使い魔キーウィ
「なんだ? 補完って?」
無造作な黒髪に、見慣れたブレザー姿。
だが、その顔は人間のものではなかった。
白い陶器を思わせる仮面が顔を覆い、ところどころが不規則に欠けている。亀裂には金色の継ぎ目が走り、その隙間からは漆黒の素顔が覗いていた。
鋭い双眸が、妖しい光を放っている。
「……」
しばらく眺めてみたものの、補完という言葉の意味は分からない。
ひとまず画面を一つ戻す。
先ほどの適性診断の結果が、再び表示された。
――怪人変身アプリ:★★★★★
――魔人覚醒アプリ:★★★★☆
――悪魔マッチングアプリ:★★★★☆
――箱舟アプリ:★☆☆☆☆
――霊金術アプリ:★★☆☆☆
――怪異WALK:★★☆☆☆
――贄と奇跡:★★★★☆
どれも聞き慣れない名前ばかりだ。
気にはなったが、今はほかのアプリまで試す気にはなれなかった。
スマートフォンの画面を消し、机に置く。
顔を上げると、教室のあちこちで似たような画面を覗き込んでいる生徒たちがいた。
「なあ、これって全部三つが普通なのか?」
船橋ボンドが、自分のスマートフォンをこちらに向けた。
「見てみろよ。見事に全部三つだぜ」
「本当だ。いかにもボンドって感じだな」
「だろ? 器用貧乏とも言うけどな?」
そう言いながらも、ボンドはさほど気にした様子もなく、椅子の背もたれに身体を預けた。
「ねえねえ、ルカくん。私も星五つがあったよ」
隣から、玉響ララがスマートフォンを差し出してきた。
画面には《霊金術アプリ:★★★★★》と表示されている。
「霊金術って、何をするんだろうな?」
「錬金術みたいなものかなぁ? ちょっと楽しそうだよね」
ララは嬉しそうに画面を眺めている。
「ルカくん! ララ! ちょっと見て!」
今度は小鳥遊ニコが、俺たちの間に割り込んできた。
「私も五つあった! 箱舟っていうやつ!」
「箱舟……?」
「うん! でも、悪魔マッチングと怪異WALKは星一つなの。なんだか偏ってない?」
「俺も箱舟は一つだったな」
「えっ、そうなの?」
ニコが驚いたように目を丸くする。
「うーん、適性……適性かぁ、能力とか性格とかだよね? 向き不向きって思えばいいのかな?」
ニコは首を傾げながら、再び自分のスマートフォンに目を落とした。
「おい、有門。お前、魔人覚醒はどうだった?」
少し離れた席から声をかけてきたのは、鳴海トーラスだった。
「四つだ」
「同じじゃん。俺も四つだ」
トーラスは満足げに頷いた。
「ただ、怪人変身は二つなんだよな。俺は魔人向きらしい」
「怪人と魔人の違いが分からないよな」
「どっちも適性の高い有門なら両方入れてみてもいいだろうし、何か分かるかもな?」
「そうだな。帰ったら少し考えてみるよ」
俺は教室を見渡した。
文化祭用の機材や工具の入った箱が、教室の後方に積み上げられている。
壁には校舎の見取り図が貼られ、確認済みの箇所にはいくつもの印がついていた。
準備にはある程度の目処が立っているとはいえ、まだ片づけなければならない作業は残っている。
「さて、そろそろ準備に取り掛かろうか」
「よし、やるか」
トーラスが立ち上がり、あたりを見回した。
「……って、ケビンのやつ、どこ行った?」
「さあな。また誰かに勧めてるんじゃないか?」
「他クラスまで勧誘してるんじゃないだろうな、あいつ」
十分にあり得る話だった。
何しろ、スマートフォンを持っていない生徒にまで勧めていたくらいだ。
こうしている間にも、アプリの利用者は着々と増えているのかもしれない。
「じゃあ、また明日な!」
「ああ、じゃあな」
「ルカくん、バイバイ!」
星ヶ丘駅の入口で、市バスや自転車で帰る仲間たちと別れた。
俺は地下鉄東山線で四駅先の藤が丘へ向かい、そこからリニモに乗り換える。
改札を抜け、藤が丘方面のホームへ向かおうとしたところで、声をかけられた。
「あ、有門くん。あの、アプリのことなんだけど……」
振り返ると、花房シシリーがスマートフォンを両手で持って立っていた。
「シシリー? 名古屋方面だろ?」
「うん。でも、その前にちょっと聞きたいことがあって……」
「そっか。何か気になることでもあった?」
「あのね……有門くんも怪人変身アプリ、開いたんだよね?」
「ああ、開いたけど」
「よかった……。ずっと聞いてみたかったんだけど、みんなの前だとちょっと……」
