四十七話
教授への平謝りから数日。
「部室の備品を勝手に売るな」という駆の最も正当な忠告は当然のように聞き流され、放課後の部室から天宮ミルクの生配信が立ち上がっていた。
タイトル:『【大掃除】部室の開かずの押し入れを開封! 伝説の黒歴史アイテム限定オークション!?』
チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは、二人の原点である「あの部室」の未知の遺物を目撃しようと殺到し、開始直後から同接数は90万人をあっさり突破。
【部室の大掃除きたあああ!】
【押し入れから何が出てくるんだww】
【ヒューガの過去の黒歴史ノート発掘の予感】
【大学の備品は売るなよ!絶対に売るなよ!】
――16時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、埃っぽい夕暮れの部室。三角巾と割烹着姿のヒューガと天宮ミルク(3D)が、奥にある「開かずの押し入れ」の前に立っている。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……大学から『部室の物置きを整理しろ』と厳重注意を受けたので大掃除を始めます。ただし、オークションはやりません。大学の備品をメルカリに出したら即退学です」
「こんミルク〜! 押し入れの奥で熟成された『3年前のキャベツタルト(化石)』を出品しようとしている天宮ミルクです〜!」
「不法投棄どころか生物兵器の出品でアカウントBANされるわ!! 今すぐ破棄しろ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒のアカウントBANツッコミ】
【3年前のタルトは危険すぎるww】
【メルカリ出品拒否ニキ】
大掃除を開始し、押し入れの雪崩と戦う二人。そこへ、Discord経由で仲間たちが野次馬(&鑑定士)として接続してくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、押し入れの奥から高濃度のカオスエネルギーを検知しました。気をつけてください』
「カオスエネルギーじゃなくてただの埃だよ!! 掃除機持ってきてくれ!!」
鳳凰院カグラ『フハハハ! その押し入れには我が封印せし『暗黒の魔導書』が眠っているはず……!』
「お前が去年の文化祭で置き忘れたただの黒歴史ノート(自家製設定資料集)だろ!! 勝手に回収して持って帰れ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの価格査定によると、天宮先輩が昔描いた「手描きキャベツのイラスト(落書き)」は現在、1億3000万円の値がつきます!』
「AIのバグり方が跳ね上がりすぎてんだよ!! 誰が大学のルーズリーフの落書きに億出すんだよ!!」
【カグラの黒歴史ノート草ww】
【落書き1億3000万www】
【同接破竹の110万人突破!】
そんなカオスな空間の中、天宮ミルクが押し入れの一番奥から、埃をかぶった一冊の「大学の大学ノート」を引き掘り出した。
「あ! ヒューガさん、これ見てください!……『みるくちューにゅう 配信企画案(1冊目)』って書いてあります!」
駆の顔色が瞬時に真っ青になる。
「待て!! それはアカン!! それは絶対に開くな天宮!!!」
「えーっと、なになに……?『ヒューガさんを驚かせるボケ案その1:配信中に突然語尾を「ブヒ」にする』……『その2:宇宙人に連れ去られたフリをして1時間失踪する』……あはは! 昔のミルク、すっごく可愛いボケ考えてます〜!」
「可愛いどころか狂気そのものなんだよ!! 昔から思考回路が事故を起こしてんだよお前は!!」
さらにノートの後半には、駆の字で几帳面に書かれたメモが残されていた。
『※天宮さんのボケは予測不能。ただし、絶対に途中で投げ出さず、拾い続けること。それが俺のツッコミの責任だ』
画面の天宮ミルクが、ぴたりと手を止める。
チャット欄も一瞬で『てぇてぇ』『ヒューガ……お前……』『エモすぎる』の文字で埋め尽くされた。
「……日向くん。これ、活動を始めた最初の週のメモですよね?」
「……っ!! な、なんでそんな大昔の黒歴史ノートが残ってんだよ!! 捨てろ!! 今すぐ焼却炉に投げ込め!!」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして叫ぶ駆(3Dモデルの顔も真っ赤)。
「ふふっ。出品キャンセルです! このノートは、世界中のどんな宝物よりも大事な、ミルクと日向くんの宝物ですから!」
【てぇてぇ……(語彙力消失)】
【初期からの強い覚悟】
【ヒューガのツッコミの原点】
【最高すぎる部室大掃除】
感動的な空気に包まれ、同接115万人のリスナーから温かいスパチャの雨が降り注ぐ中、部室の大掃除配信は無事に(?)終了したのだった。
――配信終了後。すっかり綺麗になった深夜の大学の部室。
埃を払い終え、パイプ椅子に深く腰掛ける駆。
「……はぁ……はぁ……。黒歴史ノートを読まれるの、物理的な事故よりメンタルに来たわ……」
「ふふっ、日向くん、お疲れ様です!」
隣に座ったみずきが、冷えた缶のいちごミルクを両手で持ち、愛おしそうに駆を見つめる。
「でも、日向くんが最初からミルクのボケを全部拾うって決めてくれてたの、すっごく嬉しかったです」
駆は照れくさそうに顔を背け、缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲んだ。
「……当たり前だろ。お前みたいなド天然野放しにしたら、世界が崩壊するからな。俺が隣にいるしかねえんだよ」
みずきは一瞬目を丸くし、それから飛び切りの笑顔を弾けさせた。
「はいっ! だからミルクは、これからも安心して日向くんに向かってボケ続けます!」
「手加減はしろと言っている!!」
駆の快晴のような叫び声が、月明かりの差し込む綺麗な部室に響き渡る。
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
押し入れの奥にあった思い出も、これから積み重なっていく未来も。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、この愛しい部室から、どこまでも賑やかに続いていく。




