えるようになるか分かんねぇし、とりあえず全部試してみようと思ってさ」


 そういえば、ボンドの適性は七つとも星3だった。


 ランク1は一つ4TB。七つ全部入れても28TBだから、まだ少し余裕がある。


「正式サービスが始まったら、使える機能も増えるだろうしな」


「容量だって、32TBで固定とは限らないんじゃないか?」


 トーラスが口を挟んだ。


「ああ、増える可能性は高いと思う」


 俺は以前、リゼから聞いた話を思い出した。


「リゼがランク4への条件を満たしてるらしいんだけど、容量が足りなくて拡張できないんだってさ」


「ランク4?」


 ララが目を丸くする。


「必要容量は40TBらしい」


「40TBって……今の上限を超えてるじゃない」


「だから、いずれ容量を増やす方法が出てくるんじゃないかって話だ」


「なるほどね……」


 ララは自分のスマホに目を落とした。


「温存しすぎるのもよくないかもしれないわね」


 ララは少し考えてから顔を上げた。


「私も《悪魔マッチング》を入れてみようかな。参考に、みんなの悪魔を見せてもらってもいい?」


「いいよ! ルカくんから見せて!」


 ニコが身を乗り出した。


 俺はスマホを取り出し、キーウィを呼び出す。


『ルカート? 私もお話ししていいの?』


「キーウィ、挨拶するか?」


 みんなの視線が画面に集まった。


 キーウィは鳥の頭を左右に動かし、全員を見渡す。


 そして、小さな翼で頭をつかむと――ぽこん、と外した。


「……ん?」


 鳥の頭の下から現れたのは、白に淡い紫が混じったくせっ毛の少女だった。


 透けるように白い肌に、少し尖った耳。銀色の瞳をきらきらさせている。


『よろしくね!』


「わっ!かわいぃぃぃ! 私、ニコ!」


「ララよ。よろしくね、キーウィ」


「トーラスだ。よろしく」


「え、キーウィ、それ着ぐるみだったのか!?」


 ボンドが目を丸くする。


 ……俺も完全に取り外すのは初めて見た。


「じゃあ、今度は俺の悪魔だな」


 ボンドがスマホを差し出した。


 画面には、子どものような背丈の悪魔が映っている。


 センザンコウを思わせる鱗状の外皮。前腕を覆う鱗は、刃のように長く鋭く伸びている。可愛らしい顔つきなのに、どこか悪ガキめいた雰囲気がある。


「センタロウっていうんだ」


 センタロウは俺たちをちらりと見ると、ぺこりと頭を下げた。


「可愛い! でも、ちょっと強そう!」


「こいつ、恥ずかしがり屋なんだよ」


 言われたセンタロウは、ボンドを横目で睨んだ。


 続いてニコがスマホを掲げる。


「じゃあ、うちのアオヒメ!」


 画面に現れたのは、宙に浮かぶ一人の女性だった。


 水のように漂う蒼い髪。意志の強そうな金色の瞳。


 耳元には、瞳と同じ金色に輝く機械じみた耳当てとカチューシャ。絹のビスチェのような衣装をまとっている。


 周囲には金の水瓶と杯、そして水の塊がゆっくりと浮遊していた。 


「……綺麗」


 ララが思わず呟く。


 アオヒメは凛々しい表情をわずかに緩め、静かに微笑んだ。


 優しそうなのに、どこか気圧されるような迫力がある。


「最後は俺だな」


 トーラスがスマホをこちらに向けた。


「イワオだ」


 そこには、岩と苔に覆われた巨人が立っていた。


 身長は二メートルを優に超えている。無骨な身体に、太い腕。顔の奥では二つの目がぼんやりと光っていた。


 イワオはゆっくりと頭を下げる。


「……でかいな」


「2.3メートルあるらしい」


「それ、スマホから出てきたら迫力すごそうね」


 ララが笑う。


 四体を見比べてから、彼女は自分のスマホに目を落とした。


「うん。やっぱり私も入れてみる。どんな悪魔と出会えるか楽しみだわ」


「うん! 契約したら見せてね!」


 ニコが嬉しそうに頷いた。


「よーし、それじゃあ文化祭準備、頑張ろー!」


 そう言って両手を突き上げた、そのときだった。


「きゃああああああああっ!」


 遠くから、甲高い悲鳴が響いた。


「……なんだ!?」


「事故か?」


 俺とボンドは顔を見合わせ、視聴覚室を飛び出した。


 廊下には、何人かの生徒が集まり始めている。


「今の声、向こうからだよね?」


 ニコが廊下の先を指差した。


 どうやら理科室の方らしい。


 俺たちは足早にそちらへ向かった。


 途中、廊下の真ん中に何かが落ちていることに気づいた。


 黒いフレームに、透明なレンズ。


 文化祭で使用するMRゴーグルだった。


 しかも、二つ。


「おいおい……借り物だぞ、これ」


 ボンドが一つ拾い上げる。


「壊れてないといいけどな」


 俺ももう一つを拾い、フレームを確認した。


 見たところ、目立った傷はない。


 試しに装着すると、視界にシステムメニューが浮かび上がった。

 

