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異世界マッチングアプリで相性0%の彼女を救ったら、忘れられるたびに能力を継承して最強になりました  作者: 藤崎聖子


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第25章 願いを持たない聖女

第25章 願いを持たない聖女


アリアの部屋には、私物がなかった。


 白い寝台。白い机。祈祷書が三冊。聖衣が七着。


 どの聖衣も同じ形だ。


「好きな色は」


「白です」


「本当に?」


「聖女にふさわしい色です」


「聞き方を変える。白以外なら」


 アリアは壁を見る。


「金でしょうか」


「教会の色だから?」


「はい」


 自分の色を聞いているのに、役目の色しか出てこない。


「朝は何を食べる」


「厨房が用意したものを」


「好きな食べ物」


「体に良いものです」


「嫌いなもの」


「残すと、作った方が悲しみます」


 嫌いと言わない。


 好きとも言わない。


 相手が望む答えへ、きれいに収まる。


「神降ろしをすると、どうなる」


「神が私の体を通してオラクルと一つになります」


「君の意識は」


「必要ありません」


「消える?」


「世界へ広がります」


 教会が用意した言葉だ。


「君は、そうなりたい?」


「世界が平和になるなら」


「世界じゃなく、君の話」


「私も世界の一部です」


 話が戻る。


 俺は机の前へ座った。


「明日、一日だけ自由なら何をする」


「祈ります」


「祈らなくていい」


「困っている方へ会います」


「会わなくていい」


「では、儀式の準備を」


「それもしない」


 アリアの微笑みが固まった。


「何をすれば、よいのでしょう」


「好きなこと」


「分かりません」


「考えて」


「レンさん」


 声が細くなる。


 気づかず、質問を重ねた。


「行きたい場所は。会いたい人は。食べたいもの。着たい服。何でもいい」


「分かりません」


「小さなことでいい」


「分かりません」


「自分で選ばないと」


「分からないのです!」


 初めて、アリアが声を上げた。


 呼吸が乱れている。


 椅子の背へ手をつき、それでも立っていられず床へ座り込んだ。


「ごめん」


 俺も膝をつく。


「一度に聞きすぎた」


「答えなければ」


「答えなくていい」


「でも、あなたは答えを求めています」


 俺が欲しい答え。


 アリア自身の願い。


 それを言わせることがクエストだと分かっている。


 また、相手を正解へ動かそうとした。


「俺が間違えた」


「レンさんが?」


「君に選ばせたいと言いながら、今すぐ選べと命令した」


 セレスへしたことと同じだ。


 選べと言う命令もある。


「待つよ」


「いつまで」


「君が何かを言いたくなるまで」


「儀式は二日後です」


 昨日は三日後だった。一夜が過ぎ、残された時間はもう二日もない。


「間に合わないかもしれない」


「世界は」


「今は、世界の答えもいらない」


 俺は床へ座った。


 アリアの隣で、黙る。


 時計の音はない。


 窓の外から、聖都の鐘が聞こえる。


 彼女の呼吸がゆっくり戻る。


「待つのは、苦しくありませんか」


「苦手だ」


「では、なぜ」


「苦手だから、やる」


 アリアは少しだけ笑った。


 今までの、相手を安心させる笑顔ではない。


 困った人を見るような笑いだった。


     ◇


 儀式の準備は、街全体で進んでいた。


 大聖堂へ白い花が運ばれ、広場に金色の布が張られる。各国から巡礼者が集まり、宿に入れない者が路上で眠っている。


 神が降りれば、犯罪も戦争もなくなる。


 オラクルが全員の行動を正しく導く。


 人々は本気で待ち望んでいた。


「聖女様!」


 アリアが廊下へ出ると、司祭たちが一斉に近づく。


一人目の司祭「西区の病人へ祝福を」


二人目の司祭「儀式衣の確認を」


三人目の司祭「枢機卿がお呼びです」


 アリアはすべてへうなずく。


 西区へ行き、衣装を着て、枢機卿へ会う。


 自分の予定は一つもない。


 俺は賓客として後ろを歩いた。


 助けようとすれば、また選択肢を押しつける。


 だから観察する。


 西区の施療院で、喉を病んだ若い男が待っていた。


 枕元には古い弦楽器が置かれている。


「聖女様。どちらを選べばよいでしょう」


 医師が二本の薬瓶を示す。


 青い薬なら九割の確率で命は助かる。ただし、声を失う。


