九十四話
「湿気でパソコンが壊れるわ!」という駆の至極全当な悲鳴が夜のキャンパスに木霊してから一夜。
翌日の18時。天宮ミルクのチャンネルでは、鳥のさえずりと川のせせらぎ、優雅なボサノバBGMが流れる、まるで熱帯雨林のような生配信がスタートしていた。
タイトル:『【部室緑化計画】部室がジャングルに!? 100鉢の観葉植物で奇跡のマイナスイオン空間&自家製キャベツ栽培配信!』
前回のダンボール迷路の密着脱出劇から一転、まさかの超自然系・環境癒やし企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「部室の緑化率が100%超えてて草」「画面が緑一色ww」「ヒューガの麦わら帽子&作業服姿たすかる」「湿気対策万全で草」と大喜びで集結し、開始数分で同接数は140万人を軽々と突破していた。
【部室ジャングルきたあああ!】
【観葉植物の量が本格的な園芸店レベルで草】
【※強力除湿機3台を稼働させ精密機器を完全保護しています】
【ヒューガの作業着&麦わら帽子姿てぇてぇ】
――18時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、ガジュマル、パキラ、モンステラなど、足元から天井まで100鉢以上の青々とした観葉植物で埋め尽くされた部室。麦わら帽子をかぶりデニムの作業着を着たヒューガと、可愛いエプロン姿でじょうろを持った天宮ミルク(3D)が、緑の葉っぱの隙間から顔を出していた。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。昨日の俺の激怒を受け、部室の四隅に業務用強力除湿機が3台導入されました。湿気によるパソコンの故障対策は万全です。……が、視界の8割が葉っぱです。酸素濃度が高すぎて逆にクラクラします。助けてください」
「こんミルク〜! 都会の喧騒を忘れて『V界のネイチャーヒーラー』を目指すボタニカル天宮です〜!」
「勝手にネイチャーヒーラーを名乗るな!! なんで部室の中にこんな密林を作ってんだよ!! じょうろで水やりするたびに『部室で森林浴』じゃなくて『部室で田植え』みたいになってんだよ!! あと奥のプランターで本格的なキャベツの苗を植え始めるな!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の業務用除湿機3台ツッコミ】
【酸素濃度が高すぎてクラクラするヒューガ草ww】
【部室でキャベツの栽培を始めるな】
そこへ、植物の知識と緑化計画のアドバイス(?)を行うべく、Discord経由で仲間たちが森の妖精気取りで通信を入れてくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の環境計算によれば、その植物量によるマイナスイオンの発生量は通常の400%です。ヒューガさんのストレス値が5分後にゼロになります』
「ストレス値がゼロになる前に葉っぱで視界が遮られて足元を踏み外すわ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……見よ! 我が闇の魔術『樹海召喚』により、この部室を永遠の魔界の森へ変えてやろう!(※背景に怪しい緑のオーラ演出)』
「変なエフェクトで画面を緑色にするな魔王!! 視聴者の画面がバグったと思うだろ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの植物育成解析データにより、キャベツの苗が爆速で育つ秘策が判明しました!「毎日プランターに向かって『キャベツ、愛してるぞ』と囁く」です!』
「植物に愛の告白をさせようとするな!! 精神的負荷がすごすぎるわ!!」
【マイナスイオン400%ww】
【画面バグレベルの緑オーラ魔王草ww】
【『キャベツ、愛してるぞ』ww】
【同接破竹の175万人突破!】
仲間たちのカオスな口出しを受けつつも、二人で仲良くプランターに土を入れ、キャベツの苗を植えて水やりをする心温まるボタニカルタイムへ。
「……まあ、でも……確かに木の匂いがして……除湿機のおかげでサラッとしてるし、案外悪くねぇな……」
「ふふふ、そうでしょう〜! ほらヒューガさん、葉っぱの間から夕陽が差し込んで……すっごく綺麗ですよ!」
観葉植物の隙間から差し込むオレンジ色の木漏れ日が、二人を柔らかく包み込む。
みずきはじょうろを置き、葉っぱを優しく触りながら、ふんわりとした笑顔で駆を振り返った。
「こうやって日向くんと一緒に緑に囲まれていると……なんだか、二人だけの小さな秘密の森にいるみたいで、すっごく落ち着きます」
「……ッ! ……あ、あぁ……そうだな」
木漏れ日の中で柔らかく笑うみずきの姿に、駆は胸がドキンと跳ねるのを感じ、照れくさそうに帽子のツバを深くかぶった。
そのあまりにも幻想的で穏やかな「てぇてぇ」空間に、同接195万人のリスナーから「森林浴配信と思ったら最高のラブコメだった」「木漏れ日と二人が美しすぎる」「マイナスイオンよりキュンキュン効果がヤバい」「神回確定」とスパチャの雨が降り注ぎ、部室緑化配信は大成功のうちに幕を閉じたのだった。
――配信終了後。観葉植物を少し片付け、プランターを窓際に並べた夜の部室。
麦わら帽子を脱ぎ、温かい缶コーヒーを飲みながら深く息をつく駆。
「……ハぁ……。緑に囲まれて水やりすんのも……思った以上に癒やされたな……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣でエプロンを外し、冷たい缶のいちごミルクを美味しそうに飲むみずきが、嬉しそうに駆の横顔を見つめる。
「日向くんが植えてくれたキャベツの苗、大切に育てて、おっきくて美味しいキャベツにしましょうね!」
駆は一口コーヒーを流し込み、窓際に置かれた小さな緑の芽を見つめながら、照れくさそうに柔らかく笑った。
「……まあ、お前が毎日嬉しそうに水やりするなら、育てるのも悪くねぇよ」
みずきは一瞬驚いたように目を丸くし、それから夕陽よりも温かい飛び切りの笑顔を弾けさせた。
「はいっ! 日向くんと一緒に育てるキャベツは、世界で一番甘くて美味しいキャベツになります!」
「へいへい。……で、部室ジャングル化も落ち着いたし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『自然の癒やしの後は超・大迫力! 部室に100個のダンボールで作った巨大キャベツ城を建設して合戦雑談配信』です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「部室の中に城を建てるんじゃない!!!! 築城資材で部室の床が抜けるわ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。
木漏れ日の温かな癒やしを経て、次なる築城(?)の暴走へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




