九十三話
「狭すぎて出口にたどり着けないわ!」という駆の至極全当な説教がキャンパスの夜空に響いてから一夜。
翌日の18時。天宮ミルクのチャンネルでは、ガサガサと段ボールが擦れ合うクラフト感満載の音とともに、秘密基地のような怪しいカメラアングルから生配信がスタートしていた。
タイトル:『【部室狭小化】部室全体が迷宮に!? 100枚の特大ダンボール迷路から無事に脱出せよ!』
前回のAIロボット暴走から一転、まさかの超アナログ構造物企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「部室の原型が留められてなくて草」「天井まで届く段ボール壁ww」「ヒューガの探検家ヘルメット助かる」「脱出ゲーム始まってて草」と大盛り上がりで集結し、開始数分で同接数は140万人を軽々と突破していた。
【段ボール迷路きたあああ!】
【カメラの画角が狭すぎて壁しか映ってないww】
【※避難経路および非常口は確保済みです】
【ヒューガの探検ライト&ヘルメット姿てぇてぇ】
――18時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、100枚以上の特大段ボールがジョイントテープでガチガチに連結され、人ひとりがギリギリ通れる幅に組み上げられた部室内の巨大迷路。ヘッドライト付きのヘルメットをかぶったヒューガと、お揃いの探検家コスチュームに身を包んだ天宮ミルク(3D)が、迷路のスタート地点に並んでいた。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。昨日の俺の警告を受け、非常口の通路は確保されています。ですが部室の9割がダンボールの壁で埋まりました。狭いです。暗いです。天宮さんと肩が触れ合う距離感です。助けてください」
「こんミルク〜! 部室の迷宮を制覇して『世界一のトレジャーハンター』を目指す天宮ミルクです〜!」
「トレジャー探す前に出口を探せ!! なんで部室の中にこんな本格的な迷路作ってんだよ!! 壁が薄いからちょっと体重かけたら迷路ごと全倒壊するだろ!! 慎重に歩け!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の肩すり寄せ距離感ツッコミ】
【ちょっと体重かけたら全倒壊草ww】
【距離が近すぎてリスナー歓喜】
そこへ、迷路のナビゲーター(?)として、Discord経由で仲間たちが無駄に深刻な声で通信を入れてくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕が部室の設計図から起こした最短脱出ルートによれば、3つ目の角を右、次を左折です。ただし、5つ目の角に『行き止まりの罠』が存在します』
「自分で作った迷路に罠を仕仕掛けるな!! 早く外に出させろ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……迷い込みし哀れな迷子たちよ! 我が闇の迷宮に蠢く『恐怖のモンスター(※ラジコンのヘビ)』の犠牲となるがいい!』
「狭い足元でラジコンのヘビ走らせるな魔王!! 驚いて壁に激突したら迷路が崩壊するだろ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの迷路脱出解析データにより、100%壁を突き破る(?)秘策が判明しました!「右手で壁を触り続けながら『キャベツ!』と叫んで前進する」です!』
「『右手の法則』は普通に言え!! なんで最後に『キャベツ!』って叫び声を付け足すんだよ!!」
【行き止まりの罠ww】
【ラジコンヘビで全倒壊の危機ww】
【右手の法則(キャベツ付き)】
【同接破竹の175万人突破!】
仲間たちのハチャメチャな妨害を回避しながら、すれ違うのもやっとの狭いダンボールの通路を慎重に進む二人。
「うわっ、ヒューガさん! 足元に何かあります〜!」
「おっと危ねぇ! ……ッ!?」
曲がり角でバランスを崩したみずきを、駆がとっさに抱き寄せるようにして支える。狭い空間の中で、互いの息遣いがはっきりと聞こえるほどの超至近距離。
「……大丈夫か、天宮」
「あ……は、はいっ……! 日向くん、ありがとうございます……っ」
ヘッドライトの明かりが二人の顔を照らし、みずきの頬がほんのり赤く染まる。カメラの画角いっぱい映し出されたその甘すぎる瞬間に、コメント欄とスパチャは怒濤の大爆発!
【壁になりたい壁になりたい壁になりたい】
【抱き寄せたああああああ!!】
【狭い空間の威力ヤバすぎるww】
【全人類が尊死(本日2回目)】
「~〜〜っ!? ほ、ほら行くぞ! ゴールはもうすぐのはずだ!」
照れ隠しに大声で叫びながら先頭を歩く駆と、胸を押さえながら真っ赤な顔でついていくみずき。
直後、最後の曲がり角を曲がり、見事に「ゴール(部室のドア前)」へ脱出成功!
同接195万人のリスナーから「V界一キュンキュンする脱出劇」「壁の狭さに感謝」「神回確定」「スパチャ置いときますね」とスパチャの雨が降り注ぎ、ダンボール迷路配信は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
――配信終了後。二人でダンボールを畳み、元の広さに戻った夜の部室。
ヘルメットを脱ぎ、温かい缶コーヒーを飲みながら顔の熱を逃がす駆。
「……ハぁ……。狭いところに閉じ込められるのは、精神的に寿命が縮むぞ……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣でヘルメットを外し、冷たい缶のいちごミルクを両手で持ちながら、みずきが愛おしそうに駆の横顔を覗き込む。
「でも……狭い迷路の中で、日向くんがギュッと支えてくれた時……ミルク、心臓がトントンって跳ねちゃいました」
駆は一口コーヒーを流し込み、耳まで真っ赤にしながら、照れくさそうに明後日の方向へ顔を背けた。
「……ッ、お前が転びそうになるから倒れそうになっただけだっつの。……たく、危ねぇ真似すんなよ」
みずきは嬉しそうに目を細めると、迷路を照らしていたライトよりも眩しい、飛び切りの笑顔を咲かせた。
「はいっ! でも日向くんと一緒なら、どんなに狭い迷路だって最高のドキドキ空間になっちゃいます!」
「へいへい。……で、ダンボール迷路も片付いたし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『狭い空間のあとは大自然の癒やし! 部室に100鉢の観葉植物を持ち込んで部室マイナスイオン化&キャベツ栽培配信』です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「部室を温室ジャングルにするんじゃない!!!! 湿気でパソコンが壊れるわ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。
暗闇の密着感と照れくささを越えて、次なるジャングル温室化(?)へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




