八話
炎上騒動を見事に乗り越え、二人の絆はより確固たるものとなった。
秋も深まりかけた頃、ライブプロダクションからヒューガに、過去最大級の依頼が舞い込む。
『ライブプロダクション秋の大感謝祭・全所属タレント総出演生配信!』
事務所に所属する全40名のVTuberが一堂に会する一大イベント。そのメインステージの総合司会(MC)として、外部の個人勢であるヒューガが抜擢されたのだ。
「いやいやおかしいだろマネージャー赤坂さん! なんで外部の個人勢(俺)に箱全体の総合司会やらせるんですか!?」
事前のオンライン打合せで叫ぶ駆に、赤坂は真顔で返した。
「ヒューガ様。我が社の40名を野放しにすれば、配信開始10分で崩壊します。先日の炎上を跳ね返したあなた以外に、この猛獣園の飼育員を務められる人材は存在しません」
「猛獣園って言っちゃったよこの人!!」
こうして腹を括った駆は、当日に向けて喉のケアと綿密な進行スケジュールの確認を徹底的に行い、本番へ挑むこととなった。
――そして迎えたイベント当日。
配信開始前から待機所には25万人を超えるリスナーが集結し、VTuber界隈の注目を一身に集めていた。
「皆さ〜ん! こんミルク〜! 本日はライブプロダクション秋の大感謝祭ですよ〜!」
「そして本日、総合司会を務めさせていただきます個人勢のヒューガです! 全40名の所属タレントの魅力を120%引き出せるよう、命を削って進行していきます!」
【ヒューガ応援してるぞー!】
【公式で飼育員に認定された男ww】
【同接25万はやばすぎる】
番組前半の「タレント特技披露コーナー」や「箱推しクイズ対決」は、駆の軽妙なトークとキレのあるツッコミにより順調に進行していた。
しかし、番組中盤——事件は起こる。
「続いては、ライブプロダクションが誇る歌姫たちによる、スペシャルライブコーナーです!……と、言いたいところなのですが」
駆の耳に装着されたインカムから、裏方のディレクターの悲痛な声が飛んできた。
『ヒューガさん緊急事態です! 音響サーバーがトラブルでダウンしました! 復旧まで最低10分かかります! 尺を繋いでください!』
(10分!? 同接25万人の前で、生放送のノーカット10分繋ぎ!?)
一瞬、冷や汗が吹き出したが、駆は顔色ひとつ変えずにマイクに向かった。
「……という予定だったのですが! なんと今、裏で音響機器が『ヒューガのツッコミの音圧に耐えかねて爆死』いたしました!」
【wwwwwwwwwww】
【マジか機材トラブル!?】
【機材爆死草】
「復旧まで少し時間がかかるようですので! 急遽特別企画! 『全タレント突撃! ヒューガに10秒でボケろ選手権』を開催します!」
駆の瞬転の機転に、楽屋待機していた40名のタレントたちが一斉に反応した。
一人目のVが前に出る。
「ヒューガさん! 私、実はパンダのハーフなんです!」
「白黒はっきりさせろ!! 次!!」
二人目のクレイジー系V。
「俺の右腕には封印されし龍が——」
「中二病は保健室行け!! 次!!」
三人目、天宮ミルク。
「ヒューガさん! ミルク、今すごくお腹が空いてます!」
「ボケですらないただの報告!! 楽屋のバナナ食っとけ!! 次!!」
間髪入れずに繰り出される怒涛のワンオペツッコミ。
不測の事態であったはずのトラブルは、駆の驚異的なレスポンスとワードセンスによって、瞬く間に番組一番の爆笑コーナーへと塗り替えられていった。
【待って腹よじれるwwwwww】
【10分の繋ぎが神回になってて草】
【トラブルを完全に見せ場に変えたぞこの男】
【レスポンス早すぎんだろww】
『ヒューガさん! 音響復旧しました! いけます!』
「よし! 機材の蘇生が完了したようです! お待たせしました、最高のライブステージをお楽しみください!」
見事なバトンタッチに、裏方のスタッフたちからは歓声が上がった。
――深夜。5時間に及ぶ大イベントが熱狂のうちに幕を閉じた。
配信終了後の楽屋チャットには、所属Vたちからの感謝のメッセージが殺到していた。
『ヒューガさんマジで助かった!』
『あのトラブル対応はプロでも無理ww』
『うちの箱の終身名誉MCになってくれ』
黒羽レンも「脱帽ですよ、ヒューガさん。君はもう、立派なこの界隈の司令塔だ」とメッセージを寄せた。
自室の椅子に深く体をもたれさせ、駆は満足げに空を仰いだ。
「ふぅ……なんとか生き残ったか……」
「ヒューガさん、本当にお疲れ様でした〜!」
プライベート通話に入ってきたミルクの甘い声。
「天宮さんもお疲れ様。……『お腹空いた』は流石にボケとして酷かったぞ」
「えへへ、でもヒューガさん、すっごく格好良かったです! ミルク、ヒューガさんと一緒に配信できて、本当に誇らしいです」
「……たく、面と向かって言うなよ恥ずかしい」
駆は照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
個人勢の底辺Vだった男は、名実ともにVTuber界になくてはならない「最高のツッコミ役」として、その名を刻んだのだった。




