九十一話
「風船で埋め尽くしたら酸欠になるわ!」という駆の至極全当な説教が夜空に溶けてから一夜。
90話の節目を越えた翌日の19時。天宮ミルクのチャンネルでは、ポンポンと風船が跳ねる可愛らしい音とともに、パステルカラーに染まった部室から生配信がスタートしていた。
タイトル:『【90話突破記念】部室が風船の海!? 100個のパステルバルーンの中で明かされる天宮ミルクの(超真剣)恋愛観雑談!』
プラネタリウムの静寂から一転、まさかの夢かわファンシー&恋バナ雑談企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「風船の量が女子部屋すぎて草」「酸欠回避してポンプで膨らませたのかww」「ヒューガの照れ顔確定回」「待って恋愛観トークは激熱すぎる」と大盛り上がりで集結し、開始数分で同接数は140万人を軽々と突破していた。
【風船の海きたあああ!】
【部室の床が見えないくらいカラフルで草】
【※すべて空気ポンプで手動膨らまし済みです】
【ヒューガのカーディガン姿てぇてぇ】
――19時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、赤、ピンク、白のパステルカラーの風船が床一面を埋め尽くす部室。ゆったりとした萌え袖カーディガン姿のヒューガと、大きなリボンをつけた天宮ミルク(3D)が、風船の海の中に埋もれるように座っている。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。昨日の俺の警告を受け、ヘリウムガスではなく手動ポンプで風船100個を膨らませました。酸欠の心配はありません。ですが腕がパンパンです。そして、今日のテーマが『理想の恋愛観』だそうです。居心地が悪すぎて退出したいです。助けてください」
「こんミルク〜! 90話分の感謝を込めて、みんなと『キュンキュンする恋のお話』がしたい天宮ミルクです〜!」
「なんでVの配信で男二人……じゃなくて相方とサシで恋愛観を語らなきゃいけないんだよ!! リスナーも絶対『ヒューガの胃痛回』だと思ってニヤニヤしながら観てんだろ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の恋愛観回避ツッコミ】
【手動ポンプで腕パンパンのヒューガ草ww】
【リスナー全員ニヤニヤしながら観てます】
そこへ、恋の心理分析(?)を行おうと、Discord経由で仲間たちが興味津々で通信を入れてくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕のデータ分析によれば、天宮さんのような『ド天然・高エネルギー型』とヒューガさんのような『 grounded・包容力型』のカップル成立確率は98.2%です』
「カップル成立のデータ分析をするな!! 誰が誰とカップルになる話をしてんだよ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……見よ! 我が魔界の『恋愛成就の黒魔術』を伝授してやろう!(※ただの恋愛心理テスト術)』
「心理テストのフリして変な誘導尋問するな魔王!! 絶対に引っかからんからな!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの恋愛成就データにより、理想の告白フレーズが判明しました!「毎日俺のキャベツスープを飲んでくれ!」です!』
「プロポーズの味噌汁みたいなノリでキャベツスープを出すな!! 食生活の拘束が激しいわ!!」
【カップル成立確率98.2%ww】
【魔界の心理テスト草ww】
【キャベツスーププロポーズww】
【同接破竹の175万人突破!】
仲間たちのカオスな煽りを速攻で打ち払い、風船をぽんぽんと手で弾かせながら、話題は「天宮ミルクの理想の恋愛観」へ。
「ねえねえヒューガさん! ミルクの『理想のタイプ』って、どんな人だと思いますか〜?」
「知らん。どうせ『一緒にキャベツを食べてくれる人』とか『風船を100個膨らませてくれる不審者』とかだろ」
みずきは風船を抱きかかえ、少し照れたように首をかしげると、ふんわりと柔らかい瞳で画面越しに(そして駆を直視して)語り始めた。
「う〜ん、違いますよ〜! ミルクの理想の人はね……『ミルクがどんなに無茶な暴走をしても、いつも本気で向き合って、一番近くで声を枯らして受け止めてくれる人』です!」
「……ッ!?」
突然の直球すぎる言葉に、駆は一瞬言葉を失い、喉をゴクリと鳴らした。
「それにね、ミルクが迷ったり困ったりした時に、絶対に手を離さないで『たく、仕方ねぇな』って笑って隣にいてくれる人。そういう人が、世界で一番格好良くて、大好きなんです!」
あまりにも具体的で、誰のことを指しているのか分かりやすすぎる告白(?)に、コメント欄は大爆発!
【これ実質ヒューガのことじゃねえかあああ!!】
【公開告白助かる】
【ヒューガの顔が真っ赤になってて草ww】
【てぇてぇのオーバーヒート!!】
「~〜〜っ!? お、おい天宮! 急に何を具体的な話をし始めてんだよ!!」
「えへへ、リスナーさんからの質問に正直に答えただけですよ〜! 日向くんはどうなんですか? 理想のタイプ!」
「お、俺は……っ! ……『余計な暴走をして俺の手を焼かせない、大人しくて静かな奴』だ!!」
「え〜っ! それじゃミルク、全然当てはまらないじゃないですか〜!」
「当てはまらなくていいんだよバカ!!」
顔をリンゴのように真っ赤にして絶叫する駆と、風船を抱えて嬉しそうにキャッキャと笑うみずき。
同接195万人のリスナーから「ヒューガのツンデレごちそうさま」「両片思い最高すぎる」「全人類が尊死した」「神回確定」と、画面が見えなくなるほどのスパチャと歓喜のコメントが降り注ぎ、90話突破記念配信は大盛盛況のうちに幕を閉じたのだった。
――配信終了後。パステルカラーの風船が転がる、静かになった夜の部室。
カーディガンの襟元を引っ張り、顔の熱を逃がしながら冷えた缶コーヒーを飲む駆。
「……ハぁ……。心臓が破裂するかと思ったぞ……。お前、配信で何を言ってるんだ……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣で風船の上にちょこんと座り、冷たい缶のいちごミルクを両手で持ってみずきが、上目遣いで駆の顔を覗き込む。
「ミルク、嘘は言っていませんよ?……日向くんが隣にいてくれるから、ミルクはいつでも一番素直な自分でいられるんです」
駆は一口コーヒーを流し込み、自分の首の後ろを真っ赤にしながら、照れくさそうに顔を反対側へ背けた。
「……ッ、たく。……お前がそういう素直なこと言うから、調子が狂うんだよ。……まあ、お前の暴走を止めるのは俺の仕事みたいなもんだけどな」
みずきは一瞬驚いたように目を丸くし、それから風船が弾けるよりも可愛らしく、太陽のような笑顔を咲かせた。
「はいっ! 日向くんが隣にいてくれるなら、ミルクの恋も大冒暴走も、ぜんぶ世界一の宝物です!」
「へいへい。……で、胸キュン(不意打ち)雑談も終わったし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『恋の試練の後は超ハイテク! 部室にAIロボットを導入してキャベツ自動給仕システム開発配信』です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「部室に勝手にあやしいロボットを持ち込むんじゃない!!!! 暴走して部室を破壊される未来しか見えないわ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。
甘く甘く跳ねる恋の距離感を踏み出し、次なるハイテク暴走(?)へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




