四十一話
「ブラックホールでツッコめるか!」という前夜の叫びも虚しく、翌日の20時。天宮ミルクのチャンネルでは当然のように前人未到の配信枠が立ち上がっていた。
タイトル:『【超高圧】イベントホライズン突入!? ブラックホールの中心で愛とボケを叫ぶ!』
チャンネル登録者数600万人超えの化け物チャンネルの画面前には、開始前から90万人を超えるリスナーが集結。チャット欄は物理法則の崩壊を察知して既に大お祭り騒ぎだった。
【本当にブラックホール配信始まってて草】
【光すら脱出できないのに配信の電波は届くのか】
【事象の地平線を超えたツッコミ】
【ヒューガの叫び声が重力波になって地球に届いてそう】
――20時ジャスト。配信スタート。
画面に映し出されたのは、光すら呑み込む巨大な漆黒の渦・ブラックホール(※最新VR&量子通信設定)。そのギリギリのフチで、3Dモデルのヒューガと天宮ミルクが宇宙服風衣装で漂っていた。
「……みなさんこんばんは。個人勢VTuberのヒューガです。……現在、僕たちの背後には光すら脱出不能な巨大ブラックホールが広がっています。重力で体の3Dモデルが縦にビヨンビヨン伸びてます。助けてください」
「こんミルク〜! ブラックホールの重力で『キャベツタルトの圧縮熟成』を試みている天宮ミルクです〜!」
「無限の重力を漬物石代わりに使うな!! 圧縮されすぎてキャベツが超高密度の中性子星になっちゃうだろ!! 地球に持ち帰ったら重さでアジア大陸が沈没するわ!!」
【wwwwwwwwwwww】
【開幕0秒の超高密度ツッコミ】
【キャベツが中性子星になるのはヤバいww】
【縦に伸ばされながらツッコむヒューガのプロ根性】
そこへ、Discordの通信音とともに仲間たちが次々と時空の歪みを越えて接続してくる。
黒羽レン『……ヒューガさん、僕の計算によれば、そちらの時間の進み方は地球の1万倍遅くなっています。つまり、ヒューガさんのツッコミ1回で地球では3年が経過します』
「浦島太郎状態になるツッコミすな!! 配信終わったら地球で俺たちのチャンネル風化してんだろ!!」
鳳凰院カグラ『クックック……この無と混沌の穴こそ、我が暗黒魔法の真の源泉! 今こそ全宇宙を我が手中に——あ、なんか体が引っ張られて吸い込まれる!? 助けてヒューガぁぁぁ!!』
「格好つけて秒で吸い込まれかけてんじゃねえよ魔王!! 手を伸ばすな自力で脱出しろ!!」
星空ルチア『ヒューガ先輩! AIの最適化計算により、ブラックホールを消滅させる唯一の方法が判明しました!「全力のギャグでブラックホールをドン引きさせること」です!』
「ブラックホールに感情はねえよ!! 物理現象をドン引きで解決しようとするな!!」
【ブラックホールをドン引きさせる草ww】
【地球では3年経過www】
【同接破竹の120万人突破!】
そして、天宮ミルクがブラックホールの中心(事象の地平線)に向かって、巨大な「キャベツタルト」を力いっぱい投げ込んだ。
「ブラックホールさ〜ん! お腹がすいたらミルク特製のキャベツタルトを食べてね〜!」
直後、あまりの超高密度奇食データと突飛な存在にブラックホールが暴走。謎の放光を吐き出しながら、ポカ〜ンと消滅してしまった。
「……あ、ブラックホールが消えちゃいました」
「奇食の恐怖で空間ごと消滅したんじゃねえよ!! 物理学の教科書を根底から覆すな!!」
【ブラックホール消滅草wwwwww】
【キャベツタルト>>>ブラックホール】
【物理学者の敗北】
【世界を救う(?)奇食】
世界120万人の同時接続リスナーが腹を抱えて大爆笑。宇宙の脅威(?)すら一瞬でギャグに昇華させ、ブラックホール脱出配信は大狂乱のうちに幕を閉じた。
――配信終了後。深夜の大学の部室。
無事に地球の部室へ生還し、パイプ椅子に崩れ落ちる駆。
「……はぁ……はぁ……。ブラックホールにツッコむのは、人生で一番重力が重かったわ……」
「ふふっ、お疲れ様です日向くん!」
隣に座ったみずきが、冷えた缶のいちごミルクを駆の頬にぽんと当てた。
「でも、ブラックホールも日向くんのツッコミに驚いて消えちゃいましたね!」
「俺のツッコミじゃなくてお前のキャベツタルトのせいだろ!!」
駆は受け取った缶を一口飲み、窓から見える静かな夜空を見上げてふっと柔らかく笑った。
「……まあ、でも。全宇宙のどこに行こうが、俺たちのやることは変わらんな」
みずきはパッと目を輝かせ、飛び切りの笑顔で頷いた。
「はいっ! 宇宙が消えても、時空が歪んでも、日向くんと一緒ならどこでも最高の部室です!」
「へいへい。……で、明日は何やる気だ?」
みずきは悪戯っぽく微笑むと、ノートを開いて高らかに宣言した。
「明日は……ただ二人で、部室で美味しいお茶を飲む配信です!」
駆は夜のキャンパスに向かって、本日一番の快晴のような叫び声を響かせた。
「ブラックホールの次は急に地味だな!!!! 振れ幅極端すぎるだろ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく二人の笑い声。
ブラックホールを越え、時空を越えて。
世界一のツッコミと世界一のド天然の物語は、どこまでも賑やかに未来へ続いていく。