 赤い薬なら声を残せる可能性がある。助かる確率は四割。


 オラクルの推奨は青だった。


『生存を優先してください』


 壁の端末へ金色の文字が出ている。


「青い薬を」


 アリアは迷わず読み上げた。


 若い男が楽器の弦へ触れる。


青年「私は歌で食べてきました」


「生きていれば、新しい適職が与えられます」


「聖女様なら、歌えなくなっても同じ人間だと思えますか」


「人の価値は職業だけではありません」


「では、なぜオラクルは次の職業を決めるのです」


 用意された答えが途切れた。


 医師も司祭も、アリアを見る。


 聖女なら正解を知っている。


 その期待が、彼女の口を開かせる。


「命を――」


 アリアは途中で止めた。


 俺の方を見ない。


 助けも求めない。


 長い沈黙の後、自分の手を胸へ当てる。


「分かりません」


 医師が息をのむ。


「聖女様」


「私は声を失ったことも、死を選びかけたこともありません。あなたの怖さを、正しく分かってはいません」


 若い男が顔を上げる。


「答えていただけないのですか」


「はい」


 アリアの指が震えている。


「ですが、一人で決めなくてよいと思います。あなたの歌を知る方と、怖いことを話してください。決めるまで、私はここで待ちます」


 正しい答えではない。


 男がどちらを選ぶかも分からない。


 それでもアリアは、オラクルの表示を読み直さなかった。


 男の姉が呼ばれた。


 二人が話し始める。


 アリアは約束どおり、寝台のそばで待った。


 俺も何も言わなかった。


 最後に男が選んだのは、青い薬だった。


 オラクルと同じ答え。


 ただし、端末に命じられたからではない。


 姉へ楽器を渡し、泣きながら自分で薬を飲んだ。


 施療院を出た後、アリアが尋ねる。


「同じ結論なら、待った意味はあったのでしょうか」


「君はどう思う」


「また質問ですか」


「今のは取り消す」


 歩きながら待つ。


 次の鐘が鳴る頃、彼女が自分から答えた。


「あったと、思いたいです」


 アリアは病人の前で、必要な言葉を間違えない。衣装係が三着を見せると、最初に勧められた一着を選ぶ。枢機卿の前では、相手が話し終える前に期待された返事をする。


「神降ろしは予定どおりに」


 枢機卿グレゴールが言う。


 竜族虐殺の記録にいた人物。


 今は老人の姿だが、目は若い頃の映像と同じだった。


「未登録現象と接触した影響が心配される」


 俺を見ない。


「レンさんは、迷うことを教えてくださいました」


 アリアが答える。


 グレゴールの目が初めて動いた。


「迷いは苦痛だ」


「はい」


「神が降りれば、あなたも苦しまない」


「はい」


「では問題ない」


 アリアは微笑む。


 肯定はした。


 納得したとは限らない。


 グレゴールの部屋を出る。


「今、何か言いたかった?」


「分かりません」


「そう」


 それ以上聞かない。


 アリアがこちらを見る。


「質問しないのですね」


「待つって言ったから」


「不思議です」


「何が」


「聞かれないと、自分から話したくなります」


 俺も少し笑った。


     ◇


 夜明け前、アリアの部屋を訪ねた。


 扉が少し開いている。


 彼女は窓辺に立ち、外を見ていた。


 広場の端で、朝市の準備が始まっている。


 野菜を並べる商人。湯気を上げる鍋。寝ぼけた子供がパン籠を運んでいる。


 儀式とは関係のない、普通の朝だ。


 アリアは長い間、そこを見ていた。


「行きたい?」


 尋ねかけて、やめる。


 隣へ立つ。


 彼女から話すのを待った。


 朝市の女が、焼きたてのパンを割る。


 香りが窓まで届いた。


 アリアの喉が小さく動く。


「あれは」


 自分から口を開いた。


「どのような味でしょう」


「食べたことない?」


「聖女の食事は厨房で管理されています」


「甘いと思う。蜜を塗ってる」


「そうですか」


 アリアはまた市場を見る。


「食べたい?」


 今度は聞いた。


 彼女はすぐに答えない。


「分かりません」


「うん」


「でも」


 窓枠へ置いた指が、少しだけ前へ動く。


「明日の朝も、見たいと思います」


 儀式は明日。


 神が降りれば、今のアリアは残らない。


 彼女が初めて口にした願いは、まだ願いと呼べないほど小さかった。


 それでも、明日を含んでいた。


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