 文化祭用のプログラムを選択すると、読み込みが始まる。


「……壊れてはいないみたいだな」


「どれ、俺のは……」


 ボンドがゴーグルを装着した。


「うわっ!!」


 次の瞬間、ボンドが派手に尻もちをついた。


「おい、どうした!?」


「お、お前……! 目の前!」


 読み込みが終わり、俺も顔を上げた。


 そこには、人体模型が立っていた。


 赤い筋肉がむき出しになった右半身と、骨格や臓器が見える左半身。


 理科室にあるような、ごく普通の人体模型だ。


 もちろん実物じゃない。


 クラスメイトによって制作されたMR映像だった。


「……誰か移動させたのか?」


「なんだよこれ! 心臓に悪いだろ!」


 ボンドが胸を押さえながら立ち上がった。


「どうしたの?」


 追いついてきたララが尋ねる。


「人体模型だよ。初期位置から移動して、こんなところで止まってる」


「えっ、どうして?」


「さあ……誰かが動かしたのか?」


 人体模型はゆっくりと顔をこちらへ向けた。


 片腕を持ち上げ、ぎこちなく手を振る。


 そして元の姿勢へ戻ると、また同じ動作を繰り返した。


 移動は止まっているが、演出用の動作は再生され続けているらしい。


 それにしても、こんな場所で人体模型に追いかけられたら、悲鳴の一つも上げたくなるだろう。


 そのときだった。


『俺だ! ルカート!』


「……えっ?」


 突然、男の声が聞こえた。


「なんだ?」


 ボンドも辺りを見回す。


『ボンド! 俺だ! 剣崎だ!』


 俺たちは同時に人体模型を見た。


 模型はまた、ゆっくりと腕を持ち上げている。


『おい! 聞こえてるだろ!?』


「……お前が喋ってるのか?」


『そうだよ! 俺だよ!』


「いや、ちょっと待て」


 思わずゴーグルを外した。


 人体模型の姿が消える。


 声も聞こえなくなった。


 もう一度装着する。


『お、おい、外すなって!』


「……喋ってるぞ、これ」


「おいおいおい! 何だよ、この仕掛け!」


 ボンドが顔を引きつらせた。


「ずいぶん凝ってるな……」


『仕掛けじゃねえよ! 俺だって!』


 人体模型はまた手を振った。


 同じ角度で腕を上げ、同じ速度で下ろす。


 どうやら、声だけは自由に出せるらしい。


「待ってて。ゴーグルを持ってくるわ」


 ララが視聴覚室へ引き返した。


 その間も、人体模型は俺たちに話しかけ続けていた。


『頼むよ。俺、剣崎カメオだ! 同じクラスだろ!』


「剣崎……カメオ?」


 聞き覚えがあるような、ないような名前だった。


 クラスメイト?


 いや、そんなやつがいただろうか。


「お前、知ってるか?」


「……いや」


 ボンドも首を横に振った。


『嘘だろ……毎日同じ教室にいただろ!』


 声が上ずっていた。


 やがてララが戻り、ニコとトーラスにもゴーグルを手渡した。


「何が見えるの?」


 ニコが装着する。


「ひゃっ! 気色悪い!?」


『小鳥遊《たかなし》ニコさん! 俺だよ! 剣崎カメオ!』


「こっわ! 喋った!」


「……何だ、これは」


 トーラスが低い声を漏らす。


『トーラス! 頼む、思い出してくれ! 同じクラスの剣崎だ!』


「同じクラス?」


 ララが眉をひそめた。


「剣崎カメオ? 誰よ、それ」


『玉響《たまゆら》ララさん! あんたまで!』


 人体模型が、ゆっくりと頭を下げた。


 そして再び顔を上げる。


 その動きは、先ほどから何度も見たものだった。


『……本当に、誰も覚えてないのか?』


 悲痛な声だけが、映像の動きと噛み合っていない。


「おい、ちょっと待て」


 ボンドが小声で言った。


「……目立ってるぞ」


 気づけば、周囲には何人もの生徒が集まっていた。


「何? 何があったの?」


「さっき誰か叫んでたろ」


「二年の連中か?」


「MRで何か見えてるみたい」


 好奇の視線が一斉に向けられる。


 まずい。


 俺たちは五人揃って、何もない廊下に向かって話しかけているように見えるはずだ。


 そのとき、ニコが一歩前へ出た。


「みなさーん! おっ騒がせしましたぁー!」


 両手を大きく振り、明るい声を張り上げる。


「ゴーグルの誤作動でした! もう大丈夫です!」


「何だ、故障か」


「びっくりした」


 生徒たちは口々に言いながら、少しずつ散っていった。


「……助かった」


「ふぅ、でも、これどうするの?」


 ニコが人体模型を見つめる。


 俺は少し考えてから尋ねた。


「剣崎カメオ、だっけ。お前、初期位置に戻れるか?」


『……いや。自分じゃ戻れないんだ』


「どういうことだ?」


『頼む。理科室に連れて行ってくれ!』



 ――04日00時間56分22秒

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