↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

補完の怪人

「有門《ありかど》! 見ろよ、このアプリ!」


 登校して早々、目の前にスマートフォンを突きつけられた。


「昨日配信されたばっかのベータ版なんだけどさ!? 配信元不明、頭のおかしい紹介文、おまけにレビューは星一つだらけ! ところが、その中に星五つをつけてる奴がいるんだよ……!」


 そこで友人は、もったいぶるように一拍置いた。


「そして、その一人が俺ってわけ!」


 得意げに胸を張ったのは、山田ケビン。


 自称、学内一の情報通である。


 始業前の教室はいつも通り騒がしく、窓際では数人が机を寄せて談笑し、廊下からは文化祭の準備について話す声が聞こえてくる。

 

 そんな喧騒の中でも、ケビンの声はやたらとよく通った。


「よく見つけてきたよな、そんなアプリ。俺はそういうのやらないって」


「その上でも、これは熱いぜ! 見ろよ、このカウントダウン。正式サービスまで一週間切ってる。乗り遅れたら後悔するぞ!?」


 ケビンが指さした画面の上部には、奇妙な文字が表示されていた。


『世界の変質まで、あと6日と9時間54分23秒』


 数字は一秒ごとに減り続けている。


「……世界の変質?」


「そう! 何が変わるんだろうな!? こういう意味深なの、たまんねえだろ!」


「いや、普通に怪しいだろ」


「一週間経って、そのときに判断したっていいんだ! な? 悪いことは言わねえ!」


「だから、やらないって。お前のを見せてくれたらいいからさ」


「かぁぁぁぁぁ! 頭固いなぁ!」


 ケビンは大げさに天を仰ぐと、再びスマートフォンを操作し始めた。


「だったら見ろよ、これ! 悪魔マッチングアプリ!」


「悪魔……?」


 画面が切り替わる。


 そこに映し出されたのは、妖艶な雰囲気をまとった一人の女性だった。


「あら、ケビン。お友達かしら?」


 長い髪を肩に流し、形のいい唇に薄い笑みを浮かべている。


 その瞳だけが妙に生々しく、画面越しだというのに、こちらの表情を探られているような気がした。


「……へぇ。変わったお友達ね?」


「……おい、これ!」


「な!? やべえだろ!?」


 俺は思わずスマートフォンを覗き込んだ。


 女の目が、こちらを追っている。


 偶然かと思って少し身体をずらしてみたが、その視線はぴたりとついてきた。


 あり得ない。


 うちの学校では撮影が禁止されているため、生徒のスマートフォンはカメラ部分に封印用のシールを貼られている。


 もちろん、ケビンのスマートフォンも例外ではない。


「これ、どうやって……? 監視カメラ……学校のセキュリティをリアルタイムで突破してるってことか?」


「さすが俺のカサブランカさんだぜ!」


 ケビンは自慢げだが、俺はそれどころではなかった。


 画面の女――カサブランカは、そんなこちらの戸惑いまで楽しんでいるように見える。


「ふふふ……無理に勧めなくてもいいのよ」


 彼女はケビンに語りかけながら、もう一度俺を見た。


「でも、貴方はするでしょうね。必ず」


 その声音には、妙な確信があった。


 予想でも、期待でもない。


 まるで、すでに決まっていることを告げるような。


「……軍事AIか?」


 思わず呟く。


「どうかしら?」


 カサブランカは意味ありげに微笑んだ。


「そろそろ行くわね、ケビン」


 それだけ言い残して、彼女の姿は画面から消えた。


 俺はしばらく、暗くなった画面を見つめていた。


 


「起立ぅーーーっ! 礼!」


 教室に号令が響いた。


 数学の授業が始まる。


 教壇に立つのは、人気数学教師の佐藤絢音先生だ。


「はい、じゃあ349ページー」


 教科書を開く音が、あちこちから聞こえてくる。


 俺も机の上に教科書を広げた。


 黒板を走るチョークの音を聞きながら、ぼんやりとページを眺める。


 けれど、頭の中はさっきのアプリのことでいっぱいだった。


(軍のAIが、一週間後の正式運用に向けて試験公開されている……?)


 あり得なくはない。


 しかし、それならなぜ配信元を隠す必要がある?


(俺が必ずインストールする……? なぜ、そんなことを言わせた?)


 利用者の興味を引くための演出だろうか。


 あるいは、AIが勝手に判断して発言した?


(いや、そもそもカメラが使えないのに、どうして俺がそこにいると分かったんだ?)


 音声だけで判断したにしては、反応が正確すぎる。


 民間企業が軍の技術を流用した?


 それとも、発信元不明という設定自体が宣伝の一環なのか。


(……あからさますぎるんだよな)


「ルカ……!」


 どこかで声がした。


(自我を持ったAI? いや、さすがに飛躍しすぎか……)


