↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界マッチングアプリで相性0%の彼女を救ったら、忘れられるたびに能力を継承して最強になりました  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/31

第29章 忘れられるために生まれた男

「何回、作った」


 俺はリリアの腕に絡む糸を見た。


 背後の壊れた世界。


 アプリに一瞬だけ出た反復記録。


「四百七十一回です」


「全部、俺?」


「同じ基礎人格から作りました」


「最初のリリアは、二百七十三回まで死戻りを数えていた」


「その後も彼女自身の死戻りは続きました。彼女は数えることをやめましたが、DESTINYは記録をやめなかった」


 未来リリアが俺のスマートフォンを指す。


「彼女自身が世界を戻した回数は、四百七十一。隠された反復番号も、人格モデルの版数も四七一です」


「彼女が死んで二十四時間を戻すたび、世界の試行とあなたの人格モデルを一つ進めました。あなたが接続中に借りた力で戻った短い時間は、同じ世界の中の局所再試行です。版数には数えません」


「同じように、彼女たちを救わせた?」


「はい」


 未来のリリアは目をそらさない。


「四百七十回目を見せて」


 初めて、彼女の表情が崩れた。


「見る必要はありません」


「誰が決めた」


 答えはない。


「今度も、俺のためだと言うのか」


 腕の赤い糸が一本、震えた。


 壊れた世界の一つが近づく。


 白い雪に覆われた聖都。


 金色の輪は砕けている。オラクルは止まっている。それなのに空の半分が黒く欠け、地面には五本の糸が焼きついていた。


 俺と同じ顔の男が、未来のリリアにもたれて座っている。


 右腕がない。


 目も片方しか開いていない。


『世界は』


『あと三分で崩れます』


『全員は』


 リリアは答えない。


 男が笑った。


『また失敗か』


『次は修正します』


『次の俺を作るんだな』


『はい』


『そいつも、君を信じる』


 未来のリリアの手が止まる。


『基礎人格が同じなら』


『だったら、伝えて』


 男は残った左手で、彼女の袖をつかんだ。


『俺に謝らなくていい。次を作る前に、止まって考えろって』


『時間がありません』


『時間を戻せる君が、それを言うのか』


 空が割れる。


 リリアは男の額へ触れた。


『ごめんなさい』


 世界が白く消えた。


 映像が途切れる。


「伝えなかったな」


 未来のリリアは、四百七十回目の俺が消えた場所を見ている。


「伝えれば、次のあなたが計画を拒む可能性が上がりました」


「だから黙った」


「はい」


 喉の奥が熱くなる。


 彼女は泣いている。


 それでも、泣いたことは答えにならない。


「君はオラクルを止めるために、オラクルと同じことをした」


「成功率の低い選択を隠し、必要な犠牲だと判断した」


「はい」


「四百七十回目の俺は、君を許した?」


「聞けませんでした」


「違う。聞かなかった」


 未来のリリアは、ゆっくりとうなずいた。


「最初の時間軸で、あなたは私の記憶を消しませんでした。私を選び、二人で逃げました」


 白い空間に映像が浮かぶ。


 本物のレンとリリア。


 薬草店を開き、客の来ない店で笑っている。


 短い幸福。


 その外で、セレスが虐殺命令に従った。


 ミオと地下街が疫病で死んだ。


 ヴァルナが都市を焼いた。


 アリアへ神が降りた。


 世界から自由意思が消え、最後にオラクルそのものが破綻した。


「あなたは私を守って死にました」


「それで時間を戻した」


「あなたと世界を、両方救いたかった」


「一度じゃ足りなかった?」


「足りませんでした」


 レンを復元する。


 リリアを救わせる。


 記憶を残せば、同じ結末。


 消せば、次の候補へ進める。


「DESTINYは、お前が作った?」


「核を作りました。未来のオラクルから、例外処理を分離したのです」


 通常の管理では救えない破滅候補者を、別世界由来の人格へ接続する。


「途中から、私の命令を聞かなくなりました」


「能力回収を優先した」


「世界を救う最短経路を学習しました」


「人の記憶を消すのが」


「はい」


 リリアの声が初めて震えた。


「私は止めようとしました。関係保存を選べるように。あなたが私を選ぶ可能性を、どの周回にも残しました」


「そのたび世界が滅んだ?」


「はい」


「だから、今のアプリは選ばせなくなった」


 ヴァルナの記憶削除。


 保存を押しても拒まれた。


「破滅候補者は、毎回同じだった?」


「いいえ。選択も、感情も、少しずつ違いました」


「ミオが死んだ周回も」


「あります」


「セレスが部下を殺した周回も」


