九十七話
「鼓膜と胃壁が物理的に崩壊するわ!」という駆の魂の絶叫がキャンパスの夜空に吸い込まれてから一夜。
翌日の18時。天宮ミルクのチャンネルでは、どこか緊迫感のあるサスペンス映画風の重厚なBGMとともに、緊張感漂う生配信がスタートしていた。
タイトル:『【心臓バクバク】100個の中に1個だけ爆発巨大風船!? 恐怖のロシアンルーレット雑談&重大発表予告!』
前夜のアロマ配信での激甘な「大切な存在」発言の余韻も冷めやらぬまま、まさかの超体感スリル企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「昨日の告白(?)からの温度差で風邪引くww」「ヒューガの胃壁が今日も試されている」「タイトル末尾の『重大発表予告』って何!?」「まさか秋休みの長編企画か!?」と大騒ぎで押し寄せ、開始数分で同接数は140万人を軽々と突破していた。
【ロシアンルーレット風船きたあああ!】
【部室の中央に巨大な赤風船がデンと鎮座してて草】
【※安全な音圧調整済み特殊風船を使用しています】
【重大発表ってマジで何!?】
――18時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、部室の中央に置かれた巨大な赤い風船と、その周りを囲む99個の小さなパステル風船。黒いスーツに身を包んだヒューガと、怪盗風のシルクハットをかぶった天宮ミルク(3D)が、針を持った手(※先端は安全カバー付き)を震わせながら立っていた。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。天宮さんが持ってきた『超・巨大圧力風船』です。100分の1の確率で、針を刺した瞬間に派手な音と紙吹雪が弾けます。……なんで俺が黒スーツを着せられて、命がけのロシアンルーレットにつき合わされてるんだよ。助けてください」
「こんミルク〜! スリルとサスペンスでみんなのハートを射抜く『怪盗ミルク』です〜!」
「勝手に怪盗を名乗るな!! なんで配信開始1分で俺の手に針を握らせて『さあ、刺してください!』って催促してんだよ!! 高所恐怖症より高音爆発音の方が怖いんだよ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の黒スーツ&スリルツッコミ】
【ヒューガの黒スーツ姿が無駄にスタイリッシュ】
【重大発表が気になりすぎる】
そこへ、風船の内部圧力と安全性を無駄に科学的に検証すべく、Discord経由で仲間たちが緊迫した声で通信を入れてくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の圧力計算によれば、その巨大風船の皮膜強度は極限状態です。次の1刺しで弾ける確率が14.2%まで上昇しています』
「精密なパーセンテージを出して恐怖感を煽るな!! 手が震えて針を落としそうだわ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……闇の針よ、その風船に封印されし『爆発の魔術』を解き放つがいい!(※背後で風船が割れる効果音を連打)』
「効果音アプリで破裂音を鳴らすな魔王!! 本気でビクッてなっただろ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの確率回避解析データにより、爆発を回避する秘策が判明しました!「風船に向かって『キャベツ!』と一喝して圧力を下げる」です!』
「一喝で風船の空気が抜けるわけねぇだろ!! 物理法則を無視するな!!」
【確率14.2%の恐怖ww】
【効果音でビビらせる魔王草ww】
【『キャベツ!』で圧力低下提案ww】
【同接破竹の180万人突破!】
仲間たちのハチャメチャな妨害を乗り越え、交互に風船へ針を刺していく二人。
「……くっ、次俺か……! えいっ!」
パパンッ! と小さな風船が軽やかな音で割れ、色とりどりの紙吹雪が舞う。
「ふぅ……セーフだ……。次は天宮、お前だぞ」
「はいっ! エイッ……きゃっ!?」
みずきが針を刺した瞬間――バンッ!! と重厚な音とともに中央の巨大風船が弾け飛んだ!
大量の金銀の紙吹雪と、キャベツ型の小さなぬいぐるみが部室中に舞い散る!
「「うわああああっ!?」」
驚きのあまり抱き合いながら床に倒れ込む二人! 紙吹雪がパラパラと降り注ぐ中、二人は顔を見合わせて思わず吹き出した。
「……ハぁ……ハぁ……。心臓止まるかと思ったぞ……!」
「ふふっ、あはは! 日向くん、紙吹雪まみれですよ〜!」
紙吹雪を頭に乗せたまま笑うみずきの姿に、同接195万人のリスナーは大爆笑と「神引きww」「二人ともリアクション最高」「てぇてぇ」のスパチャで溢れ返った。
――そして、息を整えた配信の終盤。
みずきは衣装のハットを脱ぎ、画面に向かって少し真面目な、でもワクワクした表情でマイクを握り直した。
「……さて! みなさん、楽しんでいただけましたか? 配信のタイトルにもあった通り、ここで天宮ミルクから『重大発表』があります!」
「……おう。リスナーのみんな、心の準備はいいか?」
コメント欄が「きた!!」「何!? ライブ!?」「コラボ!?」「新衣装!?」と高速で流れる中、みずきは胸を張って高らかに宣言した。
「来週から大学の『秋休み』に突入するのを記念して……『天宮ミルク&ヒューガ、秋の大型連休・全国出張(暴走)ロケキャンパスツアー!』を開催しま〜す!!」
画面に躍り出た特製スライドには、日本地図とともに『全国のユニークな大学キャンパス&特産地を巡る、1週間の大型連続生配信ロケ』の文字がどーんと映し出された。
【マジでええええええええ!?】
【部室を飛び出して全国ロケツアー!?】
【秋休みの大型連休企画きたあああ!!】
【部室の外でもヒューガの胃壁が死ぬww】
「……というわけでみなさん、次回第98話からは、部室を飛び出した『全国ロケ編』がスタートします! どこへ行くかは……次回の配信をお楽しみに〜!」
「……部室を飛び出しても、俺のツッコミと胃痛の毎日は終わらねぇってことだな……。まあ、覚悟決めて付き合ってやるよ!」
同接200万人を突破したリスナーからの大歓声と歓喜のスパチャに包まれ、部室での日常回はひとつの大きな節目を迎え、物語は次なる大舞台「全国出張ロケ編」へと繋がっていくのだった。
――配信終了後。紙吹雪をほうきで履き清め、荷物をまとめる夜の部室。
黒スーツのジャケットを脱ぎ、温かい缶コーヒーを飲みながら窓の外を見上げる駆。
「……ハぁ……。部室を出て全国ロケか……。また天宮のことだから、とんでもねぇ旅程を組んでそうだな……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣で荷物をカバンに詰め終えたみずきが、冷たい缶のいちごミルクを両手に持ち、目をキラキラと輝かせて駆の隣に並ぶ。
「日向くん、楽しみですね! 部室の外でも、ミルクと一緒にいっぱい思い出作りましょうね!」
駆は一口コーヒーを流し込み、みずきの頭に残っていた紙吹雪を指先で優しく払ってやりながら、呆れつつも柔らかく笑った。
「……へいへい。どこへ行こうが、お前が無事ならそれでいいよ。……しっかり俺についてこいよ、パートナー」
みずきは一瞬驚いたように目を丸くし、それから秋の夜空に浮かぶ満月よりも眩しい、飛び切りの笑顔を咲かせた。
「はいっ! 日向くんの隣なら、どこまでだって飛んでいけます!」
弾ける笑顔と、静かに忍び寄る秋休みの足音。
部室という小さな秘密基地を飛び出し、物語はより大きな未来と、二人だけの特別な旅路へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに、そしてどこまでも続いていく――。




