六話
夏祭りの大狂乱から一週間。
喉の腫れもようやく引き、日向駆はごく普通の大学生としての日常に戻っていた。
単位がかかった『現代社会学概論』の大講義室。受講生が100人以上ひしめく静かな教室で、駆はノートPCを開きながら教授の退屈な講義を聴いていた。
「はぁ……眠い……」
昨夜も深夜まで自分のチャンネルでゲーム配信をしていたため、猛烈な眠気が襲ってくる。
気晴らしに、ふと隣の席に目をやった。
隣に座っているのは、小柄な女子学生だ。
オーバーサイズのパーカーの袖からちょこんと手を出して、一生懸命ノートPCのキーボードを叩いている。確か名前は天野みずき。おとなしくて大人しく、講義でも滅多に目立たないクラスメイトだ。
(天野さん、真面目に講義のノートとってるのかな……)
何気なく彼女のブラウザ画面が視界に入った。
そこには、検索エンジンの検索窓と、彼女が打ち込んだばかりの衝撃的な検索ワードが表示されていた。
『マイクラ リアルで 家を建てる方法 建築基準法』
『ホームセンター 丸太 売ってる場所』
『PC 爆発 青い画面 100%から進まない』
「………………は?」
駆は目を見開いた。二度見、いや三度見した。
(待て。待て待て待て。なんだその検索ワード。どこかで聴いたぞ。いや、先週俺が全身全霊でツッコんだ内容そのまんまじゃねえか!!)
冷や汗がドバッと吹き出す。
脳内で過去の記憶が高速で再生される。
『実はですね、配信の枠立てようと思ったらPCが爆発しちゃって〜!』
『急遽“リアルで家を建てる配信”に切り替えようと思って!』
駆の首が、ギギギ……と機械のように隣の女子学生に向いた。
天野みずきは、フッと困り顔でため息をつくと、デスクの下で大事そうに抱えていた「いちごミルク風味の紙パックジュース」にストローを挿し、ちゅーっと吸った。
(いちごミルク……! 天宮ミルク……!?)
「嘘だろ……」
思わず漏れ出た駆の声に、隣のみずきがびくっと肩を揺らしてこちらを振り向いた。
「ふえ……? あ、ご、ごめんなさい! 独り言、うるさかったですか……?」
その声。
少し声を潜めてはいるが、あまりにも鈴を転がすような、脳に直接届く可憐なハイトーンボイス。
間違いない。
登録者120万人超えの大手VTuber、天宮ミルクの「中の人」が、大学の講義で隣に座っている。
「あ……いや……あの……天野さん?」
「は、はいっ!? 何でしょうか、日向くん……!」
みずきはおどおどと身を縮こまらせた。
駆は頭を抱えた。世界はどれだけ狭いんだ。まさか同じ大学の、同じ講義を受けている同級生だったとは。
講義が終わり、学生たちが一斉に教室を出ていく中、駆はみずきを大学の裏手にある誰もいないベンチへと連れ出した。
「あ、あの……日向くん? 事故物件の調査とかじゃないですよね……? ミルク、変なことしましたか……?」
「『ミルク』って自分から言っちゃってんだよ!!」
駆の鋭いツッコミが、秋風吹くキャンパスに響き渡った。
「ふぇっ!? ああーっ!!? やだ〜〜〜っ! ミルクって言っちゃった〜〜〜っ!?」
両手で口を押さえてパニックになるみずき。
「落ち着け! 声が大きい! 誰かに聞かれたらどうすんだよ!」
「あうう……! 日向くん、なんでミルクの正体知ってるんですか!? 超極秘事項なのに……!」
「お前が講義中に『マイクラでリアルに家建てる方法』調べてたからだよ! あとPCの爆発! 隠す気が皆無だろ!!」
駆が呆れ果てて言うと、みずきはぽかんと口を開けた。
そして、じーっと駆の顔を見つめる。
「……あれ? その声……その鋭いワードセンス……」
みずきのおっとりした目が、丸く見開かれた。
「ひ……ヒューガさん……!?」
「そうだよ!! 俺が『原人かお前は!!』って叫んだヒューガだよ!!」
「キャーッ!! ヒューガさんだ〜〜〜っ!!」
みずきは飛び上がって歓喜した。
「すごいすごい! 本物のヒューガさんだ! えへへ、大学にいたんですね〜! 運命ですね!」
「運命で済ませられるか! 事務所の最高機密だろ中の人の情報は!!」
まさかの「中の人エンカウント」。
ネット上のトップVと底辺Vという関係だった二人が、リアルでも「大学の同級生」であることが発覚した瞬間だった。
「日向くん! これからは大学でも一緒にいられますね! 課題とか、マイクラの家づくりとか手伝ってください!」
「大学で話しかけるな! 距離感バグるだろ! あとマイクラの家は大学関係ない!!」
頭を抱える駆と、嬉しそうにいちごミルクを飲むみずき。
二人の奇妙な二重生活が、ここからスタートするのだった。
だが、そんな微笑ましい日常の裏で、ネットの暗雲が二人に向かって密かに近づいていた。