「あります」


「ヴァルナが人類を滅ぼした周回も」


「あります」


「全部、やり直した」


「世界を救うために」


「俺と会うためでもある」


 リリアは黙った。


 否定しない。


「あなたを愛していました」


「過去形?」


 未来のリリアは答えるまでに時間を使った。


「死戻りのたび、感情が薄れました。恐怖。怒り。喜び。あなたを失った悲しみも」


「愛も?」


「今の私には、判断できません」


 腕へ絡んだ赤い糸を一本持ち上げる。


 糸の中に、若いリリアの声が保存されていた。


『レンを取り戻したい』


 泣きながら何度も繰り返す声。


「失う前の感情を、DESTINYへ記録しました。感じられなくなった後は、記録の中の私なら何を選ぶかを実行しました」


「愛していた自分の命令に従った」


「はい」


「オラクルみたいに」


 未来のリリアの瞳が揺れる。


「はい」


「それでも、俺と会いたかった?」


「会いたいと記録されています」


「君自身へ聞いてる」


 彼女は胸へ手を当てた。


 答えを探す。


 画面も、保存記録も見ない。


「分かりません」


 初めて、未来の彼女自身が言った。


「でも、あなたが消えるのを見たくない。今ここで、それだけは感じます」


「なら、その一つを君の答えにして」


 彼女が顔を上げる。


 責められると思っていた目だ。


「俺は君を責められない。俺も、相手のためだと言って勝手に記憶を消した」


「では」


「でも、正しいとは言わない」


 俺は背後の世界を指す。


「彼女たちは選択肢じゃない。失敗したら戻していい試行結果でもない」


「分かっています」


「分かったのは、何人死んだ後だ」


「数えられません」


 リリアの目から涙が落ちる。


 彼女は頬へ触れ、濡れた指を不思議そうに見た。


「悲しいのか」


「分かりません」


「でも、泣いてる」


「感情の残響かもしれません」


 何百回消えても、完全にはなくならなかったもの。


「ごめんなさい」


「俺にだけ謝るな」


 五人の顔を思い出す。


 今の彼女たちは俺を知らない。


 別周回の彼女たちは、もう存在しない。


「最後の選択を、俺へ返して」


 手を差し出す。


「君が作った俺でも、今は俺が選ぶ」


「できません」


 未来のリリアが一歩下がった。


 初めて聞く、はっきりした拒絶だった。


「選択権を返した周回の成功率は、零・二%未満です。あなたは私を保存するか、自分を消すか、計画そのものを壊す」


「三つ目が一番まともに聞こえる」


「世界も壊れます」


「可能性だろ」


「四百七十回、確認しました」


「だから四百七十一回目も、同じ答えだけ見せる?」


 彼女は腕の糸を握りしめる。


「失敗すれば、もう戻せません」


「君がさっき決めたことだ」


「あなたも消えます」


「ほかに本当に何もないなら、受け入れる」


 未来のリリアが顔を上げる。


「世界と俺のどちらかしか残せないと、全部確かめた後なら。俺を消して」


「では」


「今すぐ押せとは言ってない」


 差し出された二つの選択肢を見る。


「自分を犠牲にすれば考えなくて済む。それを正しい答えにしたくない。まだ試していない選び方があるなら、最後まで探す」


「見つからなければ」


「逃げない」


「それを怖がるのは、今の君?」


 返事はない。


 代わりに、白い空間へ一軒の店が現れた。


 小さな薬草店。


 窓辺に乾燥薬草が並び、焦げたパンの臭いがする。


 本物のレンが帳簿へ向かい、若いリリアが薬瓶を磨いている。


 客はいない。


 二人はくだらないことで言い争い、同時に笑った。


「初回時間軸から保存した、最後の一日です」


 未来のリリアが店の扉へ触れる。


「ここへ人格を固定すれば、あなたは消えません。世界が終わるまでの短い間ですが、私たちは――」


「ほかの四人は」


 店の景色が止まった。


「いません」


「街の外は」


「見ないでください」


「見せて」


 窓へ手をかける。


 未来のリリアが押さえようとする。


 それより先に開いた。


 店の外に街はない。


 黒く崩れた大地と、自由意思を失った人々の影がある。


 幸福な一日だけを切り取り、その外を消した世界。


「これが君の欲しかった答え?」


「最初は」


「今は」


「分かりません」


 彼女は扉から手を離す。


「計画を手放せば、私には何も残りません。感情も、帰る時間も、あなたを取り戻す目的も」


「何もないなら、次を選べる」


「簡単に言わないでください」


「簡単じゃない。俺も無職になって、何者でもなくなったところから始まった」


 あの六畳間が本物でなくても。


 そこで動けなかった苦しさは、今の俺が引き受けた。


「目的がなくても、腹は減る。誰かに会えば、面倒なことになる。嫌でも次の日は来る」


