九十六話
「火災報知器が(デジャヴ)発動するわ!」という駆の至極全当なツッコミが夜風に溶けてから一夜。
翌日の19時。天宮ミルクのチャンネルでは、ゆったりとしたラベンダー色のBGMと、怪しい(?)揺らめく灯りに包まれた超幻想的な生配信がスタートしていた。
タイトル:『【火気厳禁対策】部室が極上スパに!? 100個の「LEDアロマキャンドル」で心身冷却&本音癒やし雑談!』
前回のキャベツ城合戦の甘いパニックから一転、まさかの超・癒やしアロマ企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「火気厳禁対策でLED+アロマディフューザーにしてて草」「学んだなヒューガ」「部室の雰囲気がムーディーすぎるww」「ヒューガの部屋着風パジャマ姿たすかる」と大歓喜し、開始数分で同接数は140万人を軽々と突破していた。
【LEDアロマキャンドルきたあああ!】
【火気厳禁をしっかり守るVTuberの鏡】
【※柑橘系とキャベツ香(?)のアロマが充満しています】
【ヒューガのゆる着&メガネ姿てぇてぇ】
――19時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、照明をすべて落とした部室。床や棚の上に100個のゆらゆらと揺れるLEDキャキャンドルが敷き詰められ、アロマディフューザーから心地よい白いミストが立ち上っている。ゆったりとしたグレーの部屋着を着たヒューガと、モコモコのルームウェア姿の天宮ミルク(3D)が、クッションの上に座っていた。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。昨日の俺の激怒を受け、本物の火ではなく『100個のLEDゆらぎライト』と『超音波アロマディフューザー』で安全に演出されています。火災報知器は反応しません。……ですが、アロマの香りが充満しすぎていて部屋が完全に高級スパです。落ち着きません。助けてください」
「こんミルク〜! 日常の疲れをぜんぶ吹き飛ばす『アロマセラピスト天宮』です〜!」
「勝手にセラピストを名乗るな!! なんで部室の中でアロマ焚いて瞑想しようとしてんだよ!! あとアロマオイルの中に『ほんのりキャベツの香り』を混ぜるな!! シトラスの爽やかさの後からキャベツ畑の風が追いかけてくるんだよ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の完全安全対策ツッコミ】
【キャベツ畑の風が吹くアロマww】
【ヒューガの部屋着姿が無駄にカッコいい】
そこへ、アロマの癒やし効果を科学的・霊的に検証すべく、Discord経由で仲間たちが囁き声で通信を入れてくる。
黒羽レン『……(囁き声)ヒューガさん、僕の計算によれば、LEDの1/fゆらぎとシトラスキャベツの香りの相乗効果により、5分後にヒューガさんの副交感神経が優位になり、睡魔が襲ってきます』
「……(小声)雑談配信中に寝かせるな!! 睡眠配信にする気か!!」
鳳凰院カグラ『……(低音)クックック……闇の香炉より放たれし『安らぎの呪言』を受けよ……(※ヒーリングベルの音を鳴らす)』
「……(小声)チーンってベル鳴らすな魔王!! 瞑想が深まりすぎて本当に意識が飛びそうになるだろ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIのアロマ解析データにより、最もリラックスできるポーズが判明しました!「二人で背中合わせに座って『すーはー』と深呼吸する」です!』
「背中合わせは距離が近すぎるわ!! 逆に緊張して交感神経が跳ね上がるんだよ!!」
【睡魔を送り込むレンww】
【ヒーリングベルを鳴らす魔王草ww】
【背中合わせの深呼吸提案ww】
【同接破竹の175万人突破!】
仲間たちのハチャメチャな癒やし攻撃(?)を小声でさばきつつ、あたたかなLEDの灯りの中で、クッションに深く腰掛けてゆったりと雑談を続ける二人。
「……まあ、でも……毎日騒がしい企画ばっかりやってたから……こうやって静かに話すのも……悪くねぇな……」
「ふふふ、そうでしょう〜? 日向くん、最近ずっとミルクの無茶振りに付き合ってくれて……疲れていませんか?」
「ん? 疲れ……まあ、胃は痛ぇけどな。でも、お前が楽しそうに笑ってりゃ、別に嫌じゃねぇよ」
ゆらゆらと揺れる橙色の光の中、ふと見つめ合う二人。みずきは抱えていたクッションをぎゅっと抱きしめ、少し上目遣いで愛おしそうに呟いた。
「ミルクね、日向くんと出会えて……隣で一緒に笑えて、本当によかったです。日向くんは……ミルクのこと、どう思っていますか……?」
静寂の部室に落ちた、あまりにも真剣で甘い問いかけ。
駆はドキンと胸を叩く鼓動を感じながら、照れくさそうに首の後ろを掻き、でも逃げずにまっすぐみずきの目を見返した。
「……っ。……お前がいないと……俺の毎日、絶対に退屈だからな。……大事な相方……ううん、それ以上に……大切な存在だよ」
「……っ……! 日向くん……っ!」
素直すぎる駆の本音(?)に、みずきは顔をぽっと赤く染めて嬉しそうに目を潤ませ、コメント欄とスパチャは大爆発を起こした!
【おいおいおい本音漏れてるぞ!!】
【「大切な存在」いただきましたあああ!】
【アロマの雰囲気でヒューガの防衛線が決壊したww】
【全人類尊死(本日も無事死亡)】
照れくささで爆発しそうになり「~〜~っ!? い、今の無し!! アロマの香りで口が滑っただけ!!」と大慌てで補足する駆と、胸の前で手を握りしめて「ふふっ、聞き逃しませんでした〜!」と飛び切りの笑顔を見せるみずき。
同接195万人のリスナーから「V界一甘いアロマ配信」「ヒューガ素直すぎて最高」「神回」「永遠にてぇてぇしてろ」と大量のスパチャが降り注ぎ、アロマ癒やし配信は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
――配信終了後。LEDキャンドルを片付け、明かりを点けた夜の部室。
部屋着の襟元を引っ張り、冷たい缶コーヒーで火照った顔を冷やす駆。
「……ハぁ……。アロマの空間ってのは……恐ろしいな。思考回路がおかしくなる……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣でモコモコのルームウェアのまま、冷たい缶のいちごミルクを持してみずきが、嬉しそうに駆の顔を覗き込む。
「日向くんが言ってくれた『大切な存在』……ミルクの心のアロマオイルになりました!」
駆は一口コーヒーを流し込み、耳まで真っ赤にしながら、照れくさそうに明後日の方向へ顔を背けた。
「……ッ、忘れろって言っただろ。……たく、調子が狂うわ」
みずきは嬉しそうに目を細めると、キャンドルの光よりも温かい、飛び切りの笑顔を咲かせた。
「はいっ! 絶対に忘れません! 日向くんと一緒なら、部室はいつだって世界一あたたかい場所です!」
「へいへい。……で、アロマ癒やし雑談も終わったし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『癒やしの後は超・大迫力! 部室で100個の風船を爆破させる恐怖のロシアンルーレット爆走配信』です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「静寂の後に心臓に悪い爆音を持ち込むんじゃない!!!! 鼓膜と胃壁が物理的に崩壊するわ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。
揺れるキャンドルに灯した本音を胸に、次なる爆音ロシアンルーレット(?)へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




