八十七話
「潰れて部室が果汁まみれになるわ!」という駆の魂の叫びが夕空に響いてから一夜。
翌日の17時。天宮ミルクのチャンネルでは、運動会でおなじみのトランペット重奏(『天国と地獄』)が爆音で鳴り響く、超ハイテンションな生配信がスタートしていた。
タイトル:『【爆走】部室で大運動会!? 巨大柿&キャベツバルーンで激突大玉転がしレース!』
前回の雅な秋の味覚お食事会から一転、まさかの部室筋肉爆走企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「果汁まみれ回避してバルーンにしてて草」「運動会BGMで胃が痛くなるヒューガ」「赤組白組のハチマキたすかる」と大歓喜し、開始数分で同接数は130万人を軽々と突破していた。
【部室大運動会きたあああ!】
【部室の中にコーンと折り返し地点が設置されてて草】
【※中の果実はビニールクッション製の巨大バルーンです(安全)】
【ヒューガの体操服&赤ハチマキ姿てぇてぇ】
――17時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、部室の長机や椅子がすべて壁際に片付けられ、中央に作られた特設トラック。そこには直径1.5メートルを超える巨大な柿模様のバルーンと、キャベツ模様のバルーンがデンと鎮座している。
赤ハチマキを頭にしめた体操服姿のヒューガと、白ハチマキにメガホンを持った天宮ミルク(3D)がスタートラインに並んでいた。
「……みなさんこんにちは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。昨日の俺の説教を受け、柿もキャベツも潰れない『巨大クッションバルーン』に変更されました。果汁まみれにはなりません。……が、なんで狭い部室の中で大玉転がしレースをしなきゃいけないんだよ。助けてください」
「こんミルク〜! 秋の運動会で爆速を目指す『白組キャプテン天宮』です〜!」
「勝手に白組のキャプテンを名乗るな!! 俺が赤組で一人で大玉転がさなきゃいけないのなんでなんだよ!! 部室の幅がなさすぎて大玉が一回跳ねたら壁に激突するだろ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒のクッションバルーン安全対策ツッコミ】
【一人赤組のヒューガ草ww】
【部室の狭さで大玉転がしは無理がある】
そこへ、大運動会の実況&妨害を行うべく、Discord経由で仲間たちがピストルの音(効果音)とともに通信接続してくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の計算によれば、そのバルーンの空気圧と床の摩擦係数から、コーナーリング時に速度を15%落とさなければ部室のドアを突き破ります』
「ドアを突き破る速度で大玉転がすわけねぇだろ!! どんなF1グランプリだよ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……見よ! 我が暗黒の試練『障害物・麻袋ジャンプ』を通過してみせよ!(※画面手前に置かれた麻袋)』
「大玉転がしながら麻袋で跳びはねるの無理すぎるだろ魔王!! 転倒して顔面から大玉に潰されるわ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの運動会解析データにより、最も早くゴールできる秘策が判明しました!「玉を転がすのをやめて、自分が玉に乗って大転がりする」です!』
「玉乗りで室内爆走したら天井に頭ぶつけるわ!! 危険度跳ね上がってんだよ!!」
【ドア突き破るF1大玉転がしww】
【大玉×麻袋ジャンプの無理ゲー草ww】
【自分が転がるスタイルのルチア提案】
【同接破竹の160万人突破!】
「位置について……用意、パンッ!(※おもちゃのピストル)」というみずきの合図で、巨体バルーンを押して爆走し始める二人!
「うおぉぉぉ押しにくい!! バルーンが軽すぎて跳ね返ってくる!!」
「ヒューガさん負けませんよ〜! キャベツバルーン爆走です〜!」
コーナーで勢いが余り、壁のマットにダイブしながらも、持ち前の俊敏さで大玉をコントロールする駆。最後は二人同時に巨大バルーンをゴールラインへ押し込み、見事な「同点ゴール」!
「ハぁ……ハぁ……引き分けかよ……! 狭い部室で大運動会やるもんじゃねぇぞ……!」
「ふふふ〜! 引き分けだから二人とも金メダルです〜!」
手作りのキャベツ型折り紙金メダルを首にかけ合い、同接180万人のスパチャの嵐と「V界一過酷な運動会」「二人の躍動感ヤバい」「最高の秋回」というコメントでコメント欄は大盛り上がり。
――配信終了後。大玉を小さく折りたたみ、汗を拭う夕暮れの部室。
ハチマキを外し、温かい缶コーヒーを飲みながら深く息をつく駆。
「……ハぁ……。秋の味覚で蓄えたカロリーが全部吹き飛ぶくらい走ったぞ……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣で白ハチマキを外し、冷たい缶のいちごミルクを飲みながらみずきが愛おしそうに駆の横顔を見つめる。
「でも、日向くんが必死に玉を追いかけるお顔、すっごく格好良かったです! 最高の運動会でしたね!」
駆は一口コーヒーを流し込み、首にかけられた折り紙の金メダルを触りながら、照れくさそうに柔らかく笑った。
「……たく。お前が無茶なコース作るからだろ。……まあ、たまにはこうやって体を動かすのも……悪くはねぇよ」
みずきは嬉しそうに目を細めると、太陽のような飛び切りの笑顔を弾けさせた。
「はいっ! 日向くんと一緒なら、部室の小さなトラックも世界一のオリンピックスタジアムです!」
「へいへい。……で、秋の大運動会も終わったし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『運動のあとは芸術の秋! 部室で100キロの巨大粘土を練り上げて巨大キャベツ彫刻を作る粘土造形配信』です!」
駆は夕暮れのキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「100キロの粘土を部室に運び込むんじゃない!!!! 乾燥して床にへばりついたら二度と取れなくなるわ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
橙色の夕空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。
運動会を全力で駆け抜け、次なる芸術の秋(?)へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