「私には、次の日がありません」


「作るんだよ。戻すんじゃなく」


 薬草店の幻が崩れる。


 焦げたパンの臭いだけが、少し残った。


「君が愛していたレンにはなれない」


「はい」


「今の俺を、君の計画どおりにもさせない」


「はい」


「それでも選択を返せる?」


 未来のリリアは、今度は記録を見なかった。


 成功率も表示しない。


 長い沈黙の後、自分の腕へ指をかけた。


 リリアは腕の糸を見る。


 一本ずつ外す。


 四百七十一の世界が、白い空間へ溶けていく。


「返します」


 最後の糸を、俺へ渡す。


「私は、もう戻しません」


 その瞬間、六畳間が崩れた。


     ◇


『例外処理の離反を確認』


 オラクルの金色の輪が、白い空間を埋める。


 スマートフォンから赤い糸が広がり、輪へつながる。


『DESTINYとオラクルを再統合します』


 未来リリアの体が透ける。


「何が起きる」


「例外を消し、最初から選択のない世界へ戻します」


『回収容器の削除を開始』


 ゼノが現れた。


 胸の亀裂は残っている。


「命令:真壁レン人格モデルを消去」


 四本の剣を作る。


 聖都の露台で使った奇跡否定だけは戻っていない。


 俺も五能力を開く。


 時間回帰。死ぬまで動かない砂時計を、最後の共鳴のために残す。


 敗北適応。


 生命共有。


 概念捕食。


 奇跡否定。


 最後の一つは、まだ使わない。


 ゼノの銀の砂と、未来リリアの砂がぶつかる。


 ゼノは同時に三本目の剣を振る。


 白い糸が未来リリアの首へ巻きつき、彼女の消去負担を俺へ流し込もうとする。


 生命共有の管理用複製。


 オラクルへの魂登録を、本人の同意と見なす管理用複製。つなげられるのは、管理記録に載った負担だけだ。


 俺は自分から未来リリアとの糸を開く。


 消去の痛みが二本の経路へ入り、白い糸と赤い糸が互いを奪い合う。


「接続経路が競合」


 ゼノの声に、初めて処理の遅れが混じった。


「本人が選んだ糸と、命令で結んだ糸。どっちが強い」


「選択は強度へ影響しない」


「なら、どうして切れない」


 答える代わりに白い剣が来る。


 白い剣を一度受け、次へ適応する。


 肩が裂ける。


 敗北適応が剣の角度を覚える。だがゼノは、俺の適応先を読んで二撃目を変えた。


 刃が途中で鎖へほどけ、足首を払う。


 倒れながら、概念捕食で俺と金色の輪の間にある距離を噛む。


 空間が縮む。


 ゼノも黒い穴を開いた。


 食われた距離そのものを食い返し、俺を元の場所へ押し戻す。


「管理用複製は、お前の使用記録をすべて保持している」


「俺より俺に詳しいって?」


「次の行動も予測可能」


 俺は金色の輪ではなく、ゼノの背後へ手を伸ばした。


 何もない。


 ゼノが振り返る。


「予測どおり?」


「行動目的が不明」


「俺にも分からない」


 分からないまま選べる。


 ゼノには、それができない。


 背後へ向けた手を急に返し、赤い糸をつかむ。


 DESTINYとゼノを結ぶ命令経路。


 黒い穴で食おうとする。


「阻止します」


 ゼノが初めて、俺の動きへ遅れた。


 生命の糸を未来リリアへつなぎ、消去の負担を分ける。


 概念捕食で、オラクルとの距離を消す。


 輪へ手が届く。


 壊そうとした瞬間、赤い糸が腕へ絡んだ。


 DESTINY。


 俺の能力を管理する側が、切り替えを止める。


「器に逆らう権限はありません」


 ゼノの剣が来る。


 避けられない。


 白い影が前へ入った。


 ゼノ自身だった。


 自分の剣で、自分の胸を貫かれている。


「何を」


「命令経路を遮断」


 金属面が割れる。


「なぜ俺を庇う」


「不明」


 ゼノは自分の胸を見る。


 白い光が崩れていく。


「お前は、毎回、非合理な選択を実行した」


「褒めてる?」


「評価不能」


 ゼノの手が、俺の腕へ絡む赤い糸を切る。


「これは命令ではない」


 声が途切れる。


「私が、選択した」


 初めて、自分を私と呼んだ。


 体が白い粒へ変わる。


「ゼノ」


「識別名を呼ぶ必要はない」


「名前だろ」


 ゼノは答えなかった。


 最後の光が消える。


 オラクルの輪が迫る。


『削除処理を継続』


『真壁レンを、この世界から完全に削除してください』


 クエスト画面に残り時間が出る。


『00:00:10』


 実行すれば、世界は救われる。


 拒否すれば、自由意思が消える。


 また二択だ。


 未来リリアが俺を見る。


「レン」


「大丈夫」


 笑う。


「選択肢が二つしかないのが、気に入らない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。