↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

魂の選択

「えー、つまり、物体に働く力と加速度の関係は――」


 教師が黒板に向き直ったところで、チャイムが鳴った。


「おっと、ここまでか。続きは次回な」


 教科書を閉じ、鞄にしまう。


 今日も放課後は文化祭の準備だ。


「いやー、もう何が何だか分かんねえな」


 ボンドがスマートフォンを片手に話しかけてきた。


「ネットニュースもSNSも、何が本物で何がフェイクか見分けがつかねえわ。メリルの件のあとだと、全部本物に見えてくる」


「確かにな。……なあ、ボンド。これを見てくれ」


 俺はスマートフォンを取り出し、ニュースの動画を再生した。


 映し出されたのは、桜島の上空。


 山頂から立ち上る噴煙の中に、巨大な卵のような形が浮かんでいる。


 ケビンから送られてきた映像とは、別の角度から撮影されたものだ。


「うわ、なんだこれ……」


「桜島の噴煙らしい」


「報道されてるってことは、少なくとも実際に撮影された映像ってことか。とんでもねえな」


 ボンドが画面に顔を近づける。


「なあ、ボンド。アプリが先か、異変が先か。どう思う?」


「ん? どういうことだ?」


「この異変をアプリが引き起こしたのか。それとも、異変が起きるからアプリが配信されたのか」


「……ああ、なるほどな」


 ボンドが腕を組んだ。


「アプリが引き起こしたにしちゃ、規模がおかしいってことか」


「これに関してはな」


「でも、それなら誰が配信したんだ?」


「分からない。配信元も目的も、善意なのか悪意なのかさえ不明だ」


「つまり、異変が起きるのを知ってた誰かが、先回りしてアプリを配った可能性もあるってことね?」


 いつの間にか、ララが会話に加わっていた。


「まあな。確かめようがないけど」


「確かめに行った、どこかの情報通の仮病は重篤みたいね」


「……あいつ、風邪を治しに九州まで行ったからな」


 ボンドが呆れたように笑った。


「せっかくMRゴーグルを使うのに! 現実の方がよっぽどすごいことになってるよ」


 ニコが口を尖らせた。


「確かにそうね」


 ララがくすりと笑う。


 とはいえ、文化祭の準備は待ってくれない。


 俺たちのクラスが企画しているのは、MRゴーグルを使った脱出ゲームだ。


 当初の構想は、呪われた古代遺跡からの脱出。


 ミイラや罠をかいくぐり、秘宝を手に入れて脱出するという、至ってまともな冒険ものだった。


 ところが、制作が進むにつれて事態はおかしな方向へ転がり始めた。


 誰かが動く人体模型を作り、別の誰かがピアノを弾く怪物を追加した。


 挙げ句の果てには、トイレの花子さんまで登場する始末だ。


 もはや古代遺跡の面影など、どこにもない。


 そして紆余曲折の末、採用された設定がこれだ。


 ――無数の異世界へとつながる扉がある、奇妙な洋館からの脱出。


 ……無理やりにもほどがある。


 今日は、校舎の一部を使ったテストプレイだ。


 MRゴーグルを装着すると、いつもの校内に奇妙な装飾や扉が重なって見える。


 その中でも、ひときわ目立っていたのがトイレの前に立つ少女だった。


「トイレの花子さんのクオリティがまた上がってる……コンセプトめちゃくちゃだろ」


「だって、学校なんだから花子さんはシンボルでしょ」


 ニコが当然のように胸を張った。


「洋館なんだろ?」


「トイレはあるよ」


「そういう問題じゃないだろ……」


「しかもニコ、校内のトイレ全部に花子さん置いてるんだぜ」


 ボンドが呆れたように笑った。


「……全部?」


「うん! どのルートを選んでも会えるようにしたの」


「どんだけ見せたいんだよ」


「だって、頑張って作ったんだもん、見なきゃ損だよね?」


 ニコは得意げに続ける。


「それにね、みんなちょっとずつ違うんだよ。コンセプトもあって……顔とか、髪型とか、服装とか」


 改めて目の前の花子さんを見る。


 赤いスカートをはいた少女の胸元には、小さな名札がついていた。


 ――たんぽぽ。


「……たんぽぽ?」


「うん! その子はたんぽぽさん」


「花子さんじゃないのかよ!」


「トイレにいるでしょ?」


「……そういう問題じゃないんだよなあ」


