二話
あの伝説的な配信事故から、一夜が明けた。
「……夢、だよな」
翌朝、目覚まし時計の音で目を覚ました駆は、重い頭を抱えながらPCのモニターをつけた。
まぶたをこすりながらブラウザを立ち上げ、自身のYouTube Channelのアナリティクス画面を開く。
「……え?」
画面に表示された数字を見て、駆は固まった。
【チャンネル登録者数:42,500人】
昨日の配信前は、確か「302人」だったはずだ。
桁がふたつ……いや、桁どころの騒ぎではない。一晩で約4万人以上の人間が、この何の変哲もない底辺Vのチャンネルに押し寄せたことになる。
「な、なんだこれ……夢か? 高熱で見ている悪夢なのか……!?」
慌ててX(旧Twitter)を開くと、トレンド欄のトップ3が恐ろしいことになっていた。
#天宮ミルク
#リアル大工配信
#神ツッコミのヒューガ
通知欄は勢いよくスクロールされ続け、スマホが壊れたバイブレーションのようにブブブブと震え続けている。
YouTubeの検索欄で「ヒューガ ツッコミ」と打ち込むと、有志の切り抜き職人たちによって投稿された動画がズラリと並んでいた。
『【神回】天宮ミルクの奇行をプロ級のツッコミで全て撃ち落とす謎の新人V【切り抜き】』
『【配信事故】「原人かお前は!!」同接8万人の前で爆走するミルクと限界ヒューガ』
再生数はどれも数万から、伸びているものは既に100万回再生を突破していた。
コメント欄を覗いてみると、
『ミルクちゃんの暴走をここまで100%拾えて処理できる奴、初めて見たwww』
『「原人かお前は!!」の切れ味で腹ちぎれた』
『このヒューガってV、新人? それとも隠れた天才?』
『ツッコミのワードセンスが一般人の域を超えてるwwww』
『事務所のどのVよりミルクちゃんの扱い上手いの草』
絶賛と爆笑の嵐だった。
「嘘だろ……。俺、ただ深夜に事故処理させられただけだぞ……?」
駆は頭を抱えた。
お笑いのプロでもなんでもない、ただのツッコミ体質大学生である。普段から大学のサークルや友人同士の会話で「お前のツッコミ無駄にキレあるな」と言われ続けてはいたが、まさかそれが8万人以上の前で爆発し、こんな事態になるとは思いもしなかった。
その時、デスクトップの右下に、再びDiscordの通知がポップアップした。
見慣れないアイコン。アカウント名は『ライブプロダクション公式_マネージャー赤坂』。
(……ライブプロダクション!? 天宮ミルクが所属してる、あの超大手事務所か……!?)
駆の心臓がドクンと跳ねた。
冷や汗が背中を伝う。
(やばい……! 事故とはいえ、許可なく大手Vの配信に乗っかって暴言を吐きまくったんだ。損害賠償……!? 権利侵害で訴えられるのか……!?)
震える手でマウスを握り、恐る恐るダイレクトメッセージを開いた。
『ヒューガ様
はじめまして。株式会社ライブプロダクションにて、天宮ミルクのマネージメントを担当しております赤坂と申します。
昨夜は弊社の天宮が大変なご迷惑とご騒音をおかけし、誠に申し訳ございませんでした』
丁寧な謝罪文から始まっていた。駆は少し胸を撫でおろしたが、続く文章を読んで目を見開いた。
『つきましては、昨夜の配信事故に関するご相談と、今後のコラボレーション企画につきまして、ぜひ一度お話し合いの機会をいただきたくご連絡いたしました。天宮本人も「またヒューガさんとお話ししたい!」と強く希望しております』
「……へ?」
怒られるどころか、公式コラボの打診だった。
さらに文章は続く。
『弊社の天宮は非常に魅力的なタレントですが、ご存知の通り突発的な言動が多く、並の配信者では会話のハンドリングが困難な状態が続いておりました。しかし昨夜、ヒューガ様の素晴らしいツッコミと状況整理能力を拝見し、弊社として「天宮の暴走をコントロールできる唯一無二の存在」であると確信いたしました。
もしよろしければ、事務所公認の定期コラボユニットとして、企画をご一緒に進めさせていただけないでしょうか?』
「コントロールできる唯一無二の存在って……猛獣使い扱いじゃねーか!!」
自室で一人、駆は画面に向かってツッコんだ。
しかし、断る理由などなかった。
自分はただの底辺個人Vだ。大手事務所からのオファーなど、本来なら一生お目にかかれない奇跡のような話である。
何より、「自分のツッコミで誰かが笑ってくれた」という事実が、駆の胸の奥をほんの少し熱くさせていた。
駆は深呼吸をし、キーボードに手を置いた。
『赤坂様
ご連絡ありがとうございます。ヒューガと申します。
昨夜は私の方こそ乱暴な言葉遣いをしてしまい、大変失礼いたしました。
コラボの件、ぜひお話しさせてください——』
こうして、しがない大学生・日向駆の「苦労人ツッコミV」としての本格的な配信活動が、幕を開けたのだった。




