十六話
4月1日。世間が嘘と悪ふざけに包まれるエイプリルフールの夜。
日向駆のチャンネルでは、前代未聞の特別配信が告知されていた。
タイトル:『【エイプリルフール】本日限定。俺がボケて、天宮ミルクがツッコむ配信』
普段は100%ツッコミに回り、苦労人ポジションを崩さないヒューガが、年に一度のこの日に限って「ボケ役」へと転向する前代未聞の企画。
待機所には配信前から35万人を超えるリスナーが殺到し、チャット欄は開始前からお祭り騒ぎとなっていた。
【マジで言ってるのか???】
【ヒューガがボケる世界線が存在するの草】
【あの天宮ミルクがツッコミ……? 天変地異だろ】
【絶対放送事故になる未来しか見えないww】
20時ジャスト。配信がスタートした。
「……みなさん、こんミルク〜! 本日はハイパーAI美少女のヒューガです! 主食はボルトとナットです!」
重厚な低音ボイスで、一切の感情を殺した棒読みのボケを放つ駆。
直後、通話相手の天宮ミルク——中の人である天野みずきが、息を吸い込んでマイクに向かった。
「……え、えーっと! ボルトとナットは食べられませんよ〜! お腹壊しちゃいますよ〜!」
【弱すぎるwwwwwwww】
【ツッコミが優しすぎて草】
【保護者の注意でワロタ】
【ツッコミのキレゼロで腹痛いww】
チャット欄が一瞬で「w」で埋め尽くされる。
駆は間髪入れずに次のボケ(奇行)へとシフトした。
「あ、すみません。今からマイクラのワールドで家を建てたいので、自室の床をノコギリでギコギコ切って庭の木を倒してきますね」
第1章の事故配信で、かつて天宮ミルクが放った伝説の暴論をそのまま返す駆。
「ふぇっ!? ダメですよ日向く……じゃなくてヒューガさん! おうちの床切ったら下に落ちちゃいますし、警察が来ちゃいます〜!」
「警察には『私は原人です』って言えば通じるので大丈夫です」
「通じませんよ〜! 原人さんでも法律は守らないとダメです〜〜〜っ!」
「法律を守る原人はただの模範的市民なんだよ!!!」
——我慢の限界を迎えた駆が、結局自分で自分にツッコミを叩き込んでしまった。
【自分でツッコんだwwwwww】
【我慢できなくて草】
【ツッコミの体質が身体に染み付きすぎてる】
【自家発電ツッコミ助かる】
「あーーーっ!! ダメだ!! 耐えられない!! なんでお前のツッコミがあまりにもふんわりしすぎてて、俺が自分で補正しなきゃいけないんだよ!!」
頭を抱えて叫ぶ駆に、ミルクは「きゃはは!」と爆笑した。
「えへへ〜! ミルク、ツッコミの練習してきたんですけど、やっぱりヒューガさんみたいに鋭く言えないです〜!」
「『お腹壊しちゃいますよ〜』はツッコミじゃなくて保育園の先生なんだよ!! もっとこう、『腹壊すわ!』とか『歯折れるわ!』とか勢いで叩き落とすんだよ!!」
「むー! じゃあもう一回! ヒューガさん、何かボケてください!」
「よし、じゃあ今から俺が画面共有で『キャベツを丸ごと乗せた特製いちごタルト』の画像を出します」
「あ!! それミルクの特許です!! 勝手に使わないでください〜〜〜っ!!」
「そこ怒るとこじゃねえよ!! 奇食を生み出した自覚を持て!!」
結局、開始15分で「ボケ:ヒューガ / ツッコミ:天宮ミルク」の役割逆転企画はあえなく崩壊。
いつも通りの「怒濤のキレキレツッコミヒューガ」と「無敵のド天然天宮ミルク」の構造へと収束していった。
だが、リスナーにとってはこれ以上ない極上のエンターテインメントだった。
同接数は40万人を軽々と破竹の勢いで突破。
【やっぱりヒューガはツッコミじゃないと物足りないww】
【ミルクちゃんの保育園ツッコミ可愛すぎた】
【結局いつもの二人に戻るのてぇてぇな】
【最高のエイプリルフール配信だったわ】
――配信終了後。
プライベート通話で、疲労困憊の駆がジュースを一口飲んだ。
「ハぁ……二度とボケ役に回らん。ツッコミを我慢する方が100倍疲れるわ……」
「ふふっ、日向くん、ボケるの下手くそでしたね〜!」
みずきが画面の向こうで悪戯っぽく笑う。
「うるせえ。お前のツッコミが緩すぎるんだよ。……まあ、でも」
駆は画面の向こうの相方に向かって、柔らかく目を細めた。
「俺がボケて、お前が優しく拾う世界線も……たまには悪くなかったよ」
「……っ! えへへ、本当ですか? じゃあ来年のエイプリルフールは、ミルクが完璧なマシンガンツッコミマスターになって帰ってきますね!」
「それ一番怖いからやめろ!! お前は一生ド天然でボケてろ!!」
夜空に響く、いつもの切れ味鋭い叫び声。
嘘から始まった特別な夜も明け、二人はこれからも変わらぬ絆で、最高の笑いを届け続けていく。




