第28章 最後の会員は俺だった
『名前:真壁レン』
『相性率:100%』
『破滅まで:世界終了まで』
『プロフィール:あなたを救えるのは、あなただけです』
自分とマッチングした。
「悪趣味だな」
写真の俺は笑っていない。
背景は、あの六畳間だった。
開きっぱなしの求人サイト。空のマグカップ。書きかけの履歴書。
異世界へ来る直前と同じ。
『最後の運命クエストを開始します』
『真壁レンを、この世界から完全に削除してください』
画面を閉じる。
すぐ開く。
電源を切る。
また起動する。
『達成時、集約された破滅可能性は消滅します』
『世界の修復を実行します』
『対象者の肉体、魂、記録、関係記憶は残りません』
「能力を集めた後は、容器ごと捨てる」
ゼノが言ったとおりだ。
俺は破滅候補者の力を回収する器。
いっぱいになったから、処分する。
『クエストを承認しますか』
拒否を押す。
『回答を受理できませんでした』
「知ってた」
『再回答を確認しました』
周囲の景色が消えた。
大聖堂。
倒れたグレゴール。
薄青の聖衣を着たアリア。
すべて白く塗りつぶされる。
次に見えたのは、六畳間だった。
◇
机の上にノートパソコンがある。
求人サイトも、不採用通知も残っている。
窓の外は夜。
灯りは一つもない。
俺が待機していた部屋。
「戻った?」
玄関を開ける。
外には廊下がない。
白い空間が広がっている。
窓を開けても同じだった。
部屋だけが、何もない場所へ浮かんでいる。
『人格起動環境を復元しました』
壁に文字が出る。
「人格起動?」
『真壁レン人格モデル バージョン0471』
反復記録と同じ数字。
『基礎記憶を確認』
『現代日本』
『年齢:二十九歳』
『職業:無職』
『対人傾向:拒絶回避、過剰責任、自己犠牲』
俺の人生が、設定項目として並ぶ。
「やめろ」
『家族記憶:復元失敗』
『友人記憶:復元失敗』
『地理情報:復元失敗』
『職歴:部分復元』
思い出せなかったのではない。
最初から、作られていなかった。
連絡先が空だった理由。
日付も地名もない回想。
窓の外に街がなかった夜。
俺が現代日本にいたという記憶自体が、起動用の背景だった。
「本物の真壁レンは」
壁へ問いかける。
映像が流れた。
今より古いアルカディア。
銀髪の魔女と、黒い板を持つ男がいる。
男は俺と同じ顔だ。
少し痩せ、右頬に傷がある。
リリアが笑っている。
今の彼女より感情が豊かで、子供のように男の袖を引いていた。
『初回時間軸』
『真壁レンは対象リリア・エルデとの関係保存を選択』
『ほかの破滅候補者の回収に失敗』
『世界終了』
映像が赤く染まる。
崩れた大地。
空を覆うオラクルの輪。
本物のレンが、リリアを庇って倒れている。
胸に白い剣。
リリアが砂時計を握る。
『戻します』
『何度目?』
本物のレンが尋ねた。
口元から血が流れている。
『まだ』
『回数じゃなくて』
崩れる空を見る。
『俺がここで死ぬの、何度見た』
リリアは答えない。
砂時計の中身は、もう半分以上落ちている。
二十四時間戻っても、世界が壊れる原因は残る。
本物のレンにも分かっていた。
『次は、ほかの人を先に助けます』
『それで君が死んだら、俺は同じことをする』
『では、全員を』
『できるかもしれない』
レンは震える手で、砂時計を包む彼女の指へ触れた。
『でも、次に会う俺へ、今の俺であることを求めないで』
『同じ人です』
『違う選択をしたら?』
『しません』
『ほら、もう決めてる』
かすかに笑う。
『君を忘れる俺もいる。君より世界を選ぶ俺も。世界より自分を選ぶかもしれない』
『それは、あなたではありません』
『決めるのは、そいつだよ』
リリアの指先で、銀の砂が逆巻く。
『レン』
『次の俺を、俺の代わりにしないで』
砂時計が反転するより先に、白い剣の光が胸を貫いた。
『死亡を確認』
映像の中のリリアが、レンの体を抱く。
「やめろ」
声が届かない。
彼女は泣きながら、黒い板へ手を伸ばす。
時間を戻す。
一度。
二度。
戻っても、レンは生き返らない。
死ぬ前の人格を保存しようとする。