 ボンドがとうとう吹き出した。


 ニコは満足そうに笑っている。


「そういや、花子さんじゃないけどさ。校舎の大時計、針の位置が変わってるって知ってるか?」


「……大時計?」


「おう。昼休みに動いてるのを見たってやつもいるらしいぜ」


「へえー! あの時計、ずっと止まってたのにね!」


 ニコが驚いたように目を丸くした。


「……そうだな」


 俺は曖昧に相槌を打った。


 どうやら、あの時計はまた止まってしまったらしい。


 それでも、確かに動いていた。


 俺たち以外にも、それを見た人間がいたということか。


 その後、俺たちは校内を巡りながら、各エリアのギミックを確認していった。


 音楽室では、怪物がピアノを弾きながら謎の旋律を奏で、理科室では人体模型が突然動き出す。


 図書室では、本棚に隠された暗号を解くと、次の扉が現れる仕組みになっていた。


 どれも思いのほかよくできている。


 そして最後にたどり着いたのが、ゴール地点の視聴覚室だ。


 最後の仕掛けを作動させると、目の前に巨大な扉が出現した。


 ゆっくりと扉が開き、まばゆい光とともに『脱出成功』の演出が浮かび上がる。


 こうして、ひととおりの動作確認を終えた。




「ここだったか。みんな、いろいろとすまない。迷惑をかけたな」


 視聴覚室にトーラスが顔を出した。


「おう、トーラス。もう大丈夫なのか?」


 ボンドが声をかける。


「ああ。心配かけたな」


「で、どうなんだ? 何か思い出せたのか?」


「いや、何も変わっちゃいない。メリルのことは全部覚えてる。ただ、好きって感情だけがすっぽり抜け落ちてるんだ」


「……そうか」


「だがな、俺はこのままでいるつもりはないぞ」


 トーラスは拳を握り、にやりと笑った。


「たかがアプリごときに、俺の心を好き勝手にされてたまるか」


 その声には、迷いがなかった。


「俺の感情は俺のもんだ。奪ったなら、取り返してやる。絶対にな」


 ――ピロン。


 不意に、トーラスのスマートフォンから通知音が鳴った。


「……ん?」


 画面を確認したトーラスが、目を見開く。


「どうした?」


「《名もなき魔人》が《反骨の魔人》に覚醒した、だとよ」


「……反骨?」


 トーラスは一瞬きょとんとしたが、すぐに豪快に笑った。


「ははっ! 上等じゃねえか!」


「お前らしいな」


 ボンドが笑った。


「メリルとも話してきた。もう一度、二人でやっていくつもりだ」


「でも、好きって気持ちは戻ってないんだろ?」


 俺が尋ねると、トーラスはあっさり頷いた。


「おう。だから取り返すんだろ?」


 当然のことのように言って、トーラスは笑った。


「まずは《贄と奇跡》について調べるつもりだ。何か手掛かりがあるかもしれん」


「……トーラス。判断は慎重にな。それと、何かあったら相談してくれ。俺も力になりたい」


「ああ、頼りにしてるぞ。ルカートの言いたいことは分かってる」


「メリルに奇跡が起きたのに、贄になったのはトーラスだったってことだろ?」


 ボンドが言葉を継いだ。


「それに、奇跡はほんの少し顔が変わっただけなのに、代償は恋愛感情そのもの。釣り合ってないのが気になるのよね?」


 ララまで続ける。


「……ああ。だから、みんなも十分に気をつけてくれ」


 俺が頷くと、ニコが呆れたように両手を広げた。


「エスパーかよ! みんな、ルカくんのなんなのさ!」


 思わず笑いが起きた。


 まったく、頼もしい連中だ。


「そういうわけだ。俺にも何か手伝わせてくれ。いつまでも落ち込んでる場合じゃないからな」


 トーラスはそう言って、いつもの調子で笑った。




 文化祭の準備を切り上げ、いつものメンバーと駅で別れた。


 地下鉄の改札へ向かおうと階段を降りていると、見覚えのある姿が上がってきた。


「あれ、シシリー?」


「あ、有門くん。こんばんはー」


「どうしたんだ?」


「地下鉄、人身事故で止まってるんだって。上下線とも運転見合わせみたいだよー」


「うわ、まじか……」


 階段の下を覗くと、改札の方にはいつもより多くの人が集まっていた。


「しばらくかかりそうだな。よかったら、そこのコーヒーショップで時間潰さないか?」


「うん、いいよー」


 俺たちは駅を出て、近くのカフェに入った。


