八十二話
「床が抜け落ちて下のフロアの教授に激突するわ!」という駆の悲痛な叫びから一夜。
翌日の17時。天宮ミルクのチャンネルでは、なぜか威勢の良い「ヨイショ〜! ヨイショ〜!」という掛け声とともに、威勢の良すぎる生配信がスタートしていた。
タイトル:『【伝統芸能】部室で餅つき!? 特大杵と臼で100回高速搗き! つきたてキャベツ餅を食い尽くせ!』
世界の味覚から一転、まさかの本格・日本の伝統行事企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「部室に本物の木臼と杵持ち込んでて草」「床の補強大丈夫か!?」「下階の教授への謝罪準備」「ヒューガの法被姿たすかる」と大盛り上がりで集結し、開始数分で同接数は130万人を軽々と突破していた。
【部室で餅つききたあああ!】
【床に分厚い耐震マットと鉄板が敷かれてて草】
【※建築学科の友人に耐荷重を計算してもらいました(概要欄記載)】
【ヒューガのねじり鉢巻き&法被姿てぇてぇ】
――17時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、部室の中央に敷かれた防振・耐震用の極厚ゴムマットと鉄板。その上に、どっしりとした立派な木臼が鎮座している。ねじり鉢巻きに赤法被を羽織ったヒューガと、白い割烹着姿で手水用の桶を持った天宮ミルク(3D)が腕を組んで立っていた。
「……みなさんこんにちは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面をご覧ください。昨日の俺の説教を受け、天宮さんが建築学科の友人に頼んで床の耐荷重を精密計算し、防振ゴムと鉄板で床を完璧に補強しました。床は抜けません。……が、なんで部室の中に本物の餅つきセットがあるんだよ。助けてください」
「こんミルク〜! つきたてお餅と茹でキャベツを合体させた『特製キャベツ餅』でみんなを笑顔にする天宮ミルクです〜!」
「床の補強に全力を出す方向性が間違ってんだよ!! なんで餅つきの準備だけプロ級なんだよ!! あとお前が合いの手(手水)入れる時に俺の手を杵で叩き潰しそうで怖いんだよ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の建築学科耐荷重計算ツッコミ】
【床の補強だけガチすぎるww】
【ヒューガの手が物理的に危ない】
そこへ、餅つきの衝撃振動とテンポを計測すべく、Discord経由で仲間たちが次々と参戦してくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の計算によれば、杵を振る角度を45度、打ち下ろす速度を時速30キロに保てば、最もコシの強いキャベツ餅が完成します』
「餅つきに時速30キロの精密な打ち下ろし速度を要求するな!! 腕の関節がもげるわ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……見よ! 我が暗黒の合いの手『闇のヨイショ』の威力を!(※スピーカーからの大音量エコー付き合いの手)』
「エコー付きで『ヨイショ〜!』って叫ぶな魔王!! 威圧感がすごすぎて餅を搗くテンポが狂うだろ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの伝統芸能解析データにより、最も美味しく餅が伸びる秘策が判明しました!「餅を搗く瞬間に『キャベツ!』と叫んで魂を注入する」です!』
「さっきから叫び声を隠し味にするな!! 単なる声量耐久レースになってんだよ!!」
【時速30キロの振り下ろしww】
【闇のヨイショ草ww】
【掛け声『キャベツ!』で魂注入】
【同接破竹の160万人突破!】
仲間たちのカオスな掛け声を背に受けつつ、掛け声とともに重い木杵を豪快に振り下ろす駆!
「ヨイショ〜ッ!! (キャベツ!!)」
「ハイッ! ヨイショ〜ですっ!」
みずきの素早く的確な手水と、駆の気迫あふれる杵さばきが見事なコンビネーションを見せ、臼の中の蒸しもち米と刻みキャベツが綺麗に合体! つややかで淡い緑色の『特製つきたてキャベツ餅』が見事に完成!
「……できた……! 100回高速搗き、やりきったぞ……!」
きな粉と醤油、そして特製マヨネーズを添えて、つきたてのお餅を二人で頬張る。
「……ん! んんっ!? 伸びがすごくて、キャベツのシャキシャキ感とお餅のモチモチが奇跡的に合体してる……! 激ウマだこれ!!」
「ふふふ〜! 嬬恋キャベツの甘みとお餅の甘みが最高にマッチしてるんです〜!」
絶品のお餅に大満足の二人と、同接180万人のスパチャの嵐と「美味しそうすぎる」「V界最高の餅つきコンビ」「神回確定」という絶賛のコメント欄に包まれ、伝統の餅つき配信は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
――配信終了後。重い臼と鉄板を二人で片付け、汗を拭う夕暮れの部室。
法被の胸元を寛がせ、冷えた缶コーヒーを飲みながら深く息をつく駆。
「……ハぁ……。腕と背中の筋肉がパンパンだ……。だが、つきたてのお餅は感動的な美味さだったな……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣で割烹着を脱ぎ、冷たい缶のいちごミルクを飲みながら、みずきが嬉しそうに駆の横顔を見つめる。
「日向くんが力強く杵を振る姿、すっごく格好良かったです! 餅つき大会、大成功でしたね!」
駆は一口コーヒーを流し込み、照れくさそうに首の後ろを掻きながら、柔らかく笑った。
「……たく。お前が絶妙なタイミングで手水を入れてくれたから事故らなくて済んだんだよ。……まあ、たまにはこういう伝統行事も……悪くはなかったけどな」
みずきは嬉しそうに目を細めると、夕陽よりも温かい飛び切りの笑顔を弾けさせた。
「はいっ! 日向くんと一緒なら、部室の中でも最高のお祝い事になっちゃいます!」
「へいへい。……で、餅つき大会も終わったし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『体力を使ったあとは超・静寂! 部室を暗闇にして100本のローソクを立てる深夜の百物語ホラー配信』です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「急に本格的な心霊ホラーに舵を切るんじゃない!!!! 暗闇で火気を使うな火災報知器が(略)!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声と快晴のような叫び。
伝統の餅つきを大成功させ、次なる暗闇の恐怖(?)へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




