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六十五話

「配信画面の画動きがゼロになるだろ!」という駆の至極全当なツッコミから一夜。

翌日の21時。天宮ミルクのチャンネルでは、大食い対決の熱狂が嘘のように静まり返った、異色の生配信がスタートしていた。

タイトル:『【睡眠用ASMR】超静寂! 部室の植木鉢で「キャベツの芽」が萌え出る音を静かに見守る放置枠』

大草原での100人バカ騒ぎから一転、まさかの放置系睡眠ASMR企画。チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは「V界一の情緒不安定な配信スケジュール」「静寂フラグ(爆発確定)」と察しつつも集結し、開始数分で同接数は100万人をあっさり突破していた。

【まさかの芽生えASMRきたww】

【100人狂乱からの温度差で風邪ひくわ】

【ヒューガの喉の休養回(※フラグ)】

【チャット欄の民度が試される静寂枠】

――21時ジャスト。配信スタート。

画面に映し出されたのは、間接照明で薄暗く照らされたいつもの部室。画面中央には小さな植木鉢が一つポツンと置かれ、黒いポロシャツ姿のヒューガと、パジャマ姿で高性能バイノーラルマイク(3DIO)を抱えた天宮ミルク(3D)が囁き声で座っている。

「……(囁き声)みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……画面には植木鉢しか映っていません。現在、ASMR用マイクの超高感度モードが入っています。息を吐く音すら拾うため、大声を出したらリスナーの耳が破壊されます。……なので今夜の俺は、静かに囁きます」

「……(囁き声)こんミルク〜! キャベツの芽が『ニョキッ』と生える瞬間の音を拾おうとしている天宮ミルクです〜!」

「……(囁き声)芽が生える音なんてマイクで拾えるわけねぇだろ!! 植物の発芽音は無音なんだよ!! なんでこんなシュールな画角で2時間耐えなきゃいけないんだ!!」

【wwwwwwwwwwww】

【開幕0秒の囁き爆音ツッコミ】

【耳元で囁くツッコミ新感覚すぎるww】

【※ただしツッコミのキレは据え置き】

静寂を保たなければならないという極限状態の中、バイノーラルマイクの超高感度性能を察知した仲間たちが、Discord経由で(ASMR仕様で)囁き乱入してくる。

黒羽レン『……(極小声)ヒューガさん、僕の計算によれば、植木鉢の土の分子振動音を周波数解析しても、発芽音は0.0001デシベル以下です』

「……(囁き声)データで夢を殺すな!! 0.0001デシベルなら集音マイクじゃなくて精密測定器持ってこい!!」

鳳凰院カグラ『……(低音ボイス)クックック……この静寂……我が暗黒の契約の刻……! (うっかりマイクを倒す音:ガシャン!!)』

「……(囁き声)音立てるな魔王!! 高音質で金属音が響いてリスナーの耳脳がバグっただろ!!」

星空ルチア『……(囁き声)ヒューガ先輩! AIの安眠解析データにより、最もリラックスできるASMR音が判明しました!「キャベツの葉をマイクの横でバリバリ丸かじりする音」です!』

「……(囁き声)バリバリ咀嚼音を流すな!! 安眠どころか空腹誘導バイオテロになるわ!!」

【ガシャン音で耳爆発ww】

【咀嚼音バイオテロ草ww】

【同接破竹の120万人突破!】

そんな囁きカオスの中、天宮ミルクが植木鉢をじーっと見つめながら、バイノーラルマイクに極小の吐息で話しかける。

「……(囁き声)ヒューガさん。見てください……土が……土がピクピク動いてます……!」

「……(囁き声)マジかよ!? 本当に芽が出るのか……!?」

息を呑んで植木鉢を見つめる画面前の130万人のリスナー。

ポンッ。

可愛い音とともに土から顔を出したのは……芽ではなく、なぜか手のひらサイズの「手のひらミニキャベツタルト(焼き立て)」だった。

「「……土からタルトが生えた!?」」

「……(囁き声から我慢限界で爆音)土から焼き立てのタルトが生えてくるわけねぇだろ!!!! 植木鉢の中に完成品仕込んでおいただろお前!! ASMRの静寂を一瞬で破壊するんじゃない!!」

「きゃはは! 日向くんの爆音ツッコミ、バイノーラルマイクで聴くと立体感がすごーい!」

チャット欄は『耳が幸せ(物理的に死亡)』『静寂崩壊ww』『オチが完璧すぎる』のスパチャで埋め尽くされ、 ASMR配信は爆笑のうちに幕を閉じたのだった。

――配信終了後。照明を元に戻した夜の部室。

マイクを片付け、耳を摩りながら缶コーヒーを開ける駆。

「……はぁ……はぁ……。音量を抑えながらツッコむの、普通のツッコミの3倍体力使うわ……」

「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」

隣でパジャマのまま、土から生えた(仕込んだ)ミニタルトを美味しそうに食べるみずきが笑いかける。

「でも、日向くんの囁きツッコミ、リスナーさんたち『てぇてぇ』って大大絶賛でしたよ!」

駆は缶コーヒーを一口飲み、耳まで少し赤くしながら照れくさそうに顔を背けた。

「……てぇてぇじゃねえよ。お前が変な仕込みするから声が出たんだろ……。たく、ASMRでも落ち着かないユニットだな俺たちは」

みずきは嬉しそうに目を細めると、パッと飛び切りの笑顔を弾けさせた。

「はいっ! 静かでも賑やかでも、日向くんと一緒なら全部が世界一の配信です!」

「へいへい。……で、芽生え(?)ASMRも終わったし、明日は何やる気だ?」

みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、パジャマの袖をキュッと握って高らかに宣言した。

「明日は『超静寂からの超激動! 部室の畳を全部引っぺがして本格ダンススタジオ化&ダンスバトル配信』です!」

駆は深夜の大学のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。

「静と動の振り幅が激しすぎるわ!!!! 畳を勝手に剥がしたら大学から出禁になるぞ!!!」

「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」

夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。

静寂の夜を越えて、次なる狂乱のステージへ。

世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。

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