三話
ライブプロダクションマネージャー・赤坂とのオンライン打ち合わせを終え、正式に決まった天宮ミルクとの初公式コラボ。
企画内容は『話題の協力型脱出アクションゲームを2人でクリアするまで終われません!』。
配信開始は金曜日の21時。
コラボ決定の告知ツイートがライブプロダクション公式と天宮ミルクのXアカウントから発信されるやいなや、ネット上は大騒ぎとなった。
『例の神ツッコミVとの公式コラボきたあああああ!!』
『事務所公認猛獣使い爆誕www』
『ミルクちゃんを脱出ゲームに行かせて大丈夫か? 絶対閉じ込められて終わるだろ』
待機所には配信開始15分前の段階で、すでに3万人を超えるリスナーが集まっていた。
「……落ち着け日向駆。いつも通りでいい。ただのゲーム配信だ。ボケられたら拾って突っ込む。それだけだ……!」
駆は自室で冷えた麦茶を喉に流し込み、心臓の高鳴りを抑える。
『ピコン!』
Discordの通話に入る。
「あ、ヒューガさん〜! こんばんは〜!」
イヤホンから聞こえてくる、脳が溶けるような甘い声。相変わらずの超絶美声だが、駆は気を引き締めた。
「天宮さん、こんばんは。本日はよろしくお願いします」
「えへへ、よろしくお願いします! あのねヒューガさん! 今日のためにミルク、脱出ゲームの予習をしてきたんですよ!」
「お、マジですか。珍しいですね。どんな予習をしてきたんですか?」
「リアル脱出ゲームの動画を見て、脱出のコツを勉強しました! 『部屋の隅々まで調べる』のと、『謎解きはひらめきが大事』って学びました!」
「おお、完璧じゃないですか。素晴らしいですよ」
「あと、非常口の場所の確認!」
「それ現実の避難訓練だろ!!」
瞬時に繰り出された駆のツッコミに、通話の向こうでミルクが「きゃはは!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「やっぱりヒューガさんのツッコミ、キレッキレで好き〜!」
「煽ってんのか!? ほら、もうすぐ21時になりますから配信画面出しますよ!」
そして時刻は21時ジャスト。
カウントダウンとともに、配信がスタートした。
「「こんミルク〜! / こんばんは〜!」」
コメント欄が一気に加速する。
【きたああああああああ!】
【開幕からツッコミ助かる】
【みるくちゅーにゅう爆誕!】
【ヒューガ頑張れ超頑張れ】
「はーい、というわけで今日は! 大人気Vの天宮ミルクさんと、脱出ゲームをやらせていただきます! 個人勢のヒューガです、よろしくお願いします!」
「はーい! ミルクの飼い主のヒューガさんでーす!」
「誰が飼い主だ!! 飼育員か猛獣使いにしてくれ!!」
【草wwwwwwwww】
【自分で飼い主って認めかけてて草】
【息ぴったりすぎるだろww】
序盤からリスナーの爆笑を誘う掛け合い。だが、本当の地獄はゲームが始まってからだった。
今回プレイするのは、2人のプレイヤーが協力して仕掛けを解き、閉ざされた洋館から脱出するゲーム。
プレイヤーAがレバーを引いている間、プレイヤーBがドアを通る……といったチームワークが不可欠なゲームだ。
「よし、天宮さん。そこに赤いボタンがありますよね? 僕が合図したらそれを押してください」
「はい! 赤いボタンですね! 押しました!」
「合図してねえよ!!」
ガチャリ、と駆の足元の床が抜け、キャラクターが暗闇の奈落へと落下していく。
【wwwwwwwwwwww】
【早すぎる裏切り】
【秒で殺されてて草】
「あーっ!? ヒューガさんが消えちゃった!? どこ行ったの〜!?」
「お前がボタン押したから落とし穴に落ちたんだよ!! 『合図したら』って言っただろ! 日本語聞いてた!?」
「ごめんなさい〜! 赤いボタンがあったから、つい我慢できなくて……! 男の人はみんな赤いボタン好きって聞きました!」
「それは押したくなる衝動の話であって男関係ねえよ! ていうか押したのはお前だろ!!」
駆のマシンガンツッコミが炸裂するたびに、コメント欄は「wwww」の弾幕で埋め尽くされていく。
その後も、
・ミルクが暗号文(数字の配列)を見て「これミルクの誕生日の数字が入ってます!」と歓喜し、全く関係ない数字を入力して爆破される。
・敵のモンスターが出現した際、「お話し合いで解決しましょう!」と丸腰で接近し、一瞬で噛み殺される。
・鍵を見つけたミルクが「大切にしまっておきますね!」と言ってインベントリの奥底に封印し、駆が10分間鍵を探し回るハメになる。
……など、天宮ミルクの圧倒的なポンコツぶりが次々と発火。
しかし、駆はその全てを逃さず、卓越したワードセンスと超速度のツッコミで拾い上げ、極上のエンターテインメントへと昇華させていった。
気づけば、同接数は12万人を突破。
「はぁ……はぁ……天宮さん、もう一回言いますね。そのレバーは『引く』じゃなくて『押す』です」
「はい! 引きます!」
「押せと言っとるだろ!! 英語でPUSHって書いてあるだろ!! P・U・S・H!!」
「え〜、だってミルク、英語習ったことないもん〜!」
「アルファベットくらい中学生で習うわ!!」
深夜1時。
予定時間を大幅にオーバーし、泥沼の末になんとか脱出に成功した頃には、駆の声はすっかりガラガラになっていた。
「ハァ……ハァ……脱出……できた……」
「やったーーーー! 脱出成功です〜! ヒューガさんすごーい!」
「お前が足を引っ張り続けたんだよ……! 命が……声の命が足りねえ……」
【お疲れ様でしたwwwwww】
【腹ちぎれるほど笑ったwwww】
【最高のコラボだったわ】
【ヒューガの喉にのど飴送ってあげたい】
【同接12万超え凄すぎ】
配信は大盛況のうちに終了。
配信後の楽屋(プライベート通話)で、疲労困憊の駆にミルクが申し訳なさそうに言った。
「あの……ヒューガさん。ミルク、やっぱりポンコツで迷惑かけちゃいましたよね……?」
しょんぼりした声。駆はハッとして、ガラガラの声を絞り出した。
「いや……何を言ってるんですか。めちゃくちゃ楽しかったですよ。天宮さんのボケ、全部最高でした。リスナーもみんな喜んでましたし」
「……本当ですか? ミルク、ヒューガさんと配信できてすっごく楽しかったです! また……またコラボしてくれますか?」
画面の向こうで、可憐な美少女モデルが上目遣いでこちらを見つめている(ように見える)。
駆はふっと苦笑した。
「ええ、もちろん。いつでも付き合いますよ。……俺の喉が持つ限りはね」
「わーい! 約束ですよ〜!」
こうして、公式コラボ『みるくちューにゅう』の初配信は大成功を収めた。
しかし、この大バズりが、他のVたちやネットの思惑を巻き込む新たな波乱の引き金になるとは、この時の駆はまだ知る由もなかった。