 シシリーはカフェラテを、俺はアイスコーヒーを注文し、窓際の席に腰を下ろした。


「そういえば、シシリーの《加速の怪人》だけどさ。何か変わったことはないか?」


「え? 変わったこと?」


 シシリーは小首を傾げた。


「うーん……何もないと思うけど。有門くんは何かあったの?」


「いや、何もないならいいんだ」


 そう答えかけて、少し迷った。


「……いや、何か起きる前に話しておいた方がいいか」


 俺は、シャーペンの芯が勝手につながったことと、昼休みに大時計が動き出したことを話した。


「ええーっ! そんなことがあったの?」


 シシリーが目を丸くする。


「私、こんなだから……動くのもトロいし、気づいてないだけかもっ」


「いや、何もない方がいいに決まってる。悪い、変なこと言ったな。気になっても、無理に試したりしないでくれよ」


「うん、わかったよー」


 シシリーは両手でカップを包み、ゆっくりとカフェラテを啜った。


「でもね、私も気になって、怪人とか魔人についてネットで調べてたんだー」


「何かわかったのか?」


「ううん。有門くんが体験したみたいな出来事は、見つからなかったよ?」


「俺も探したけど見つからなかった。だからって、ほかに起きてないとも思えないんだよな」


「それって、有門くんが星5だからかもしれないねー」


「……星5?」


「うん。なんか、おかしいの。ネットだと星4でも珍しいみたいで、星5なんて全然見つからないんだよ」


 シシリーは少し考えるように視線を落とした。


「隠してるっていうより、そもそもいないみたいな感じなんだよねー」


「……それは俺も気になってた」


 ネット上では、星5の適性者がほとんど見つからない。


 なのに、俺の周囲には何人もいる。


 偶然にしては、少し出来すぎている気がした。


「また何かわかったら、情報交換しないか?」


「うん! もちろんだよー」


 そのとき、シシリーのスマートフォンが小さく震えた。


「あ、地下鉄、運転再開したみたい!」


「お、助かったな。じゃあ、そろそろ行くか」


「うん!」


 シシリーは残りのカフェラテを、ゆっくりと味わって飲み干した。


 ……運転は再開しても、シシリーの時間はいつもどおりらしい。




 その後、地下鉄に乗り込んだ俺は、スマホでSNSを眺めていた。


『俺が星5怪人だ!』


 添付されていたのは、どこかで見た特撮ヒーローの怪人コスプレだった。


『俺も星5だけど名乗り出る勇気ねーわ』


『↑お前、昨日オール3って言ってただろw』


『名もなき怪人ナカーマ』


『そもそも星の最大が5って誰が決めたん? ソースは?』


『白抜きの星あるだろ』


『最大が5とは限らんだろ』


『それはそう』


『京都か奈良の巫女さん、魔人覚醒が星5らしいぞ』


『ソースよこせ!!!』


『ちなみに可愛さも星5らしい』


『可愛さ星5の巫女さんと聞いて』


『画像はよ』


 ……駄目だこりゃ。


 まともな情報がまるで見つからない。


 星4ですら、確かな報告はほとんどない。


 星5に至っては、噂や冗談ばかりだった。


 それなのに、うちの学校には何人もいる。


 ……どう考えてもおかしい。




 帰宅してからも、しばらく情報を探してみた。


 《贄と奇跡》については、願いを叶えたという報告が少しずつ増えていた。


 同時に、何かを失ったという書き込みも目につくようになってきた。


 今のところ、大きな事件として報じられているものはない。


 もっとも、トーラスの件だって、外から見れば何も起きていないように見えるだろう。


 これでまだ、世界が変わる前だというのだから。

 

 ……あと五日。


 いったい何が起こるんだろうな。


 俺はケビンに今日の出来事を簡単にまとめて送った。


 大時計が再び止まったこと。トーラスの覚醒。そして、うちの高校に星5の適性者が異様に多いという話。


 返信はまだない。


 スマートフォンを枕元に置き、ベッドに潜り込む。


「ルカート、おやすみ」


 キーウィの声がした。


「ああ。また明日な。おやすみ、キーウィ」


 部屋の明かりを消した。


 

 ――04日20時間39分11秒

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。