シシリーはスマートフォンを握り直した。
「私、怪人変身も魔人覚醒も、星が四つだったの」
「両方? どっちか入れてみた?」
「うん……試しに怪人変身アプリを押したら、《加速の怪人》って出て……」
「……加速?」
シシリーは困ったように微笑んだ。
普段から、歩くのも話すのも少しゆっくりな彼女。
そんなシシリーに与えられた名前が《加速の怪人》とは、ずいぶん意外な組み合わせだった。
「シシリーが加速で、俺が補完か……なんだかよく分からないな」
「そう、ですよねぇ……」
シシリーは小さく頷いた。
「私、昔から何をするにも人より遅いでしょう?」
「まあ、そうだな」
「ずっと気にしてるの。もっと速く動けたらいいのにって……」
彼女はスマートフォンの画面に視線を落とした。
「そういうのまで、アプリには分かっちゃうのかなって思って……」
「……あり得るかもな」
閲覧履歴に交友関係、チャットログ。
あのアプリがどこまで調べているのか、俺たちには分からない。
シシリーの《加速》に限って言えば、本人の願望が反映されている可能性はある。
だが、それだけでは俺の《補完》を説明できない。
(……まだ情報が足りないな)
「俺の補完なんて、さっぱり意味が分からないしな」
「ふふっ……有門くんにも分からないんですね」
「ああ。お互い、妙な結果が出たもんだ」
シシリーは少しだけ安心したように笑った。
そのとき、藤が丘方面の電車が近づいてくることを知らせるアナウンスが流れた。
「あっ、有門くんの電車ですね」
「ん、ああ。また何か分かったら情報交換しよう」
「はい!」
シシリーは名古屋方面のホームへ向かい、俺も階段を下りた。
「じゃあ、また明日!」
「ああ、また明日!」
到着した電車に乗り込み、空いている席に腰を下ろした。
扉が閉まり、電車がゆっくりと動き始める。
スマートフォンを取り出し、SNSを開いた。
『例のアプリ、アンインストールできなくて草』
『怪人変身で星五つ出たやついる?』
『ニュースでやってたから入れてみたw』
『俺の悪魔おっさんなんだが……』
画面をスクロールする。
似たような投稿はいくらでも見つかるのに、肝心のアプリの正体については、まともな情報が見当たらない。
中高生を中心に広がっているのは間違いないようだ。
しかも、ニュースで取り上げられたことが、かえって好奇心を刺激しているらしい。
(……完全に逆効果じゃないか)
小さくため息をつき、画面を閉じた。
藤が丘で地下鉄を降り、リニモに乗り換えた。
車窓に流れる街並みを眺めながら、今日一日の出来事を思い返す。
カサブランカと名付けられた、奇妙な女。
削除できない七つのアプリ。
そして、《補完の怪人》と表示された自分の姿。
どれも現実味がない。
けれど、あのアプリが普通ではないことだけは確かだった。
帰宅する頃には、すっかり夕方になっていた。
玄関の鍵を開ける。
「ただいまー」
いつものように声をかけ、靴を脱いだ。
「あら、おかえり」
「ただいま」
キッチンから母さんの声がした。
「今、変なアプリが流行ってるらしいね。ニュースでもやってたよ」
「あ、うん……実はもう入れたんだけど」
「そうなの?」
「まあ、気をつけるよ」
「ルカートなら大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
「うん」
空になった弁当箱をシンクに置く。
「今日はお父さん、帰りが遅くなるんだけど、先に食べる?」
「いや、一緒でいいよ。課題もあるし」
「分かった。じゃあ、帰ってきたら声かけるね」
「はーい」
自分の部屋へ戻り、鞄を机の脇に置いた。
制服から部屋着に着替え、机に向かう。
ノートを広げ、シャーペンを走らせた。
(母さん心配してたな……)
ポキッ。
筆圧をかけすぎて芯が折れてしまった。
ノートの上に転がった短い芯を見ながら、シャープペンシルを数回ノックする。
カチ、カチ、カチ。
そのときだった。
折れた芯が、ぴくりと動いた。
「……ん?」
目の前で、短い芯がノートの上を滑った。
そして、新しく繰り出した芯の先端に吸い寄せられる。
ピトッ。
二つの断面が触れ合った。
いや、違う。
くっついている。
「……は?」
恐る恐るシャーペンを持ち上げてみると先端の芯はポトリと落ちた。
(……今、直ったよな?)