「おい、有門!」


「ん? ……はい!」


 反射的に返事をして、勢いよく席を立った。


 教室が静まり返る。


 先生も、クラスメイトたちも、なぜかこちらを見ていた。


「……ちげーよ! 後ろからプリント回せよ!」


 ケビンの声だった。


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、教室中がどっと笑いに包まれた。


「いい度胸だな、有門……」


 佐藤先生が、教壇からこちらを見据えている。


 笑い声が少しずつ収まっていった。


「珍しいな。どうした?」


「あ、いえ! すみませんでした!」


 慌てて頭を下げ、椅子に座り直す。


 後ろから回ってきたプリントを受け取り、何事もなかったように前へ送った。


 ケビンが肩を震わせて笑っている。


 あとで覚えてろよ。


 そう思いながら教科書に視線を戻した。


 けれど、文字はまるで頭に入ってこない。


 どうしても、あの女の言葉が離れなかった。


『でも、貴方はするでしょうね。必ず』


 ……何なんだよ、あのアプリ。




 昼休みだ。


 母さんが持たせてくれた弁当には、冷凍の唐揚げとブロッコリー、プチトマト、それから昨日の残りのきんぴらが詰められていた。


 唐揚げを一つ頬張りながら、机の上のスマートフォンに目を落とす。


「重っ。インストール、時間かかるな」


 結局、ケビンの口車に乗せられてしまった。


危険性は理解している。警戒もしている。


 それなのに、事件に発展しかねないこのアプリに、柄にもなく当事者として関わりたいと望む自分がいた。


 俺だけじゃない。周囲のクラスメイトたちも、揃って例のアプリをインストールしている。


「ケビンくん、スマホのない子にまで声かけてるよぉ」


 自作のサンドイッチを頬張りながら、玉響《たまゆら》ララが呆れたように言った。


 視線の先では、ケビンが別の生徒を捕まえて、例のアプリについて熱弁を振るっている。


 どうやら、まだまだ勧誘するつもりらしい。


「うーん。ウイルスだとか、情報を抜かれるだとか言ってもさ」


 向かいの席から声がした。


 船橋ボンドだ。


 昼休み前に弁当を食べ終えたらしく、今は椅子の背もたれに寄りかかっている。


「ルカートの言う通り、相手が軍事AIなら、そもそも警戒したところで無駄じゃね?」


「いや、プライバシーもセキュリティも平気で突破してくるんだから、軍事AIか秘匿AIか、そんな類いの代物かなって?」


「警戒したところで無駄ならインストールしてみるしかないだろ?」


「やめた方が良いのに、なんか気になるんだよな……」


 俺はため息をついて、スマートフォンを持ち直した。


 インストールを示すバーは、まだ途中で止まっている。


 ケビンの声だけが、今日も教室中によく響いていた。




 放課後。


 文化祭を目前に控えた尾張ミヤズ高校二年N組の教室には、出し物に使うMRゴーグルや、工具の入った箱が積み上げられていた。


 壁には校舎の見取り図が貼られ、あちこちにチェックマークが書き込まれている。


 今年の出し物は、MRゴーグルを使った校内周遊型のリアル脱出ゲームだ。


 現実の風景に仮想映像を重ね、校舎そのものを巨大なゲーム空間に変えるという、なかなか大掛かりな企画だった。


 とはいえ、準備にはある程度の目処が立っている。


 そんなわけで、俺たちは文化祭の作業をそっちのけにして、例の怪しいアプリの登録に勤しんでいた。


「何これ……個人情報、勝手に覗かれてない?」


 小鳥遊《たかなし》ニコが、スマートフォンを覗き込みながら顔をしかめた。


「そうなんだよ! 閲覧履歴に交友関係、チャットログ、画像データまで調べるらしいぜ!」


 得意げに答えたのは、もちろんケビンだ。


「しかもな、今みんなが答えてる設問! これ、適当に入力しても診断結果には大して影響しないらしい!」


「そんな……! 私、アンインストールする!」


「あっ! ニコ、悪い! 言ってなかったけど、そのアプリ消せないんだわ!」


「……は?」


 ニコの指が止まった。


「そんなはずないでしょ!」


「いや、マジマジ! ほれ、ちょうどニュースでもやってるぜ!」


 ケビンがスマートフォンの画面をこちらへ向ける。


『――SNSや動画配信などを通じて拡散しており、すでに中高生を中心に被害が広がっています。問題のアプリは通常の操作では削除できないとの報告もあり、関係機関が調査を進めています。安易にインストールしないよう、十分にご注意ください』


「な?」


「『な?』じゃないでしょ!」


 ニコが声を上げる。


「どうするの、これ……。ルカくんは? まだ設問に答えてるの?」


「うん。かなり長いな、これ」


「よく続けられるね……」


「いや、もうインストールしちゃったし。消せないなら、何ができるのか確かめておきたいだろ」


 そう言いながらも、気味が悪いことに変わりはない。


 閲覧履歴に交友関係、チャットログまで勝手に読み取られている。おまけに削除もできない。


 いったい、何のためにそこまで調べる必要があるんだ?


 俺はスマートフォンに視線を戻した。


 画面には、次の質問が表示されている。


『あなたの好きな季節を選んでください』


 《春》 《夏》 《秋》 《冬》


 俺は《秋》を選んだ。 





「……終わった」


 ようやく最後の設問を送信した。


 画面が暗転し、中央に小さな文字が浮かび上がる。


『適性診断が完了しました』


 続いて、七つのアプリ名と星の数が表示された。


 その中で、ひとつだけ異様に目立つ項目がある。


『怪人変身 ★★★★★』


「……五つ?」


「おいおい、マジかよ!?」


 横から覗き込んでいたケビンが声を上げる。


「有門! お前、最高適性じゃねえか!」


「だから何なんだよ、これ……」


 怪人変身アプリ。


 その名前を指で押す。


 画面が切り替わった。


 黒い背景の中央に、一枚の顔写真が浮かび上がる。


 人間のものとは思えない、異様な顔。


 それなのに、なぜか目が離せなかった。


 写真の下に、白い文字が表示された。


 ――補完の怪人:有門ルカート――



 ――06日03時間54分23秒

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白い内容で続きが気になりました!
2026/10/19 18:29 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。