破滅候補者たちの魂から、足りない部分を補う。
『真壁レン人格モデルを生成』
『構成要素』
『基礎記憶:初回個体』
『感情補助:リリア・エルデ』
『責任判断:セレスティア・ヴァン・クロイツ』
『対人接続:ミオ・ラグナ』
『生存本能:ヴァルナ・レギオン』
『目的維持:アリア・ルミナス』
「魂片は、今の彼女たちから奪ったのか」
『構成素材の出典:初回時間軸』
『各対象者の死亡時に残った魂の残響を複製』
『現時間軸の対象者に欠損はありません』
今いる五人を削って作ったわけではない。
だから許される、とも思えなかった。
死んだ彼女たちの残響へ、誰も使用許可を尋ねていない。
俺の中に、最初から全員がいた。
だから能力を使うと、知らない記憶が流れた。
だから彼女たちは、初対面と思えなかった。
俺は、レンの記憶と五人の魂片から作られた人工人格。
「この体も作り物か」
『肉体構成:アルカディア現地物質』
『生命活動:自律』
『人格モデルとの定着完了』
手首へ指を当てる。
脈がある。
空腹になる。傷つけば血が出る。眠れば夢を見る。
アプリが止まっても、この体は生き続けられる。
命まで画面の中にあるわけではない。
「偽物か」
声にすると、部屋がひどく狭くなった。
『初回個体の人格記録を検出』
壁に、新しい選択肢が開く。
『不足領域を破滅候補者の魂片で補完しています』
『魂片を分離し、初回個体を優先復元しますか』
説明の下に、小さな注意書きがある。
『現在稼働中の人格は失われます』
俺を消せば、本物のレンへ近づける。
未来のリリアが欲しかった男を返せる。
指が上がった。
画面へ触れる前に、初回個体の記憶が流れ込む。
薬草店の狭い台所。
焦げたパンを皿へ載せ、リリアが無表情で差し出している。
『失敗しました』
『黒い部分を削れば食べられる』
男が笑う。
『次は俺が焼くよ』
『あなたは薬草も焦がしました』
『あれは乾燥させた』
『炭になるまで?』
リリアの口元が、ほんの少し上がる。
俺の記憶ではない。
それでも胸が締めつけられた。
この男を返せば、彼女は喜ぶかもしれない。
だが、セレスの怒りを知るのは俺だ。
ミオが料金を倍にした理由を知るのも、ヴァルナが名前を残した夜を知るのも、朝市でアリアが初めて迷った姿を知るのも。
本物のレンではない。
俺が消えれば、それらを選んだ人間までいなくなる。
「復元しない」
『初回個体を放棄しますか』
「勝手に言い換えるな」
俺は選択肢から手を離す。
「死んだ人を愛したままでいるのは、間違いじゃない。でも、そのために今いる人間を消すな」
誰へ言っているのか分からなかった。
未来のリリアか。
アプリか。
それとも、本物へ席を返せば楽になれると思った俺自身か。
『復元処理を保留しました』
「保留じゃない。俺が拒んだ」
俺が感じた痛み。
選んだこと。
誰かを忘れさせ、忘れられた苦しみ。
全部、元になった人格の反応を繰り返しただけなのか。
『自己評価を入力してください』
アプリが尋ねる。
『真壁レン人格モデルは、本物ですか』
『はい』
『いいえ』
二択。
どちらも押さなかった。
「知らない」
俺は答える。
「本物のレンと同じじゃない。違うとも証明できない」
机へ手をつく。
「でも、リリアの記憶を消したのは俺だ。セレスの意思を無視したのも。ミオと一緒に選んだのも、ヴァルナを忘れさせたのも、アリアに止められなかったのも」
失敗を元の人格へ返すことはできない。
「俺が経験したことまで、偽物にするな」
選択肢が消えた。
六畳間の壁に扉が現れる。
開ける。
白い空間の中に、一人の女が立っていた。
銀色の髪。
薄紫の瞳。
リリア。
だが、十九歳の姿ではない。
少し年を重ね、長い髪の一部が白く透けている。腕には無数の赤い糸が絡み、背後へ伸びていた。
糸の先に、壊れた世界がいくつも浮かんでいる。
「あなたを待っていました」
アリアと同じ言葉。
声は、俺が知るリリアより深い。
「誰だ」
「リリア・エルデ」
「俺の知ってるリリアじゃない」
「はい」
彼女は静かにうなずく。
「私は、あなたを作ったリリアです」