そんな馬鹿な。
折れたシャーペンの芯が、勝手にくっつくなんて。
もう一度、折れた芯を眺める。
ふと、昼間に見た奇妙な顔が脳裏をよぎった。
――補完の怪人――
(……まさかな)
ただの偶然にしては、妙なことが起きた。
シャーペンを机に置き、しばらく折れた芯のことを考えていた。
課題はすっかり手につかなくなっていた。
スマートフォンを手にベッドへ倒れ込む。
仰向けになって画面を開いた。
昼間に見た、あの奇妙な女を思い出す。
ケビンがカサブランカと呼んでいた女。
彼女も、このアプリで現れたのだろう。
《悪魔マッチングアプリ》を起動する。
画面には、四つの項目が並んでいた。
――召喚する
――会話する
――ライブラリ
――契約破棄
(ずいぶんシンプルだな……)
ひとまず《召喚する》を選択する。
画面が暗転し、指紋認証を求める表示が現れた。
『召喚した悪魔とは、自動的に契約が締結されます』
『悪魔を喚びますか?』
――はい
――いいえ
(契約って……ずいぶん物騒だな)
少し迷った末、《はい》を選んだ。
指を認証部分に当てる。
ピッ。
認証が完了すると、画面に赤い雫が浮かび上がった。
(……血判みたいだな)
雫が、ぽちゃりと落ちる。
続いてカメラが起動した。
画面には自分の部屋が映っている。
その中央に、薄い円形のガイドが表示された。
『召喚位置を指定してください』
「位置?」
試しに床へカメラを向ける。
円形のガイドが床に重なった。
画面を軽くタップする。
すると、赤い雫が床に落ちたように見えた。
ぽちゃり。
雫が波紋のように広がり、床一面に幾何学模様が走る。
魔法陣だ。
細かな文字らしきものが、円周に沿ってゆっくり回転し始める。
(……凝ってるな)
淡い光が立ち昇り、魔法陣の中央に何かが浮かび上がった。
小さく、丸っこい影。
黄緑色のふわふわした身体に、細い脚。
そして、身体に不釣り合いなほど長いくちばし。
(……鳥?)
スマートフォンの画面越しには、小さな黄緑色の鳥が映っていた。
悪魔は床にぺたりと座り込み、細い脚を前に投げ出している。
(なんというか……無気力?)
見るからに低位の精霊といった感じだが、悪魔マッチングの適性は星四つだったはずだ。
(いや、ガチャみたいなもんか?)
しばらく眺めてみても、鳥は動く気配がない。
「……他の悪魔みたいに、話はできるのか?」
パカッ。
「えっ?」
突然、鳥の頭部が持ち上がり、フードのように首の後ろへ倒れた。
中から現れたのは、癖っ毛と、先の少し尖った耳が特徴的な、小さな少女の顔だった。
「お話しするの? いいよ?」
(……頭、開くのか!?)
どうやら鳥の頭を被っていたらしい。
「……初めまして。俺はルカート。キミ、名前は?」
「初めまして、ルカート。名前はないよ」
「ないのか?」
「うん」
「そうなんだ。なんて呼ぼうかな……名前をつけてもいい?」
「名前? あなたの使い魔だからね。好きにつけたらいいよ」
「使い魔……そっか」
改めて、その姿を眺める。
丸っこい身体に、長いくちばし。
どこかで見たことのある鳥に似ていた。
「……キーウィ」
「きーうぃ?」
「鳥の名前。ちょっと似てるから、キーウィでどう?」
「キーウィね! じゃあ、わたしキーウィ!」
少女はにこりと笑った。
「よろしくね、ルカート!」
「ああ、よろしく。キーウィ」
――05日22時間41分16秒




