十七話
エイプリルフール配信から数ヶ月。
チャンネル登録者数180万人を破竹の勢いで達成したヒューガのもとに、活動史上初となる「リアルオフライン単独イベント」の開催が発表された。
イベント名は『ヒューガ 1st Fan Meeting 〜リアルでもツッコミの手を緩めるな!〜』。
パシフィコ横浜の大ホール、収容人数約5,000人。チケットは抽選開始わずか1分で即完売となった。
イベント当日の楽屋。
黒のシックなジャケットに身を包んだ駆は、緊張で胃を痛めながら手元の進行台本を何度も確認していた。
「個人勢のファンミで5,000人……本当に実在するのか、リスナーって……」
『ヒューガ様、まもなく開演です』
スタッフの声を合図に、駆は息を呑み、ステージへと足を踏み出した。
巨大スクリーンに映し出される3Dモデル。そして、暗転したステージにスポットライトが当たると同時に、地鳴りのような大歓声が会場を揺らした。
『うおおおおおおおおお!!』
『ヒューガーーーーー!!』
『本当に実在してたーーーーー!!』
「……みなさん、こんばんは!! 個人勢VTuberのヒューガです!! 本日は会場にお越しいただき、本当にありがとうございます!!」
マイクを通した声に、万雷の拍手が返ってくる。
画面の向こうの数字でしか見えなかった「リスナー」が、確かに目の前に存在する感動に包まれる駆。
だが、感動的な空気も束の間、イベント中盤のゲストコーナーで事件は起きる。
「さて! 本日は僕の単独イベントということで、この方に特別なお祝いメッセージ(動画)をいただいております。画面をご覧ください!」
ステージの大スクリーンに映し出されたのは、天宮ミルクの3Dモデル……ではなく、現地舞台袖のLive2Dモニターカメラだった。
「はーい! みなさんこんミルク〜!……って、動画じゃなくて裏に直接来ちゃいました〜〜〜っ!」
ザワッ……ギャアアアアアア!!
会場のテンションが最高潮に達する。
「来ちゃいましたじゃねえよ!! なんで裏にいるんだ天宮さん!! 警備員はどうした警備員は!!」
「受付で『ヒューガさんの飼育員です』って言ったら普通に通してくれました〜!」
「セキュリティガバガバかこの会場!! 猛獣(お前)を野に放つな!!」
【wwwwwwwwwwww】
【現地サプライズきたあああああ!】
【会場の爆笑と歓声がヤバいww】
【リアル会場でも即座にツッコむヒューガ流石すぎる】
ステージ上に設置された特設モニター越しに繰り広げられる、生の爆音ツッコミ。
5,000人の観客が腹を抱えて大爆笑し、会場全体が揺れ動く。
「で? 来たからには何か持ってきたんだろ。どうせキャベツタルトとかだろ」
「違いますよ〜! 今日はヒューガさんに、ミルクから本当のお祝いのプレゼントを持ってきたんです!」
モニターの横から、スタッフの手によってステージ中央にひとつの小さな箱が運び込まれた。
「……なんだこれ? ケーキか?」
「開けてみてください!」
駆が慎重に箱を開けると、そこに入っていたのは——1本のレトロな卓上スタンドマイクだった。
会場が一瞬、静まり返る。
「……これ、天宮さん」
「はい! 半年前、大学の部室で日向くん……じゃなくてヒューガさんが、ミルクの爆走を止めるために一番最初に使った、あの部室の壊れかけのマイクです!」
みずき(天宮ミルク)の声が、少しだけ優しく響いた。
「修理して、ピカピカに磨いておきました。……あの日、このマイクから始まった事故配信がなかったら、ミルクも、ヒューガさんも、ここにはいなかったと思います。……いつも最高のツッコミを、ありがとうございます!」
会場全体から、あたたかい拍手が沸き起こった。
駆はマイクを手に取り、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「……たく。湿っぽい演出すんなよな。……サンキュ」
駆は手に入れたそのマイクを握り締め、5,000人の観客に向かって胸を張った。
「みんな!! 同接4人から始まった俺の配信が、こんなにデカい会場を満員にできるまでになりました! 画面の前の奇跡も、この場所の歓声も、全部俺の宝物です!……これからも変わらずツッコミ続けるから、一生ついてきてくれ!!」
『うおおおおおおおおお!!!』
『一生ついていくぞーーーーー!!』
『ヒューガ最高ーーーーー!!』
銀テープが舞い散る中、涙と爆笑に包まれて1stファンミーティングは最高のグランドフィナーレを迎えたのだった。
――イベント終了後。パシフィコ横浜の裏手、夜風が吹き抜ける海沿いのデッキ。
イベントを終え、私服に着替えた駆が佇んでいると、後ろからパタパタと足音が近づいてきた。
「日向くん! お疲れ様でした!」
私服姿の天野みずきが、缶のいちごミルクを両手に抱えて駆け寄ってきた。
「天野……お疲れ。マイク、マジでありがとな」
「えへへ、喜んでもらえて良かったです!……ねぇ、日向くん」
みずきは横浜の綺麗な夜景を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「5,000人の前でツッコむ日向くん、すっごく格好良かったです。……でも、ミルクにとっては、二人きりの部室でツッコんでくれたあの頃と、ずーっと変わらないヒーローですよ」
駆は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに優しく微笑んだ。
「……何言ってんだ。お前がボケ続ける限り、俺はどこにいたってただの苦労人ツッコミ役だよ」
「ふふっ! じゃあ、帰ったらさっそく反省会配信(ボケまくり雑談)ですね!」
「今夜くらい休ませろ!! 喉が千切れるわ!!」
夜の港町に響き渡る、いつもと変わらない二人の笑い声。
画面を超え、リアルを超えて。
ひとつの事故から始まった物語は、これからも新たな奇跡を紡ぎながら、どこまでも続いていく。




