五十話
学園祭の大狂乱から数日。
ついに迎えた、連載第50話という大きな節目。
前回の宣言通り、YouTubeの「みるくちューにゅう」チャンネルでは、カウントダウンとともにVTuber史に残る超豪華な特別生配信の枠が立ち上がっていた。
タイトル:『【50話】大感謝スペシャル! 豪華ゲスト全員集合&伝説の「キャベツタルトタワー」で世界記録に挑戦!?』
チャンネル登録者数600万人超の怪獣ユニットによる節目を祝おうと、開始前から待機所には前人未到の150万人を超えるリスナーが殺到。チャット欄は世界中の言語でお祝いスパチャの虹が架かっていた。
【50話&50回記念おめでとうおおお!】
【同接開始前で150万人はバグだろww】
【キャベツタルトタワーの予感】
【同接4人の原点からここまで来たの感慨深すぎる】
――20時ジャスト。記念配信スタート。
画面に映し出されたのは、ゴールドとシルバーの豪華な装飾で彩られた、あの思い出の「大学部室(50話記念豪華ステージver.)」。
タキシード風モデルのヒューガ(3D)と、華やかな記念ドレス姿の天宮ミルク(3D)が画面中央に降り立つ。
「みなさんこんばんは! 個人勢VTuberのヒューガです! ついに配信50回目! ここまで来られたのも、いつも応援してくれる画面の前の皆さんのおかげです! 本当にありがとうございます!」
「こんミルク〜! 50話記念に『高さ50メートルの超巨大キャベツタルトタワー』を部室の中に建てる許可を大学から取ろうとして即却下された天宮ミルクです〜!」
「当たり前だろ!! 天井ぶち破って校舎崩壊するわ!! 記念回でも相変わらず反省の色がないな!!」
【wwwwwwwwwwww】
【50話目でも開幕0秒ツッコミ絶好調ww】
【50メートルのタルトタワー草】
【ヒューガの喉も50話耐久おめでとう】
配信中盤、二人の歩みを支えてきた豪華な仲間たちが、フル3Dモデルでステージ上に勢揃いする。
黒羽レン『……ヒューガさん、天宮さん、50回記念おめでとうございます。僕の精密計算によれば、お二人がこれまで放ったツッコミの総エネルギーは、小型核爆弾3個分に相当します』
「物騒な単位で計算するな!! 俺の喉から核エネルギーが出てたまるか!!」
鳳凰院カグラ『フハハハ! 祝ってやろうヒューガ! 我が暗黒の魔界からも、お祝いとして50匹の魔界キャベツ(※動く)を寄贈するぞ!』
「自我を持ったキャベツを部室に放つな!! 噛みついてくるだろその野菜!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIのアナリティクスデータにより、この50話で最も世界を救った瞬間が判明しました!「12話のタイムトラベルで恐竜をタルトでなだめた時」です!』
「歴史改変の最たる現場じゃねえか!! 恐竜に奇食食わせた思い出をドヤ顔で語るな!!」
クリス&シトラ『HYUGA-SAN! AMAMIYA-SAN! CONGRATULATIONS! 海外支部一同、全宇宙カラ 祝福のスパチャ 投ゲルぞ〜♪』
「宇宙規模で投げ銭するな!! 画面がスパチャの赤色で埋め尽くされて何も見えなくなってんだよ!!」
【豪華ゲストフルコンプww】
【魔界キャベツ噛みつくの草】
【同接破竹の180万人突破!!】
そして配信終盤、画面がふっと温かい照明に包まれる。
天宮ミルクが、小さな手作りの「特製キャベツタルト(※今回は奇跡的に普通の美味しそうなミニタルト)」を丁寧に両手で掲げ、画面前のリスナーとヒューガへ向き直った。
「ヒューガさん。……同接4人だったあの日の部室から始まって、宇宙に行ったり、ロボット帝国と戦ったり、タイムトラベルしたり……本当に色んな事故がありましたね」
「事故って認めるんだな……まあ、全部事故だったけどな」
