八十八話
「乾燥して床にへばりついたら二度と取れなくなるわ!」という駆の悲鳴にも似たツッコミが秋のキャンパスに響いてから一夜。
翌日の18時。天宮ミルクのチャンネルでは、静かなアトリエを思わせるクラシックBGMとともに、どこか芸術的な(?)生配信がスタートしていた。
タイトル:『【芸術の秋】部室が美術館に!? 100キロの粘土で巨大キャベツ彫刻&お互いの似顔絵造形対決!』
前回の爆走大運動会から一転、まさかの芸術・造形企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「粘土100キロの質量がおかしいww」「ブルーシートの敷き詰め方がガチ」「ヒューガのエプロン姿たすかる」「絶対粘土まみれになるやつ」と大喜びで集結し、開始数分で同接数は135万人を軽々と突破していた。
【芸術の秋(物理)きたあああ!】
【部室の床に超厚手ブルーシートが3重に敷かれてて草】
【※粘土は水で簡単に落とせる工作用の安全素材です】
【ヒューガの黒エプロン&腕まくり姿てぇてぇ】
――18時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、3重にブルーシートが敷き詰められた部室。その中央には、グレーの巨大な粘土の山(100キロ)がドッサリと鎮座している。画家のベレー帽をかぶり黒エプロンを着たヒューガと、同じくエプロン姿で粘土ヘラを両手に構えた天宮ミルク(3D)が立っていた。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。昨日の俺の激怒を受け、水で綺麗に落ちる特殊な安全粘土とブルーシートで完全防護されました。へばりつく心配はありません。……が、目の前にある粘土の固まりがデカすぎて岩石にしか見えません。助けてください」
「こんミルク〜! 芸術の才能を開花させて『V界のミケランジェロ』を目指す天才造形家・天宮ミルクです〜!」
「勝手にミケランジェロを名乗るな!! なんでこの100キロの粘土塊を二人でこねて、巨大キャベツと『お互いの顔』を彫刻しなきゃいけないんだよ!! パン職人でもこんな量の粘土こねねぇぞ!! 腕の筋肉がまた破壊されるわ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の完全防護&質量ツッコミ】
【ミケランジェロ天宮草ww】
【100キロこねるパン職人ヒューガ】
そこへ、造形のアドバイスと作品批評(?)を行うべく、Discord経由で仲間たちが画廊のオーナー気取りで接続してくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の計算によれば、その粘土に水を200ミリリットル加えて均一に捏ねることで、引張強度が1.5倍になり、崩れにくいパーフェクトなキャベツの葉が再現できます』
「理系的な粘土調整アドバイス助かる!! でも200ミリリットルの水じゃこの100キロの岩石ビクともしないんだよ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……見よ! 我が暗黒の造形美『魔界のガーゴイル』をこの粘土で具現化してやろう!(※画面越しにエア彫刻)』
「エアで彫刻するな魔王!! 画面越しに手を動かされてもこっちの粘土は1ミリも形が変わらんのだよ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの芸術解析データにより、ルーブル美術館に飾られるレベルの傑作を作る秘策が判明しました!「自分の顔の型を取るために粘土に直接顔面をダイブさせる」です!』
「顔面に粘土がへばりついて窒息するわ!! デスマスクを作らせるんじゃない!!」
【水200mlじゃ足りないww】
【エア彫刻する魔王草ww】
【粘土顔面ダイブで窒息寸前提案】
【同接破竹の165万人突破!】
仲間たちのカオスな口出しを背に受けつつ、腕の全筋力を振り絞って100キロの粘土と格闘する二人!
「ぬぁぁぁぁっ!! こねろ!! 捏ね上げろ天宮!!」
「ハイッ! えいっ、えいっ! 日向くん、キャベツの葉っぱの丸みができてきました〜!」
汗を流しながら格闘すること1時間。二人の共同作業によって、大迫力の『巨大キャベツ彫刻』と、お互いの似顔絵(※みずき作の駆はなぜかツッコミポーズの手がやたらリアルで、駆作の姿は不格好ながらも笑顔がそっくりな作品)が完成!
「……ふぅ……できた……! 正直、めちゃくちゃ芸術的な達成感があるな……!」
「わぁ〜! 日向くんが作ったミルクの似顔絵、すっごく温かくて可愛いです〜!」
不格好ながらも愛の詰まった作品に、同接185万人のリスナーから「味がありすぎる」「二人の作品最高」「V界一の芸術回」「ヒューガの作ったミルク像てぇてぇ」とスパチャの雨が降り注ぎ、粘土造形配信は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
――配信終了後。ブルーシートを丸めて粘土を保管箱に片付け、手を綺麗に洗った夜の部室。
エプロンを外し、温かい缶コーヒーを飲みながら深く息をつく駆。
「……ハぁ……。全身粘土まみれになったが……無心で形を作るってのは、悪くない時間だったな……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣でエプロンを脱ぎ、冷えた缶のいちごミルクを美味しそうに飲むみずきが、嬉しそうに駆の横顔を見つめる。
「日向くんが一生懸命ミルクのお顔を作ってくれたの、一生の宝物にしたいくらい嬉しかったです!」
駆は一口コーヒーを流し込み、部屋の隅に置かれた不格好な粘土像を見つめながら、照れくさそうに首の後ろを掻いた。
「……たく。不器用だからあんまり上手く作れなかったけどな。……まあ、お前が笑ってくれたなら作った甲斐があったよ」
みずきは一瞬驚いたように目を丸くし、それから夕陽よりも温かい飛び切りの笑顔を弾けさせた。
「はいっ! 日向くんが作ってくれたミルクは、世界で一番大好きな笑顔の形です!」
「へいへい。……で、粘土造形も終わったし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『芸術のあとは大音響! 部室で100個の防音マットを敷き詰めて爆音キャベツカラオケ熱唱配信』です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「部室で爆音カラオケするんじゃない!!!! 近所迷惑で警察が飛んでくるわ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。
100キロの粘土格闘を乗り越え、次なる爆音カラオケ(?)の暴走へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




