四話
天宮ミルクとの初公式コラボから数日。
ヒューガのチャンネル登録者数はついに15万人を破竹の勢いで突破していた。
しかし、急激な露出の代償として、ネットの掲示板やSNSでは不穏な声も上がり始めていた。
『ヒューガって奴、結局大手Vのコネで売名しただけの素人だろ』
『天宮ミルクの威を借る狐。単体じゃ何もできない説』
『ツッコミがうるさい。叫んでるだけ』
「まあ……そう言われるのも当然か」
自室でエゴサーチをしていた駆は、画面を見ながら静かにため息をついた。
自分自身、半月前までは同接4人の底辺Vだったのだ。大手Vとの事故コラボから一躍時の人になったのだから、「運だけで成り上がった素人」と叩かれるのは必然とも言えた。
そんな折、Discordに予期せぬ人物から連絡が入る。
メッセージの主は、ライブプロダクション所属のVTuber——黒羽レン。
チャンネル登録者数60万人を誇る、クール系頭脳派として人気のVであり、事務所内でも有数の企画屋・ゲーマーとして知られている人物だった。
『ヒューガさん、突然の連絡失礼します。黒羽レンです。近々、コラボ配信でお時間をいただけないでしょうか?』
「黒羽レン……!?」
駆は背筋を伸ばした。
天宮ミルクのような「天然ポンコツ系」とは正反対の、ロジカルで知的なトークを得意とするVだ。なぜ自分に?
数日後、黒羽レンのチャンネルにて、コラボ配信『【対談&検証】ヒューガのツッコミは本物か? 黒羽レンが徹底解剖』がスタートした。
「皆さんこんばんは、黒羽レンです。本日のゲストは、今ネットを揺るがしている話題の個人勢V、ヒューガさんです」
「こんばんは、ヒューガです……。レンさん、タイトルが不穏すぎるんですけど、俺は今日取り調べに呼び出されたんですか?」
【始まったあああああ!】
【黒羽レンvsヒューガwww】
【査定配信草】
【レン様が偽物Vをボコりにきたぞ】
コメント欄には煽りコメントも散見される。
レンは低音の落ち着いた声でフッと笑った。
「失礼、取り調べではありませんよ。ただ、僕も一人の配信者として気になったんです。天宮ミルクの暴走を捌いたあなたのツッコミが、単なる事故の奇跡なのか、それとも本物の技術なのかをね」
「ハードルを上げるな! ハードルを爆上げするな!! こっちはただの一般大学生(V)だぞ!!」
開幕からのキレのあるツッコミに、コメント欄が「w」で埋まり始める。
「では早速ですが、本日は【あらゆるタイプのボケVに対する適応力】を検証させてもらいます。ヒューガさんには僕が用意した刺客……じゃなくて、ゲストの方々と順に対戦・会話していただきます」
「刺客って言っただろ今!! 完全にバラエティの罠じゃねえか!!」
レンが提示した企画は、完全にヒューガの「ツッコミの真価」を試す試練だった。
一人目の刺客として通話に入ってきたのは、他事務所に所属する『自称・IQ2億の超天才メカニカル赤ちゃんV』。
第一声から「バブー! 妾は量子力学を修めし最強の赤子であるぞ〜!」と狂気全開で攻めてくる。
「赤ちゃんが量子力学修めるな!! 脳のシワどうなってんだよ!!」
「バブ! ヒューガ、妾のミルクの温め方がぬるい! 超ひも理論を用いて分子振動で加熱せよ!」
「電子レンジ使えや!! なんで離乳食温めるのに宇宙の真理引っ張り出してきてんだよ!!」
怒涛の不条理ボケに対し、駆は間髪入れずに正論とワードセンスを叩き込んでいく。
続いて二人目の刺客は、『絶対に喋らない無言ASMR配信者』。
一切声を出さず、SE(効果音)やタイピング音だけでボケを仕掛けてくる超難敵だ。
(カタカタカタ……ッターン!)
「Enterキーの音デカすぎだろ!! 怒り乗ってんのか!?」
(ピロリン♪ 『たらいが落ちる音』)
「効果音でボケるな!! 視覚情報がないのに頭上でたらい落とされた感覚だけ伝わってくるわ!!」
(シュコン♪ 『投げ銭10万円の音』)
「自分で自分にスパチャ投げて自作自演するな!! 虚しくならんのかそれ!!」
姿も見えず、声も発しない相手の「音のボケ」すらも完璧に拾い上げる駆の姿に、最初は懐疑的だったコメント欄の雰囲気がガラリと変わっていった。
【待ってツッコミの守備範囲広すぎるwwww】
【無言Vにツッコむのは草】
【ワードのチョイスが毎回天才的すぎるんだよな】
【これ素人じゃねえだろwwww】
そして最後の刺客。
「ふふっ、二人とも楽しそうね〜!」
通話に乱入してきたのは、案の定、天宮ミルクだった。
「なんで最後にお前が出てくるんだよ!!」
「レン先輩に『ヒューガさんをおどかすお手伝いして』って言われたんです! えへへ、ミルクの登場、驚きましたか〜?」
「驚くわ! ていうかお前が一番の最終ボス(ラスボス)なんだよ!! 難易度ナイトメアなんだよ!!」
ミルクは「ヒューガさ〜ん、見てください! ミルク、新しい特技を覚えたんです!」と意気揚々と語り出し、「キーボードの『A』のキーだけを連打して曲を奏でる」という無茶苦茶なパフォーマンスを披露。
「それ音階ねえよ!! ただの打鍵音だよ!! モールス信号かお前は!!」
「え〜? ちゃんと『チューリップ』のメロディ聞こえませんでした〜?」
「『タタタタタタタタ』でチューリップが聞こえるのはお前の脳内だけだ!!」
――配信開始から2時間。
怒涛のツッコミラッシュを終え、肩で息をする駆に対し、企画主の黒羽レンが静かに拍手を送った。
「……素晴らしい。完敗ですよ、ヒューガさん」
「はぁ……はぁ……レンさん……これ、何の拷問ですか……?」
「最初はね、嫉妬もあったのかもしれません。天宮ミルクという大手の看板を背負ってバズったあなたに対して。ですが、確信しました。あなたは誰の隣に立っても、その相手を一番面白く輝かせることができる……最高の『司令塔』だ」
【レン様が認めた……!】
【マジでヒューガのツッコミは本物だった】
【誰とコラボしても面白くなるの凄いわ】
【万能ツッコミ処理係・ヒューガ誕生の瞬間である】
コメント欄は称賛の嵐に包まれた。
「売名」や「威を借る狐」という雑音は、駆自身の圧倒的なツッコミの腕前によって完全に打ち砕かれたのだ。
配信後、楽屋通話でレンは駆に告げた。
「ヒューガさん。今年の夏、ライブプロダクション主催で大規模な箱コラボ企画……『30人合同マイクラ夏祭り』があるんです。……あなたに、全体の進行とツッコミの司令塔(MC)として参加してほしい」
「え……? 30人……!? 個人勢の俺が、ライブプロの夏祭りのMCを……!?」
駆のVTuber活動は、本人の望まぬ形で、さらに巨大なステージへと巻き込まれていくのだった。




