三十話
2027年の幕開けから数ヶ月。
登録者数500万人という、VTuber界における前人未到の神話へと到達した「みるくちゅーにゅう」。
春の陽気が差し込む自室で、駆は画面上の「5,000,000」の数字を呆然と眺めていた。
「500万人……。同接4人の事故配信から始まって、ここまで来ちまったか……」
感慨に浸る駆のイヤホンに、激しいDiscordの通知音が鳴り響く。
「ヒューガさ〜ん!! 500万人突破記念の超超超ビッグ企画が決まりましたよ〜〜〜っ!」
天宮ミルクの声だ。また嫌な予感しかしない。
「なんだよ……。もう映画も地上波もやったぞ。これ以上何があるんだ?」
「フフフ……ミルクたちが次に目指すのは……『全宇宙世界ツアー』です! 最終公演は月面特設ステージからの生中継ライブです!」
「月面から生中継すな!! 配信のラグが凄まじいことになんだろ!! 物理的な通信速度を考えろ通信速度を!!」
【wwwwwwwwwwww】
【まさかの宇宙進出www】
【Vのスケールが銀河系に到達して草】
【ヒューガのツッコミが宇宙空間(無音)を突き破る】
案の定、特命プロデューサー(赤坂マネージャー)の全面協力により、最新VR&AR技術を結成した『バーチャル宇宙ツアー』の生配信枠が立ち上がった。
配信開始前にもかかわらず、待機所には世界中から120万人を超えるリスナーが殺到。
――そして、ライブ本番。
背景は漆黒の宇宙空間と、美しく輝く青い地球。
3Dモデルのヒューガと天宮ミルク、そして黒羽レン、鳳凰院カグラ、星空ルチア、クリス、シトラの仲間たちが月面ステージ(VR)に降臨した。
『EVERYONE IN THE UNIVERSE! WELCOME TO OUR MOON LIVE!!』
クリスの英語のアナウンスとともに、世界中から爆風のようなコメントとスパチャが画面を覆い尽くす。
「みなさんこんばんは! 個人勢VTuberのヒューガです! ついに宇宙まで来ちゃいました!」
「こんミルク〜! 月のクレーターでキャベツを育てようとしている天宮ミルクです〜!」
「無酸素空間で野菜を栽培しようとするな!! 月面をキャベツ畑開拓地にするんじゃない!!」
【月面でも即叩き落とされるボケww】
【無酸素ツッコミ草】
【同接150万人突破!! 世界記録だ!!】
曲の合間のMCコーナーでは、仲間たちの暴走も銀河規模へと加速する。
カグラ『クックック……この月の裏側に封印されし暗黒龍を、今こそ解き放とう!』
「ライブ中に世界の危機を引き起こすな!! 封印はそのままにしとけ!!」
ルチア『AIの計算により、無重力空間での最も美しいダンスが判明しました!「全力の土下座ぐるぐる回転」です!』
「ただのシュールな無重力奇行なんだよ!! 綺麗に舞い上がろうとすな!!」
150万人の観客が腹を抱えて大爆笑。地球上のあらゆる国々でトレンド1位を独占した。
ライブのラスト、天宮ミルクが地球を見つめながら、静かに語りかけた。
「……みんな。ミルクは、最初はただ自分の『好き』を伝えたくてVTuberを始めました。失敗ばっかりで、泣いちゃうこともいっぱいありました。……でも」
ミルクは振り返り、隣に立つ駆のモデルに向かって笑顔を弾けさせた。
「ヒューガさんが、ミルクの言葉をぜんぶ拾ってくれました。ツッコんで、笑いに変えてくれました。……日向くんがいてくれたから、ミルクはここまで来られました!」
【泣いた……】
【てぇてぇがすぎる】
【みるくちゅーにゅう最高!!】
【一生推すぞ!!】
チャット欄が感動の涙で溢れ返る。
駆は照れくさそうに顔を背け、少しだけ声を詰まらせながらマイクに向かった。
「……たく。湿っぽいのはなしだろ。……お前がどんなに無茶苦茶なボケをかましても、俺が全部拾ってやる。だから——これからも安心してボケ続けろ!」
『うおおおおおおおおお!!!』
『最高のコンビ!!』
『一生ついていくぞーーーーー!!』
月面ステージに降り注ぐ、虹色の紙吹雪と世界中からの歓声。
ライブはVTuber史に残る伝説のグランドフィナーレを迎えたのだった。
――配信終了後。深夜の大学の部室。
月面ライブの熱気が嘘のように静まり返った部屋で、駆とみずきは並んで座り、いつものように缶のジュース(みずきはいちごミルク)を飲んでいた。
「日向くん」
「ん?」
「宇宙に行っても、月に行っても……やっぱり、日向くんのツッコミが一番落ち着きますね」
みずきが月明かりの下で、柔らかく微笑む。
「……そりゃどうも。俺は寿命が削れてばっかりだけどな」
駆は缶コーヒーを飲み干し、ふっと愛おしそうに窓の外の夜空を見上げた。
「……でも、悪くないよ。お前と出会えて、本当に良かった」
「……っ! はい! じゃあ日向くん!」
みずきはパッと目を輝かせると、ポケットから新しいノートを取り出した。
「明日の500万人記念配信は、地球のコア(地底)まで穴を掘って『地底人コラボ』をやりま〜す!」
駆はパイプ椅子から勢いよく立ち上がり、夜のキャンパスに響き渡る声で、魂のツッコミを解き放った。
「地球の核まで掘り進めるな!!!! 地殻変動で人類が滅亡するだろ!!!」
「きゃはは! やっぱり日向くんのツッコミ、世界一〜!」
夜空に溶けていく、二人の弾けるような笑い声。
同接4人の事故配信から始まった小さな奇跡は。
500万人になっても、世界を巻き込んでも、宇宙へ行っても。
終わらない笑いと最高の絆と共に、未来へ向かって永遠に続いていくのだった。




