五十七話
日本縦断弾丸ツアーの過酷なロケ(群馬・愛知・大阪・北海道)から数日。
「北海道の蟹とか鮭を買ってこい」という駆の最も真っ当な怒号は北の大地の吹雪の中に消え去り、放課後の夕暮れ、いつもの大学の部室から配信がスタートしていた。
タイトル:『【ただいま】日本縦断無事帰還! 全国から持ち帰った「ご当地キャベツ」で絶品タルト食べ比べ雑談!』
怒濤の全国ロケを終えて「ホーム」である部室に戻ってきた二人を温かく迎えようと、チャンネル登録者数600万人超の画面前には開始直後から100万人を超えるリスナーが待機。チャット欄は「おかえり!」「やっぱりこの部室が落ち着く」「結局全部キャベツかい!」と祝福と呆れの混ざった歓声で埋め尽くされていた。
【ただいま部室!!】
【おかえり日本縦断コンビ!】
【蟹も鮭もなく全部キャベツで草】
【ヒューガの喉、無事に生還してよかった……】
――17時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、オレンジ色の夕日が入るいつもの大学の部室。パイプ椅子に座ったヒューガと、エプロン姿の天宮ミルク(3D)の目の前の長机には、日本各地からダンボールで届いた大量のキャベツが山積みになっていた。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……無事に東京の大学に戻ってきました。目の前に『嬬恋産』『愛知産』『大阪近郊産』『北海道産』と書かれた大量の段ボールがあります。お土産がすべて丸ごとのキャベツです。海産物はゼロです。本当にありがとうございました」
「こんミルク〜! 日本全国のキャベツの『声』が聞こえるようになった天宮ミルクです〜!」
「野菜の声を聴くな!! 聴こえたとしても『早く食え』か『タルトにするな』の二択だろ!! なんで北海道まで行ってカニの一脚も買ってこないんだよお前は!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の海産物ゼロツッコミ】
【キャベツの声を聴くド天然ww】
【『タルトにするな』は草】
そこへ、無事帰還した二人を祝うべく(?)、Discord経由で仲間たちが一斉に接続してくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、お帰りなさい。僕の計算によれば、全国のキャベツの水分量と糖度の違いを比較分析したレポートが論文1本分書けるデータ量になっています』
「大学の論文をキャベツの比較で書こうとするな!! 学会で発表したら教授が頭抱えるだろ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……北の大地より生還せし勇者よ! 我が闇の厨房にて、全国のキャベツを合体させた「魔導キャベツ(※超デカい)」を精錬してやろう!』
「ただのキャベツのまとめ切りだろ!! 禍々しい名前にして誤魔化すな!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの味覚最適化データにより、全国のキャベツを最も美味しく食べる方法が判明しました!「そのまま丸かじりして『獲ったどー!』と叫ぶ」です!』
「それ料理でもなんでもねえよ!! 無人島サバイバルに戻ってどうすんだ!!」
【魔導キャベツ=まとめ切り草ww】
【AIが野生化してるww】
【同接破竹の120万人突破!】
そんなカオスな会話をバックに、天宮ミルクは長机の上に四種類の「ご当地キャベツタルト」を並べていった。
「ヒューガさん! 旅の思い出を込めて作った『日本縦断・食べ比べタルトセット』です! 召し上がってください!」
駆はおそるおそる、群馬・嬬恋キャベツのタルト、愛知の千切りタルト、大阪のたこ焼き風タルト、北海道の冷製タルトを一口ずつかじっていく。
「……あれ? ……おかしいな。群馬のは甘くてフルーツパイみたいだし、大阪のはお好み焼き風で旨味があるし、北海道のは冷やすことでシャキシャキ感が際立ってる……」
「えへへ! 各地のキャベツの特徴に合わせた特製レシピですから!」
「……美味いのが一番むかつくんだよ!! なんで奇食のはずなのに全部クオリティが高いんだよ!! ツッコミの梯子を外すんじゃない!!」
【ツッコミどころを消していくスタイルww】
【料理の腕だけが無駄に上がっていくV】
【美味しくてブチ切れるツッコミ担当ww】
【同接130万人突破!】
全国を回ってドタバタ劇を繰り広げ、結局最後は美味しく完食してしまう二人の安定したやり取りに、リスナーは大爆笑。スパチャの嵐とともに「やっぱりこの二人の空気感が最高」と絶賛のコメントが殺到した。
日本のどこへ行こうと、世界や宇宙を駆け抜けようと、結局帰ってくるのはこの部室。
大盛況の日本縦断ツアー完結編配信は、温かい笑いに包まれて幕を閉じたのだった。
――配信終了後。夕陽が沈み、静まり返った部室。
パイプ椅子に深く腰掛け、温かい缶コーヒーを飲みながら息をつく駆。
「……はぁ……。日本中を振り回されたけど、やっぱりこの部室でくだらないこと言ってるのが一番落ち着くな……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣の席で、みずきが残ったキャベツの箱を愛おしそうに撫でながら、嬉しそうに微笑む。
「日本縦断ツアー、すっごく大変だったけど……日向くんと一緒にいろんな景色が見られて、ミルクはとっても幸せでした!」
駆は缶コーヒーを一口飲み、夕焼けから群青色へ変わる窓の外を見つめて、照れくさそうに柔らかく目を細めた。
「……まあ、たまには遠出するのも悪くはなかったよ。……お前と一緒だから、どこ行っても退屈しなかったしな」
みずきは一瞬驚いたように目を丸くし、それからパッと太陽のような笑顔を弾けさせた。
「はいっ! 日向くんが隣にいてくれれば、地球の裏側でも未来でも、どこだって最高のステージです!」
「へいへい。……で、日本縦断も終わったし、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく微笑むと、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『平和な日常を取り戻す! 部室で二人で普通に期末レポートを書くだけの耐久配信』です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような叫び声を叩き込んだ。
「レポートは配信中に書くな!!!! 集中して自力で終わらせろ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の弾けるような笑い声。
日本縦断の旅を越えて、再び戻ってきた愛おしい日常。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




