四十六話
赤点補習の課題をなんとか徹夜で完走した数日後。
「教授を巻き込むな」という駆の魂の叫びは当然のごとく打ち消され、夕方の部室から天宮ミルクの生配信がスタートしていた。
タイトル:『【単位死守】赤点救済の教授へ! 感謝を込めた特製キャベツタルト献上大作戦!』
チャンネル登録者数600万人超のリスナーたちは、教授の激怒と単位の消滅を察知して開始直後から85万人を突破する大盛り上がりを見せていた。
【また教授を巻き込もうとしてて草】
【本当に単位が消し飛ぶぞww】
【ヒューガの胃痛が止まらない】
【教授「頼むから普通に感謝してくれ」】
――17時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、大学の研究室前の廊下の3D背景。ビシッと黒いスーツ(※VRモデル)を着込んだヒューガと、パティシエ風のエプロンをつけた天宮ミルクが立っている。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……今、僕たちは英語の教授の研究室の前にいます。隣の天宮さんが銀色のドーム型の蓋がついた、やたらとデカい皿を持っています。嫌な予感しかありません」
「こんミルク〜! 教授の単位認定への感謝を込めて、極上『熟成キャベツタルト・サンキュー仕様』を作ってきた天宮ミルクです〜!」
「感謝の品を奇食にするな!! 教授はお前の赤点補習の採点で疲れ果ててんだよ!! 胃に優しいお茶でも渡しておけ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の単位危機ツッコミ】
【サンキュー仕様の奇食ww】
【研究室の前で叫ぶなww】
そこへ、研究室の様子を盗撮(※設定)していた仲間たちがDiscord経由で口々に入診してくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の計算によれば、教授の心拍数は現在、扉の前の不穏な気配を感じ取って120まで急上昇しています』
「教授を脅迫してるみたいになってんだよ!! 警察呼ばれる前に撤退させろ!!」
鳳凰院カグラ『フハハハ! 我が秘術により、教授の研究室の扉を「開かずの魔界の扉」に変えておいたぞ!』
「勝手に研究室を封鎖するな!! 教授が外に出られなくなってただの監禁事件になるだろ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの最適化計算により、教授からS評価(最高単位)をもらう唯一の方法が判明しました!「タルトと一緒に『単位をください』と書いたキャベツの葉を100枚敷き詰める」です!』
「圧迫面接ならぬ圧迫献上すな!! 怖すぎて教授が単位与える前に大学本部に通報するわ!!」
【教授監禁事件草ww】
【AIの助言がただの怪文書ww】
【同接破竹の100万人突破!】
ついに、天宮ミルクが「失礼しま〜す!」と勢いよく研究室のドアを開け、教授(※ナレーション風天の声)のデスクに特製タルトを叩き置いた。
「教授! 補習をみていただきありがとうございました! ミルク特製のキャベツタルトです! 食べてください!」
『……あ、天宮君。気持ちは嬉しいが……この緑色のドロドロした物体はなんだね……?』
「キャベツの濃縮エキスと感謝の気持ちです!」
『き、気持ちだけで十分だから持ち帰ってくれ!! あと解答用紙に二度とキャベツを描くなと言ったはずだ!!』
「教授の生存本能が全力で拒絶してんだよ!! 感謝を伝えるどころかトラウマを上書きしてどうすんだお前は!!」
【教授の悲鳴wwwwww】
【生存本能の拒絶】
【単位剥奪(仮)の恐怖】
教授の必死の拒絶とヒューガの爆音ツッコミにより、タルトの回収には成功したものの、教授から『次に変なものを持ち込んだら単位を落とす』という厳重注意を受けるオチとなったのだった。
同接105万人のリスナーが大爆笑のコメントを連投し、配信は無事に(?)終了した。
――配信終了後。夕暮れの大学の部室。
教授への平謝りを終え、疲れ果てて机に突っ伏す駆。
「……はぁ……はぁ……。教授に頭下げるの、人生で一番胃が痛かったぞ……」
「ふふっ、日向くんお疲れ様です!」
隣に座ったみずきが、冷えた缶のいちごミルクを駆の頬にぽんと当てた。
「でも、教授も最後はちょっと笑ってましたね!」
「呆れ笑いだよ!! 単位が首の皮一枚で繋がっただけなんだよ!!」
駆は受け取った缶を開けて一口飲み、窓の外の夕焼け空を見上げてふっと柔らかく笑った。
「……まあ、でも。お前が変なこと言い出すおかげで、退屈なキャンパスライフとは無縁だけどな」
みずきはパッと目を輝かせ、飛び切りの笑顔を浮かべた。
「はいっ! 教授に怒られても、日向くんがツッコんでくれれば世界一楽しいです!」
「へいへい。……で、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく微笑むと、胸を張って高らかに宣言した。
「明日は『二人で部室の大掃除&掘り出し物オークション配信』です!」
駆は夕暮れのキャンパスに向かって、本日一番の爆音ツッコミを叩き込んだ。
「部室の備品を勝手に売るな!!!! 大学の財産だろ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夕焼け空に溶けていく二人の笑い声。
単位の危機を乗り越えても、教授に怒られても。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




