六十話
「5000個も誰が焼くんだよ!」という駆の至極全当な悲鳴は虚空に散り、記念すべき第60話の19時。
天宮ミルクのチャンネルでは、前代未聞の「大規模焼き上げ耐久」生配信がスタートしていた。
タイトル:『【祝・A評価&60話記念】5000個のキャベツタルト焼き耐久! 感謝を込めて全国発送(?)大感謝祭!』
前回の教授攻略&A評価獲得という大勝利の余韻冷めやらぬ中、V界の怪物ユニットのメモリアル回を見届けようと、開始前から120万人を超えるリスナーが待機所に殺到。
【60話おめでとうううう!】
【5000個は仕入れ業者の量なんだよww】
【部室が製菓工場と化す未来が見える】
【ヒューガの右手と喉の命日】
――19時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、業務用オーブンと無数の鉄板、そして天井まで積み上がった小麦粉とキャベツの山で埋め尽くされた部室。
パティシエ服(3D)を着たヒューガと、巨大な生地こね棒を構えた天宮ミルクが画面中央に立っている。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……ついに連載第60話。めでたい節目のはずですが、部室の床が小麦粉で真っ白です。大学から借りた業務用オーブンが爆音を立てています。助けてください」
「こんミルク〜! 感謝の気持ちを込めて、生地こね速度で音速を超えようとしている天宮ミルクです〜!」
「音速で生地こねるな!! 摩擦熱で小麦粉が発火して部室が爆発するわ!! 丁寧に作れ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の音速こねツッコミ】
【部室が完全に製菓工場ww】
【業務用オーブン勝手に持ち込むなww】
そこへ、5000個という正気の沙汰ではない目標を達成すべく、Discord経由で仲間たちがヘルプ(&邪魔)に駆けつけてくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の計算によれば、お二人だけで5000個焼き上げるには72時間不眠不休で作業する必要があります。僕の特製オートメーションロボを投入しましょう』
「そのロボット絶対タルトの中に金属片混ぜるだろ!! 手作業でやるからいい!!」
鳳凰院カグラ『クックック……この我が暗黒の獄炎で、5000個のタルトを一瞬で焼き上げてやろう!』
「一瞬で焼き上げたら全部黒炭になるだろ魔王!! 焼き加減ってものを学べ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの梱包最適化データにより、5000個を爆速で発送する方法が判明しました!「ドローン100台でリスナーの家に直接キャベツタルトを爆撃する」です!』
「爆撃するな!! 感謝の品が宅配テロになるわ!! 普通に抽選で配るんだよ!!」
【ドローン爆撃草wwwwww】
【暗黒の獄炎=黒炭ww】
【同接破竹の140万人突破!】
仲間たちのカオスな支援を受けつつ、狂乱のタルト焼き耐久がスタート。
「ヒューガさん見てください! 生地を丸めて『ミニキャベツタルトタワー』を作りました〜!」
「タワー作ってる暇があったらオーブンに鉄板入れろ!! 現在の焼き上がり、まだ12個だぞ!! 5000個まであと4988個あるんだよ!!」
結局、あまりの作業量に見かねたリスナーや他VTuberたち(※バーチャル参加)が「手伝うぞ!」と画面越しに大応援。
最終的には「タルト5000個焼き上がり(※バーチャル抽選で100名に実物&残りは画像配布)」という謎のパワープレイで目標を達成。
同接160万人のリスナーから「V界一過酷な感謝祭」「60話目も最高だった」と温かいスパチャの雨が降り注ぎ、配信は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
――配信終了後。深夜の静まり返った部室。
小麦粉まみれの床に座り込み、パイプ椅子にもたれかかって息をつく駆。
「……ハぁ……ハぁ……。5000個分の生地こねるの、腕の筋肉がちぎれるかと思ったぞ……」
「ふふっ、日向くん、本当にお疲れ様です!」
隣にちょこんと座ったみずきが、冷えた缶のいちごミルクを駆の手に持たせ、嬉しそうに微笑む。
「でも、リスナーのみんな、すっごく喜んでくれてましたね!」
「……お前が無茶な目標立てるからだろ。……まあ、あいつらが楽しそうだったから良いけどよ」
駆は缶のプルタブを開け、甘い液体を一口飲み込んでから、夕焼けの名残が消えた夜空を見上げて柔らかく笑った。
「……50話の節目を越えても、やってることは相変わらずカオスだな、俺たち」
みずきは一瞬目を丸くし、それから飛び切りの笑顔を弾けさせた。
「はいっ! 50話でも、60話でも、100話でも! ミルクと日向くんの楽しさは、ずーっと右肩上がりです!」
「へいへい。……で、5000個焼き切ったし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく微笑むと、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『小麦粉まみれの部室をピカピカに大掃除&ご褒美の超豪華高級肉パーティー配信』です!」
駆は深夜の大学のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような叫び声を叩き込んだ。
「最後はキャベツじゃなくて肉かい!!!! 最高の締めくくりだな!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
深夜の静かなキャンパスに溶けていく二人の弾けるような笑い声。
60話を越えて、どこまでも広がる騒がしくも愛おしい日常。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、最高の笑顔とともに、どこまでも未来へ続いていく。