「ふふっ。でも、どんなに大変な場所でも、日向くんが『なんでだよ!』って笑い飛ばしてくれたから、ミルクはどこまでも走ってこられました。……日向くん、ミルクと出会ってくれて、一緒にいてくれて、本当にありがとうございます!」
チャット欄が『泣いた』『神回』『てぇてぇの極み』『ずっと推す』で埋め尽くされ、同接数はV史上の頂点である200万人に到達。
駆は照れくさそうに頭をかき、缶コーヒーを開けて一口流し込むと、最高の相方に向かって世界で一番優しく、力強い笑みを浮かべた。
「……礼を言うのは俺の方だ、天野。お前が俺をあの部室で引っ張り出してくれたから、こんな最高の景色が見られたんだ。……サンキューな、天宮さん」
「……っ、はい! 日向くん大好きです!」
みずきが飛び切りの笑顔を弾けさせると、駆も堂々と胸を張った。
「さあリスナーども! 50話はただの通過点だ! 100話でも1000話でも、お前らが呆れるまでこのバカ騒ぎに付き合ってもらうからな!!」
チャット欄が大爆発。「どこまでもついて行くぞ!!」の大歓声が世界中から響き渡った。
――配信終了後。深夜の大学の部室。
打ち上げを終え、静まり返った部室で二人、窓辺に並んで座る駆とみずき。
「……はぁ……。同接200万人は、流石に痺れたわ……」
「えへへ、日向くん、本当にお疲れ様です!」
みずきは温かいいちごミルクを駆に手渡し、夜空に浮かぶ綺麗な満月を見上げた。
「ねぇ、日向くん」
「ん?」
「これから先、どんなにすごい場所に行っても……明日も、明後日も、ここでこうやっておしゃべりできますよね?」
駆はふっと柔らかく目を細め、冷えた缶コーヒーを掲げて微笑んだ。
「……当たり前だろ。世界中を巻き込もうが、宇宙の果てに行こうが……俺たちの原点は、いつだってこの部室なんだからな」
「はいっ! ……じゃあ日向くん、記念すべき『第51話』の明日の配信は……!」
みずきは悪戯っぽく目を輝かせると、高らかに宣言した。
「全人類の夢!『月に巨大キャベツタルトを打ち上げて、月面をキャベツ色に染める配信』です!」
駆は深夜の大学のキャンパスに向かって、本日一番の、そして世界一快晴のような爆音ツッコミを叩き込んだ。
「月面を奇食でテロするな!!!! 天体観測の天文学者が泡吹いて倒れるわ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく、二人の弾けるような笑い声と鋭い叫び。
同接4人から始まった物語は、50話を越えて、月の彼方へ、そして終わらない未来へ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の「最高の日常」は、どこまでも賑やかに、どこまでも永遠に続いていく。
いつもの賑やかな配信が予定されていた部室は、珍しく静まり返っていた。
「……天宮、悪い。今日の配信、急遽休みにして正解だったな」
「ふふっ、はい! 部室のサーバーメンテナンスなら仕方ないですもんね♪」
いつもの配信衣装(3Dモデル)ではなく、秋の普段着に身を包んだふたり。駆動は黒のシンプルなトレンチコートに私服のパーカー、天宮みずきはパステルグリーンのニットにオフホワイトのロングスカートという、完全に「リアルな大学生」の私服姿だった。
配信がオフになった放課後の夕暮れ時。二人は大学のキャンパスを抜け出し、駅前のレトロな商店街を並んで歩いていた。
「配信がない日の夕方って、なんだか変な感じですね……♪」
「まあな。いつもなら今頃、お前が仕込んだ巨大な綿菓子機と格闘して、顔中ベタベタになってツッコんでる時間だからな」
「きゃはは! 日向くん、綿菓子作るのちょっと楽しみに企んでたでしょ〜?」
「企んでねぇよバカ! 掃除する俺の身にもなれ!」
ケラケラと笑い合うみずき。配信のカメラも、リスナーのスパチャも、仲間たちのカオスな通信もない、二人だけの本当のリアルな空間。
秋の冷たい風が街角を吹き抜けると、みずきは「うぅ……ちょっと肌寒くなってきましたね」と両肩をキュッとすくめた。
それを見た駆は、自分のトレンチコートのポケットに突っ込んでいた手を出すと、ごく自然にみずきの小さな手を横からギュッと包み込んだ。
「……ほら」
「あ……」
配信の企画でも、ハプニングでもなく、ただ「手が冷たそうだったから」というだけの理由で繋がれた手。
みずきは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに頬をポッと綺麗な桜色に染めると、駆の手を嬉しそうに握り返した。指と指がぴったりと噛み合う恋人繋ぎ。
「……日向くんの手、すっごくあたたかいです」
「……お前の手が冷たすぎるんだよ。……たく、風邪ひいたら明日の配信に出られねぇだろ」
「ふふっ、相変わなく照れ隠しが下手くそですね、日向くん♪」
「うるせぇ」
二人は繋いだ手をコートのポケットに一緒に入れながら、夕暮れの商店街を歩いていく。
途中、小さな神社の境内に差し掛かったところで、みずきが「あ! 日向くん、おみくじ引きましょう!」と駆の袖を引っ張った。
「おみくじ? こんな時期に物理のおみくじかよ」
「いいじゃないですか! 配信のおみくじ企画じゃなくて、本物の神様のおみくじです!」
境内に入り、100円玉を箱に入れて二人は同時におみくじの筒をシャカシャカと振る。
カラン、と落ちてきた木札の番号を巫女さんに渡し、受け取ったおみくじを開く二人。
「日向くん、何でした〜!?」
「俺は……『吉』だな。『焦らず進めば願い叶う』だってよ。……お前は?」
みずきはおみくじを両手で大切そうに広げると、パッと顔を輝かせた。
「ミルクは『大吉』です! 恋愛のところに『目の前の大切な人を信じれば、永遠の幸せが訪れる』って書いてあります〜〜〜っ!」
「〜〜〜っ!? お、おい、大声で読み上げるなバカ!!」
駆は耳まで真っ赤にして周りをキョロキョロと見回した。
みずきは嬉しそうにおみくじを胸にギュッと抱きしめると、上目遣いで駆の瞳をまっすぐ見つめた。
「目の前の大切な人……。日向くん、これって絶対に日向くんのことですよね……♪」
「……ッ。か、神様が勝手に書いてることだろ……変な深読みすんな……」
「ふふっ、深読みじゃありません! ミルクの心の中の本当の答えです!」
みずきは駆の手をもう一度ギュッと強く握り締め、秋の夕日よりも眩しい、飛び切りの笑顔を咲かせた。
「日向くん。配信でたくさん『好き』って言ってもらえるのも世界一嬉しいですけど……こうやって二人で静かに手を繋いで歩ける日常が、ミルクは一番大好きです」
駆は一瞬呆気にとられたようにみずきを見つめ、それから自分も照れくさそうに柔らかい笑みを浮かべた。
「……当たり前だろ。……俺だって、配信のツッコミ役だけじゃなくて……お前の隣にいる『ただの俺』でいられるこの時間が、一番落ち着くわ」
夕暮れ時の神社。境内を照らす街灯の下で、二人の影がひとつに重なり合う。
カメラが回っていないリアルな日常だからこそ溢れ出す、素顔の恋心と温もり。
「日向くん、お腹すいちゃいました! 帰り道、二人で美味しいラーメン食べて帰りませんか?」
「へいへい。お前が奢りならな」
「え〜!? そこは日向くんが男気見せるところですよ〜!」
「勝手な男気を要求するな!」
ふたりの弾けるような笑い声が、秋の静かな夕暮れの街に溶けていく。
配信の暴走企画も、カメラの前の甘いハプニングも、すべてはこの愛おしいリアルの日常があってこそ。
世界一のツッコミと世界一のド天然の、飾らない素顔の恋の物語は、どこまでも愛おしく続いていく――。




